第45話『3日目の朝-前編-』
8月26日、月曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、カーテンの隙間から入ってくる朝陽によって、部屋の中がうっすらと明るくなっていた。壁に掛けられている時計を見てみると今の時刻は……午前6時過ぎか。よく寝たな。
スマートフォンを見てみても、依然として連絡なし。彩花達は何事もなく過ごすことができているんだろう。
相良さんは……何か現状を打破する手段を思いついたのだろうか。思いついたけれど時間帯を考えて連絡していないだけなのか、まだ何も考えることができていないのか。前者なら嬉しいけれど、なかなか思いつかなくても仕方ないだろう。そのときは俺達も考えないと。それに、昨夜の水代さんのことを話せばいい案が思いつくかもしれないし。
「んっ……」
遥香さんは、俺と腕を絡ませながら眠っている。バスローブ姿で寝てしまったけれど、それも見越して空調は弱めにしてあるので大丈夫だろう。遥香さんがべったりとくっついているからか寒気を感じたり、お腹が痛かったりしていることはない。
何度も思うけど、寝ていると彩花だと思ってしまうな。寝顔もそうだし、寝息も彩花そのものだ。
「もう、絢ちゃんったら……嫉妬しているからってキスばっかりしないでよ。苦しいよ……」
寝言では、さすがに遥香さんらしいことを言うんだな。きっと、昨日の夜に俺とあんなことをしたから、絢さんが自分に嫉妬していると思っているんだ。さすがに一夜が過ぎたら元の体に戻っているということはなかったか。
「うんっ……」
すると、遥香さんはゆっくりと目を覚ました。
「直人、さん……」
「……起こしちゃいましたかね、遥香さん」
俺がそう言うと、遥香さんは静かに首を横に振った。そして、嬉しそうな笑みを浮かべて俺のことを見つめる。
「……いいえ。ただ、目を覚ましたときに直人さんがいることがこんなにも嬉しいなんて」
その言葉を行動で示すかのように、遥香さんはキスしてくる。
「……ふぅ、やっぱり直人さんはいいですね」
「……そいつはどうも」
遥香さんは俺とこうしていられることが本当に嬉しいようだ。俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。
「直人さん、とても温かいです」
「俺もさっきまで寝ていましたからね。それに……今の遥香さんとのキスで体が熱くなってしまったんですよ」
「……そうですか。絢ちゃんもそういうところがあります」
「そうなんですか。あっ、絢さんといえば遥香さんが起きる直前、遥香さんの夢の中で、絢さんがあなたに嫉妬していたようで、キスばかりしていましたよ」
「……思い出しました。夢の中でも直人さんとキスしたら、それを見ていた絢ちゃんが嫉妬してキスしてきたんです」
「……な、なるほど」
その話、絢さんに話したら正夢になりそうだ。あと、夢の中での彩花はどんな感じだったんだろう。夢の中での遥香さんが、今のように彩花の体に入っているのか、それとも元の体いる状態だったのかで意味合いが違ってくると思う。
「自分の姿が見えるところでキスするというのは、なかなか不思議な感じでした」
「つまり、彩花の姿で俺とキスしたんですね」
「ええ」
今の姿ということでちょっとほっとした。彩花と体が入れ替わったことが、夢の中にまで影響しているんだ。
しかし、今の遥香さんの話を聞くと、彩花も絢さんとキスする夢を見ていたりするのかな。遥香さんと同じような夢だったら、夢の中での俺は彩花に嫉妬してしつこくキスするのか。彩花なら見ていそうだな。
「……あの、直人さん。夢の中でそういう夢を見ていたってことは、寝ぼけて直人さんにキスしていたってことでしょうか?」
「いえ、そういうことはありませんよ。寝言を言っていただけで。普段は寝ぼけて絢さんに口づけをしてしまったりするんですか?」
「いいえ、そんなことはないです。ただ、彩花さんの体に入っていますから、普段はしていないことをしてしまっているかと思いまして」
「彩花も寝ぼけてキスする、ということはありませんね」
せいぜい、腕を強く絡ませたり、俺の体に頭をすり寄せてきたりするくらいで。俺が起きている限りでは、遥香さんがそのようなことをしてくることはなかった。
「……な、直人さんが私にしてくることはありませんでした? ほら、彩花さんの体ですから、キスしたり……」
あううっ、と遥香さんは顔を真っ赤にしている。彩花ならこのくらいは笑顔を見せながら平気で言いそうだ。
「そんなことしていませんよ。ただ、寝顔を見て可愛いなぁ、と」
「ほ、本当ですか?」
「ええ」
彩花の顔だからっていうのもあるけど。
「そうだ、私、シャワー浴びてきますね。直人さんも……一緒にどうですか?」
「そうですね、お言葉に甘えて一緒にシャワーを浴びましょうか」
さっぱりするためにも、シャワーを浴びることにしよう。個人的に旅行に行ったら朝の温泉が醍醐味なんだけれど、明日でも入れるし、今日は温泉に浸かったら眠くなってしまいそうだ。
「分かりました! では、さっそく」
遥香さんは嬉しそうな表情をして、俺の手を引いて浴室へと連れて行く。シャワーを浴び、さっぱりとして大事になるだろう一日を過ごすことにしよう。
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