第44話『ときめきないと』
大浴場からは真っ直ぐ部屋に戻った。ただ、15階のエレベーターホールにあった自動販売機で冷たい紅茶を買ったけど。
「温泉、気持ち良かったね」
「そうですね。今日の疲れが取れた気がしました」
遥香さんの体にも大分慣れてきたし。変な疲れも温泉で取れたような気がする。
温泉で未だに熱い体を冷ますために、さっき買った冷たい紅茶を一口飲む。そのことで一気に体が涼しくなった。
「ふぅ」
浴衣姿の絢さん、本当に可愛いなぁ。
「うわっ」
私は絢さんをベッドの上に押し倒した。
「突然だったから驚いちゃったよ」
「……ごめんなさい。浴衣姿の絢さんを見たら、つい。あと、このくらいしないと……イチャイチャしてくれないような気がして」
遥香さんや直人先輩への罪悪感を抱いていそうで。キスで終わってしまうような気がしたから。
「……理由無しに続きをしないなんてことはないよ」
「絢さん……」
「その……部屋に戻っても、彩花ちゃんが温泉の時と同じ気持ちだったら、イチャイチャしてもいいかなって思っていたんだ。一番大事なのは目の前にいる彩花ちゃんの気持ちだと思うから」
爽やかな笑みを浮かべながら、絢さんはそんなことを言ってくれる。そして、私の頭を優しく撫でてくれる。
「それで、彩花ちゃん……私とイチャイチャしたいの?」
真剣な表情をして、絢さんはそう問いかけてくる。絢さんがそうしてくることは、きっとそれだけ重大なことなんだと思う。周りから何を言われてもいい、っていうくらいの覚悟を持たないとしてはいけないことなんだ。
脳裏をよぎった直人先輩と遥香さんの顔。そして、渚先輩達などの直人先輩を好いている人達の顔もよぎった。絢さんと……イチャイチャしてしまったら、その人達への想いを裏切ってしまうかもしれないと。
それでも、目の前にいる絢さんと触れ合って、気持ち良くなって、愛おしくなりたいという気持ちの方が強かった。
「……んっ」
私は絢さんにキスでして、
「……今夜だけでいいですから、絢さんとイチャイチャしたいです」
絢さんとイチャイチャしたい気持ちをはっきりと伝えた。女の子同士でイチャイチャしたことがなかったので、絢さんとしてみたかった。
「も、もちろん……絢さんがしてもいいって思えるところまででいいですから。これは私のわがままですし……」
少しでも絢さんが罪悪感を抱くようなことがないように、私のわがままであることも伝える。すると、絢さんは優しい笑顔になり、右手を私の頬に添える。
「……分かった。私のできる範囲で……イチャイチャしよっか」
「……ありがとうございます」
「それにしても、彩花ちゃんは普段から押し倒すタイプなの? 直人さんは……受け入れるタイプにも見えるけど」
「え、ええと……」
そういえば、直人先輩と付き合うようになってから何度もイチャイチャこしたけれど、その大半って私から誘っているような。昨日はプレ・ハネムーンの初夜効果なのか珍しく先輩からイチャイチャすることを誘ってくれたんだっけ。
「……私から誘ってました」
「ははっ、やっぱり」
やっぱりって。私ってそんなに肉食系女子に見えるのかな。今日に限れば絢さんに口づけをしているけど。
「絢さんはどうなんですか? 遥香さんとそういうことをするときは……」
「……半々かな」
「半々なんですね」
「……うん。じゃあ……イチャイチャしよう」
私達は浴衣姿でイチャイチャする。
「……明日、目が覚めたらどうなっているんだろう」
こんなにも絢さんと愛おしい時間を過ごしたのだから、明日、目を覚ましたときにどうなっているのか不安になった。
「水代さんのことがまだ解決できないから、このままなんじゃないかな」
絢さんは淡々とそう言った。
「やっぱり、そうなんでしょうね」
「でも、いつかは絶対に元の体に戻った方がいいよ。仮に遥香が直人さんのことが好きになっていても。私の恋人は遥香だけだし、直人さんだって恋人は彩花ちゃんだけだと思っているはずだから」
「そうですよね……」
そう言われて寂しい気持ちになってしまうほど、絢さんのことが好きになっているんだ。元の体に戻って、直人先輩と今まで通りの時間が過ごせるのは嬉しいはずなのに。元の体に戻ったら、絢さんへの想いはあっさりと消えてしまうのかな。それはそれで、ちょっと怖かったりもする。
「でも、元の体に戻るまでは彩花ちゃんの側にいるし、彩花ちゃんのことを守る。それが直人さんとの約束だからね。だから、今夜は安心して眠っていいんだよ」
「……側で笑っていてくれる絢さんがいれば、安心して眠れそうです。だから、キスでしてもらってもいいですか?」
「ふふっ、彩花ちゃんならそう言うと思ったよ」
「私なら、ですか」
私のことをどんどん知ってくれているのが分かって嬉しいな。
絢さんの方から、おやすみのキスをする。すると、イチャイチャしたことの疲れなのか、急に眠気が襲ってきた。
「……本当に眠くなってきちゃいました。もっとお話ししたいのに」
「気持ちは嬉しいな。でも、明日はきっとみんなで頑張らないといけないと思うから、今日はもう寝ようか」
「……はい」
そういえば、夕方……相良さんは今後の対策を考えてみると言っていた。何か良い方法は思いついたのかな。それは明日になったら聞いてみることにしよう。
「絢さん、おやすみなさい」
「おやすみ、彩花ちゃん」
絢さんの笑顔を見ながらゆっくりと目を閉じる。すると、何とも気持ちのいい感覚に包まれる。程なくして、眠りに落ちるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます