第43話『乙女スパ』
絢さんと一緒に大浴場へと向かう。『女性』と描かれている赤い暖簾をくぐると全然人がいなかった。午後9時半過ぎだからかな。
「全然いないね」
「そうですね。ゆっくりできていいですけど」
「ははっ、そうだね。こういうところのお風呂はゆっくりとする場所だから、人があまりいない方がいいよね」
小さい頃に旅行へ行ったときは、人が多い方が普段と違う気がして好きだったけど、今はゆっくりとしたいからあまりいない方がいいかな。さすがに、今のようにほとんど人がいないのは寂しく思えるけど。
「絢さんと一緒で良かった。直人先輩とだったら、1人で女風呂に行かなければなりませんし」
「さすがにここまで人が少なくても、直人さんとは来られないね。来ちゃダメだけど。このホテルには混浴はないし。でも、元の体に戻ったとしても、私や遥香、奈央さんと一緒に入りに来ようよ」
「……はい」
元の体に戻る、と言われたとき……戻りたいという気持ちも当然ある。けれど、絢さんの口から言われるとちょっと寂しい気分にもなる。
脱衣所にいるのは年配の方が数人ほど。何だかのんびりしている感じがしていいな。
「服、脱ごうか」
「は、はい」
服を脱ごうと言われるとドキドキしてしちゃうな。
私は絢さんのすぐ隣で服を脱いでゆく。うううっ、恥ずかしいよ。
絢さんの方をちらっと見てみると……やっぱりスタイルがいいな。肌も綺麗だし、陸上部で練習をたくさんしているだけあってスラッとしているし。あと、普段はポニーテールだけれど、ヘアゴムを取ってセミロングヘアになると普段とはまた違った可愛さがある。
「……そんなにじっと見られるとさすがに恥ずかしいかな」
「ご、ごめんなさい」
「別にいいんだよ。ただ、遥香じゃなくて彩花さんだから……服を脱ぐことに緊張しちゃって。女の子同士だから意識しなくてもいいのかもしれないけど」
「……意識してくれて嬉しいですよ、私は。私も……意識していますし。絢さんって髪を解いても可愛いですよね」
「……ありがとう」
絢さんは顔を赤くしてはにかみながらそう言った。やっぱり、可愛いな。
そして、私達は大浴場の中へと入っていく。中にもあまり人はいないな。私達と同年代に見える人は1人もいなかった。
「この時間だと部屋でゆっくりしている人が多いのかな」
「かもしれませんね」
「じゃあ、さっさと髪と体を洗って、ゆっくりと温泉に入ろうか」
「そうしましょう」
せっかくの温泉だもんね。思う存分堪能しないと。
私は絢さんの隣で髪と体を洗い始める。鏡で遥香さんの体と見ているけれど、遥香さんもなかなかスタイルがいいような。
「入れ替わったからか、遥香の体が気になるのかな」
「鏡を見ていると、どうしてもじっと見てしまうというか。あとは……この茶色い髪。さらさらしていて羨ましいです」
「遥香に似合っているよね。でも、彩花ちゃんの赤い髪も私は好きかな」
「あ、ありがとうございます……」
遥香さんと体が入れ替わっているのに、私の赤い髪が好きだと言われると凄く嬉しいな。
髪と体を洗い、私は絢さんと一緒に露天風呂の方へと向かう。夜だからか、意外と涼しいな。
「予想通り、誰も入っていないね」
「そうですね。これならゆっくりできそうです」
絢さんと隣り合う形で、私は露天風呂に入る。ちょっと熱めだけど、涼しいからこのくらいの温度でちょうどいいな。
「気持ちいいね、彩花ちゃん」
「ええ」
「あの看板に効能が書いてあるけれど、この温泉、筋肉痛や関節痛に効果があるみたいだね。海やプールで泳いだ疲れは温泉で取りましょうってことなのかな?」
「そうかもしれませんね。ええと、あとは美肌効果もあるみたいです。それにしても、この温泉……本当に気持ちいいですね。絢さんと一緒に入っているからなのかな」
私は絢さんと手を重ね、彼女の顔をじっと見る。
大浴場から漏れてくる明かりが、露天風呂のお湯を煌めかせる。あまり明るくないのも風情があっていいな。
「ねえ、絢さん。キスしてもいいですか?」
どうも、絢さんと2人きりになると甘えたくなって。絢さんとキスしたくて、私は絢さんと向かい合う形になる。
すると、絢さんは優しい笑みを浮かべて私のことを抱き寄せた。ボディーソープの甘い香りに包まれる。
「……私も彩花ちゃんとキスしたいと思っていたんだ。2人きりだからかな。見た目が遥香そのものだからかな」
「じゃあ……」
「でも、誰かが入ってきたらダメだよ」
「……はい」
私の方からキスする。あぁ、やっぱり……絢さんとキスすると温かい気持ちになる。
「……こんなに彩花ちゃんとキスしたら、遥香に悪い気がしてきた」
「……絢さんの気持ちも分かりますけど、今は……私だけを見てほしいです」
それは悪いことなのかもしれない。いや、絶対に悪いことだろう。絢さんには遥香さんという恋人がいて、私には直人先輩という恋人がいて。
でも、直人先輩が電話で言ったというお互い様、という言葉だったり、絢さんの優しさであったり。そんな甘えに浸りたくなるほど、絢さんのことが好きになっている。
「……私、もっと絢さんの側にいたいんです」
「……気持ちは受け取ったよ。でも、今は……温泉を楽しんでもいいんじゃない? それにイチャイチャすることは部屋に戻ってからでもゆっくりできるでしょ?」
「部屋で、ゆっくりと……」
そういう風に言われると、どうしても意識してしまう。
「……分かりました。じゃあ、お部屋でゆっくりと」
「うん、そうしようよ」
「……はい」
今の絢さんの笑顔が可愛くて、今すぐにでも体が火照ってしまいそうだけど。本当に絢さんのことが好きになっているんだ。しかも、どうしようもないくらいに。
少しの間、私は絢さんと一緒に露天風呂を楽しんだ。しかし、その間……他のお客さんが露天風呂に来ることはなかったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます