第29話『まいごのこ』
「ううっ……」
赤い水着の女の子が俺と絢さんの目の前で泣いている。この子の髪は明るいブラウンでショートカット。もしかして、この子は……。
「直人さん、この子……さっきの女性が探していた娘さんじゃないですか?」
「俺も同じことを考えていました」
さすがに、絢さんも気付いていたか。
あの女性の娘さんである可能性は限りなく高い。何にせよ、まずはこの子の涙を止めないといけないな。
「どうかしたのかな?」
「……うっ、ううっ……みんないなくなっちゃったよ」
「みんないなくなっちゃった……のか」
きっと、この子のことを探しているから、一緒に来ている人となかなか会えないんだな。誰か1人でもこの子が戻ってきたときのことを考えて、決まった場所で待っているようにすればいいんだけど。
「海で泳いでいることに夢中になっていたら、誰もいなくなっていて。周りを見ても、お母さんも、お父さんも、悠太もいなくて……」
「そっか……」
泳ぐことが大好きなんだな。夢中になっていて、家族と離ればなれになってしまったのか。あと、
「じゃあ、家族のみんなと会えるまで、俺とお姉ちゃんと一緒にいようか」
「……うん。でも、お母さん恐いんだ……」
「そうなんだ。まあ、俺とお姉ちゃんがいるから安心して」
「……約束だよ」
ここまで恐れるということは、この子のお母さん、相当厳しい人なのだろう。泣きながら俺のことを見て……あれ、俺のことをじっと見ているぞ。
「お兄ちゃん、かっこいい……」
女の子はそう呟くと顔を真っ赤にしてしまう。そして、両手で顔を隠してもじもじとし始めた。
「直人さん、一目惚れされましたね」
「……そうなんですかね、やっぱり」
小学生の女の子に一目惚れされたのは初めてだな。さすがに小学生だから、彩花が敵意を向けることはなさそうだけど。
「私、お兄ちゃんが一緒にいてくれるなら、お母さん達に会えなくていい!」
「ははっ、そう言ってくれるのは嬉しいけれど……お母さん達は今頃、心配して君のことを探しているはずだよ」
「うん……」
女の子は露骨にがっかりしている。俺と一緒にいられないのと、いずれは恐いお母さんに叱られると思っているからかな。思わず女の子の頭を撫でてしまった。
「そうだ、まだ名前を言っていなかったね。俺の名前は藍沢直人」
「私は原田絢」
「……
「七実ちゃんっていうのか。可愛い名前だね」
「お兄ちゃんは……かっこいいです」
そう言うと、七実ちゃんはようやく笑顔を見せてくれるようになった。
「直人お兄ちゃんと絢お姉ちゃんはその……付き合っているんですか?」
好奇な眼差しで七実ちゃんは俺と絢さんのことを見てくる。やっぱり、周りからは俺達が付き合っているように見えるんだな。
「直人先輩は私を付き合っているんです」
「絢ちゃんは私と付き合っているんだよ」
海から戻ってきた彩花と遥香さんが、不機嫌そうな表情をしてそう言った。やはり、俺と絢さんがカップルに見えていることが嫌だったのか。
「そう、だったんですか。でも、絢お姉ちゃんは女の子と付き合っているんですね」
「うん、そうだよ」
「……男の子でも、女の子でもいつかは好きな人と出会えるといいな」
小学生って、恋することに憧れてしまう年頃なのかな。ただ、水代さんの話をさっき聞いたので、性別を問わずに恋をしたいと言ったことに安心してしまう。
「直人先輩、この子は?」
「海で泳いでいたら、家族と迷子になっちゃったみたいなんだ。氷高七実ちゃんって言うんだけど。七実ちゃんが来た直前に、ちょうど七実ちゃんのような女の子を探している女性が話しかけてきたんだ。きっと、その人がこの子の母親だと思う」
「そうですか……」
あの女性がもし七実ちゃんの母親なら、この子を連れて行って、ライフセーバーかホテルの関係者に話をした方がいいかな。
「ちょっと、俺と絢さんで七実ちゃんのご家族を探してみるよ」
さっき、七実ちゃんにも俺と絢さんが側にいると言ったからな。
「分かりました。一緒に行きましょう、直人さん」
「ありがとうございます。そういうわけだから、ちょっとの間、俺と絢さんはここを離れるよ。坂井さんと香川さんが戻ってきたら、2人にこのことを伝えてくれるかな」
「分かりました、先輩」
「2人とも、気をつけてくださいね」
「はい。じゃあ、七実ちゃん……一緒に家族のみんなを探そうか」
「……はい」
やっぱり、七実ちゃんは不安そうな表情をしている。そんなにお母さんが恐いのかな。まあ、もしひどく叱られるようなら俺と絢さんでフォローするか。
七実ちゃんが俺と絢さんの手を繋ぎ、俺達は彼女のご家族を探すために3人で砂浜を歩き始める。
そうだ、まずはあのことを確かめてみないと。
「七実ちゃん、お母さんの髪の色って七実ちゃんと同じ色かな?」
「はい、そうです」
なるほど、あの女性の髪の色と同じだ。あと、水着は黒色のビキニだった。そのことについても訊いてみるか。
「ねえ、七実ちゃん。お母さんの着ていた水着って黒色のビキニだったかな」
「そうです。この旅行のために買って」
「それなら……さっき、私達の所に来た女性が七実ちゃんのお母さんだと考えて良さそうですね」
「そうですね。これなら、探し回るよりも係員にこの子のことを話した方がいいでしょうね」
「その方がいいと思います。七実ちゃん、多分、私達……七実ちゃんのお母さんと会っていると思うの。その時に係の人に訊いた方がいいって言ったから、迷子センターにでも行ってみようか」
「……はい」
予想よりも早く、お母さんに会えるかもしれないからか、七実ちゃん……がっかりしているよ。俺に一目惚れをしているみたいだし。
確か、この砂浜にある迷子センターは……あっちか。
「あれ、絢さんと藍沢さん。どうしたんですか? 小さな子を連れて」
「坂井さんに香川さん……」
坂井さんは浮き輪とボート、香川さんはビーチボールを持っていた。6人で遊ぶからかたくさん借りてきたんだな。
「この子、迷子になっちゃって。この子が来る直前に、母親らしき女性が俺達のところに訪ねてきたんですよ。この子と同じ髪の色で、黒色のビキニを着ていたんですけど」
「ああ、その人ならさっき……私達にも訊きに来たよね、隼人」
「そうだな。ちょうど、2人と手を繋いでいるその子のような娘さんを探しているって」
坂井さんと香川さんもあの女性と会っていたのか。
「きっと、その女性はこの子の母親だと思います。どちらの方に行きましたか?」
「娘さんは泳ぐのが好きだからプールの方に行ったかもしれない、って言ってホテルのプールの方に行きましたよ」
「そうですか、ありがとうございます。遥香さんと彩花は俺達が確保したサマーベッドにいると思いますから。あっ、2人にはこのことは伝えてありますので大丈夫です」
「分かりました。じゃあ、俺達はこれを使って先に遊んでますね」
坂井さんと香川さんは彩花達の所へと向かっていった。
そして、俺達はホテルのプールの方へと向かう。
さっきよりも人は少なくなっているけれど……ご家族を探すとなると大変だ。ここはホテルの関係者にこの子のことを預けた方がいいな。
「あっ、お母さん……」
七実ちゃんが指さした先にいたのは先ほど、俺と絢さんに話しかけてきた例の女性と、
「相良さん?」
どうして、2人が一緒にいるんだ? もしかして、七実ちゃんのお母さんが最初に話しかけたホテル関係者が相良さんってことかな。七実ちゃんのお母さんは凄く怒っていて、相良さんは俯いている。
「お母さん!」
七実ちゃんがそう言うと、七実ちゃんのお母さんはこちらに気付いて、
「七実!」
依然として怒った表情のまま、早歩きで俺達の目の前までやってきて、
「今までどこに行ってたの!」
そう怒号を挙げて、七実ちゃんの頬を思い切り叩くのであった。
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