第46話『3日目の朝-後編-』

 とても温かくて、ふんわりとした感覚。

 ここは……いったいどこなんだろう。

 でも、そんなのどうでもいいか。目の前には絢さんがいて、抱きしめ合ってたくさん口づけをしているから。絢さんの唇、とっても柔らかい。それに、甘い。

「あれ……」

 遠くにいるのは、直人先輩と私の体に入っている遥香さん? 何だか、幸せそうに口づけしている。

「せんぱ……」

「彩花ちゃんは私の彼女なんだよ。2人のことは気にしなくていいから」

 絢さんはそう言うと、再び私に口づけをしてくる。それはさっきよりも熱いもの。

 直人先輩と遥香さんのことが気になって、2人の方を見てみると2人の姿が段々と遠くなっていき……やがて、見えなくなってしまったのであった。



 8月26日、月曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっていた。カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいるからだろう。

 スマートフォンで確認してみると、今の時刻は午前6時半前か。確か、ホテルの朝食は午前7時から10時までだったっけ。もうちょっと寝ていてもいいのかな。

「でも、あんな夢を見るのは嫌だなぁ」

 直人先輩が遥香さんと口づけをしていて……2人の姿が消えていっちゃうなんて。思い出したからかちょっと寒気がする。寂しい夢だった。

「でも、あんな夢を見るのは当然なのかな」

 気持ちが高ぶったこともあって昨日、絢さんと女の子同士のイチャイチャをした。それは悪いことだったのだと、神様が私に罰を与えたのかもしれない。でも、夢は自分が思っていることを映し出すとも言う。昨晩、絢さんとしたことが……本能的に間違っていたことであると判断したのかもしれない。

「んっ……」

 私の隣で、絢さんが気持ち良さそうに眠っている。昨日の夜のことは、私の我が儘だったから……絢さんにはあのような夢を見せるようなことはしないでほしい。

 そういえば、スマートフォンに……LINEでメッセージが来ていたな。確認してみると、昨日の夜に渚先輩から、


『直人と電話したけれど、あいつは落ち着いているから大丈夫だよ。何か心配なことがあったら、直人でも私でもいいから連絡してね』


 というメッセージが送られてきていた。あんな夢を見た後だからか、このメッセージを見てとても温かい気持ちになって、ほっとした。これまでと変わらず、今も私を『宮原彩花』として接してくれることが。


『おはようございます。気付くのが遅れちゃいました。今のところは大丈夫です。ありがとうございます。』


 と、渚先輩にメッセージを送っておいた。昨日のことはさすがに言えなかった。言ってしまったら渚先輩からどんな反応が返ってくるのかが恐かったから。

 すると、私のメッセージはすぐに『既読』と表示され、


『それなら良かった。』


 と、渚先輩からメッセージが届いた。渚先輩、もう起きていたんだ。今日は午前中から女子バスケ部の練習があるのかな。

「うんっ……」

 絢さんがゆっくりと目を覚ます。

「彩花、ちゃん……おはよう」

「おはようございます、絢さん。起こしてしまいましたか?」

「ううん、自然と目が覚めたんだよ」

 そう言うと、絢さんは私にそっと口づけをしてくる。あぁ、あんな夢を見たのに、こうして絢さんと口づけをすると温かい気持ちになってほっとする。いけないことかもしれないのに、愛おしいと感じてしまうなんて。本当に絢さんのことが好きになっているんだ。

「……うん。気持ちのいい目覚めだ」

「……私も。ただ、寂しい夢を見てしまって……」

「寂しい夢?」

 覚えている範囲で、私は絢さんに昨日見た例の夢について話す。

「なるほどね。夢の中でも、彩花ちゃんは遥香と入れ替わった状態だったんだね。そして、私と口づけをしていたと」

「ええ……」

「てっきり、夢の中だけでも元の体に戻っているかと思ったんだけれど、そういうことはなかったんだね。夢って、思っていることを見るって言うし……昨日の夜、彩花ちゃんと色々としたから、夢の中でも私と口づけをしていたんだろうね」

「きっと、そうだと思います。それだけなら良かったのですが、直人先輩と私と入れ替わった状態の遥香さんが仲睦まじいまま姿を消してしまうのが、とても寂しくて」

 まるで、絢さんと仲良くなるなら直人先輩や遥香さんとは関係を断ちなさい、と言われているような気がしたんだ。

「大丈夫だよ」

 すると、絢さんが私のことをぎゅっと抱きしめてくれる。その感触、温かさ、匂い……昨晩のイチャイチャで知ったからかとても安心できる。

「彩花ちゃんは絶対に元の体に戻れるよ。直人さんともまた仲良くなれるって。それまでは私が側にいるから、安心して」

 そう言って、絢さんはすぐ近くから私のことを見つめて、優しい笑顔を見せてくれる。

「……はい」

 私も絢さんのことを抱きしめる。絢さんが言ってくれた今の言葉のようにとても柔らかくて、温かくて。絢さんが側にいてくれるなら安心できる。

「今日は相良さんのことを解決して、水代さんの想いに応えなくちゃいけないね」

「そうですね。ただ、相良さんから連絡は入っていませんでした」

「……私の方も入っていないね」

 絢さんの方なら入っていると思ったのにな。ただ、昨日……大浴場から部屋に戻ってくる間にスマートフォンを見たときには連絡がなかった。その時は午後10時過ぎだったから、何か策を考えていたとしても時間帯を気にして連絡していないだけかもしれない。そうだと思っておきたい。

 ――コンコン。

 隼人さんと奈央さんの部屋へと行ける扉からノック音が聞こえる。

「はーい」

 絢さんがそう返事をすると、扉が静かに開いて、桃色の寝間着姿の奈央さんが入ってくる。

「おはよう、絢ちゃん、彩花ちゃん」

「おはようございます」

「おはようございます、奈央さん」

「……2人から抱きしめ合っちゃって。まあ、仲が悪いよりはいいよね」

 奈央さんはそう言って、ゆっくりと扉を閉めた。そういえば、絢さんも私も裸のままで寝てしまったな。あと、奈央さんの今の反応からして、昨晩……絢さんとイチャイチャしているときに出てしまった声が隣の部屋には聞こえなかったみたい。

「さっき、普通に挨拶しちゃったけれど、今も彩花ちゃんなんだよね」

「そうですよ」

「水代さんが体を入れ替えさせたからか、やっぱり一晩眠ったら体が元に戻っていたってことはなかったか」

 私も一晩寝たらもしかしたら……と思っていたけれど。目が覚めたら絢さんが隣で眠っていたことに安心感を覚えた。

「香川さんやお兄さんの方には相良さんから連絡はありましたか?」

 私がそう訊くと、

「昨日は日付が変わる直前くらいまで起きていたけれど、特になかったな。私の方はさっきも確認したけれど、大学の友達からのLINEくらいで。隼人の方も来てないんじゃないかな。多分、相良さんも時間を気にして言わなかった……と思いたいね」

 奈央さんはそう言った。やっぱり、奈央さんや隼人さんの所にも何にも連絡はないか。となると、直人先輩や遥香さんの所にも連絡はなさそうかな。

「そういえば、奈央さんはお兄さんと昨晩……色々としなかったんですか?」

「えっ? べ、別に……小さい頃みたいに一緒にお風呂に入ったり、口づけしたりしたくらい……だよ。って、そんなこと言わせないでよ、絢ちゃん……」

「いいじゃないですか」

 赤面している奈央さんのことを、絢さんは面白がって見ている。微笑ましいな。

 一昨日の夜、隼人さんが奈央さんをマッサージしていたんだよね。だからか、お風呂の中で隼人さんが奈央さんの背中を流している姿を想像してしまった。

「あれ、奈央、こっちにいるのか……って、ごめんね」

 隣の部屋から入ろうとしてきた隼人さんは、私達の姿を見て慌てて姿を消した。絢さんと抱きしめ合っているだけなのに。

「まったく、隼人ったら……ノックくらいしなさいよね。一緒に旅行に来ていても、女の子が泊まっているんだから」

「本当にごめん。ただ、起きたら奈央がいないからどうしたのかな……って」

「もう」

 そう言うと、奈央さんは隣の部屋に戻っていった。奈央さんと隼人さんのような関係、羨ましいなぁ。私も……直人先輩とああいう感じになれるのかな。

「直人さんのことを考えてたでしょ」

「そ、そうです」

「ははっ、それでいいんだよ、彩花ちゃん。君は直人さんの彼女なんだから」

「……はい」

 昨日の夜にイチャイチャしたのに、私のことをちゃんと考えてくれて。

 絢さんのことを好きな気持ちはあるけれど、私は藍沢直人先輩の彼女なんだ。元の体に戻ったら、すぐにこれまで通りの関係になれるように、直人先輩のことをたくさん考えていくことにしよう。

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