第28話『原田絢』
水着に着替え終わった彩花達が、俺と坂井さんの所にやってきた。彩花と遥香さんは昨日と同じ水着を来ているんだな。まあ、遥香さんが彩花の体で自分の水着を着たら胸が苦しくなると自己申告していたし。
「やっぱり、それぞれが持ってきた水着姿はいいですね」
「ありがとうございます、直人先輩!」
「……嬉しいです、直人さん」
喜ぶ彩花に、照れる遥香さん。
そして、遥香さんは僕のことをじっと見ているけれど、彩花は絢さんの方が気になっているようで彼女のことをちらちらと見ている。さっき、坂井さんが言ったように、彩花は遥香さんの体の影響をかなり受けているようだ。
「全員が揃ったところで、まずは海とプールのどっちに行こうか? 俺はどっちかというと海がいいんだけど」
プールだとウォータースライダーに連れて行かされる可能性があるからか、坂井さん。俺はどちらでもいいので、女性陣の意見を聞こうかな。
「私も海がいいな、お兄ちゃん」
「私も海ですね、お兄さん」
「どっちにも行くならどっちが先でもいいわよ、隼人。ウォータースライダーには連れて行かないから安心して」
「私もどちらでもかまわないです、隼人さん」
海が2票で、どちらでも構わないというのが2票……か。
あと、香川さんがウォータースライダーに連れて行かないと言ったときの坂井さんの安心しきった顔。本当に昨日のことが怖かったんだな。
「じゃあ、まずは海に行きましょうか。それで、プールに行きたくなったらプールに行きましょう。まあ、海とホテルのプールの行き来は自由ですから、そこは随時ってことで」
俺がそう言うと彩花達は納得の表情をして頷いた。
まあ、砂浜にあるサマーベッドをベースとして確保して、そこからは自由行動ってことでいいんじゃないかな。
「それじゃ、まずは海に行こう」
坂井さんの一声で俺達は海へと歩き始める。
海へ向かう間にホテルのプールの横を通るけれど、昨日よりも人がちょっと少ないくらい。これなら、海に行っても昨日みたいにサマーベッドを確保できるかな。
その予想通り、海にも人はそこまで多くはおらず……サマーベッドを難なく確保できた。しかも、ビーチパラソルもあるところだ。これなら、ここで長居することになっても大丈夫かな。
「隼人、向こうでおもちゃを貸し出しているみたいだから、浮き輪とかビーチボールとかを借りてこようよ」
「ああ、分かった」
そういえば、海やプールで遊ぶものを何も持ってこなかったな。近くで貸し出しをやっているなら、何か借りて遊ぶのもありか。
隼人と奈央さんは手を繋いでホテルの方へを歩いて行った。ホテルの方……ってことはプールがあるのか。ウォータースライダーに連れて行かされなければいいけど。
「遥香。ちょっと、直人さんと話したいことがあるから、彩花さんと2人きりで遊んでくれないかな。私と直人さんは一緒にここにいるからさ」
絢さんが俺と2人きりで話したいことって何なんだろう。
「うん、分かったよ、絢ちゃん。彩花さん、行きましょうか」
「分かりました」
遥香さんが彩花の手を引く形で、2人は海へと遊びに行く。2人とも楽しそうな笑顔を浮かべている。俺や絢さんがいないので、逆に気持ちが楽になるのかな。
「すみません。私を2人きりにさせてしまって。彩花ちゃんや遥香と遊びたかったですか?」
「ちょっとはありますけど、時間はたっぷりありますから」
「それなら良かったです。特に意味はなくて、単に直人さんと一度、ゆっくりとお話をしてみたいと思って」
絢さんが隣のサマーベッドで仰向けになり、俺の方を向く。そういえば、絢さんとゆっくりと話すなんてことはこれまでに一度もなかったな。
「遥香さんから絢さんの話は聞いています」
「私も彩花ちゃんから直人さんの話は聞いていました。彩花ちゃんと付き合うまでは……色々なことがあったようで」
「ええ……」
彩花、俺のことをどのくらい話したんだろうか。唯が転落死した事件とか、俺が記憶を失ったこととかも話したのかな。まあ、話しちゃったならそれでもいいんだけど。
「遥香の様子はどうですか?」
「元気ですよ。ただ、彩花の体の影響があるからか、遥香さん……俺のことが気になっているようです。もちろん、絢さんの話をするときは本当に嬉しそうですけど」
「彩花ちゃんと同じだ。彩花ちゃんも……遥香の体に入っているからか、たまに遥香が私を見ているように思えてきて。もちろん、直人さんの話をするときは、嬉しそうな彩花ちゃんだって分かるんですけど」
「そうですか……」
坂井さんの言うとおり、彩花は遥香さんの体の影響で……絢さんに心を動かされているようだ。今後は彩花もそうなっていると考えた方が良さそうだ。例えば、遥香さんが俺を好きだと言ったら、彩花も絢さんのことが好きになっているんだ……とか。
「入れ替わった本人達は複雑な心境を抱いていると思いますけど、今みたいに楽しそうな笑顔を見せてくれるときもあるので良かったです。何よりも、本人達がああやって仲良く遊んでいるところを見ると、彩花の恋人として安心します」
「そうですね。ただ……彩花さんって可愛いですよね。気をつけなきゃいけないんですけど、姿や声が遥香そのものなのでたまに……キュンとするときがあって」
「そうですか。彩花は俺の自慢の彼女なので……そう言ってもらえると嬉しいですね」
絢さん、彩花のことを思い出しているのか、顔をちょっと赤くしてはにかんでいる。
「遥香さんも可愛らしいですよ」
「……自慢の彼女ですから」
「お互いに可愛い彼女を持つと、こういうときに大変ですよね。彼女達が少しでも早く元の体に戻れるように頑張っていきましょう」
「そうですね。それまでは遥香のことをよろしくお願いします」
「分かりました。こちらこそ、彩花のことをよろしくお願いします」
「はい」
絢さんなら信じても大丈夫だろう。まあ、それは前からだけれど、今……こうして彼女と話してみて再確認できた。
「あの……すみません」
女性の声が聞こえたので、声がした方に向くと、そこには明るい茶髪が特徴的なビキニ姿の女性が立っていた。相良さんと同じように大人の女性って感じがする。そんな彼女は何か焦っているようだけど。
「どうかしましたか?」
「あの、小学生……8歳くらいの女の子を見かけませんでしたか? ショートボブで、髪の色は私と同じで。赤い水着を着ているんですけど」
「俺は見ていませんね。絢さんは?」
「私も見ていません。その子は娘さんですか?」
「ええ……夫や息子と手分けして探しているんですけど」
小学生くらいの子がはぐれてしまうと、色々と不安になるか。
「見つからないようならライフセーバーの方とか、ホテルの係の人に訊いてみるといいかもしれませんね」
「そうですね。ありがとうございました」
女性はお辞儀をして俺と絢さんの元から離れていった。
「やはり、どこの海でも迷子ってあるんですね、直人さん」
「そうですね。早く見つかるといいんですけど」
あの女性……とても心配そうにしていたからな。8歳くらいの子が行方不明になったら、誘拐されたとか、海で溺れているとか色々と心配になるよな。
「……あの、直人さん」
「何ですか?」
「……私達、周りからどういう風に見えているんでしょうね」
絢さん、ちょっと顔を赤くして俺のことをちらちらと見ている。彼女、王子様的な雰囲気もあるし、俺のことなんて気にしないと思ったんだけれど。男を相手にするのはあまり慣れていないのかな。こういうギャップに遥香さんは惹かれたのかも。
「カップルに見えているとか?」
「あ、あははっ……やっぱり見えちゃいますかね」
「カップルでなくても、仲が良いように見えないと、遥香さんと彩花が俺達の方を睨むようなことはありませんよ」
「えっ」
そう、今……遥香さんと彩花は海から目つきを鋭くしてこちらの方を見ているのだ。もしかして、2人はずっと俺達のことを見ていたのかな。
「どうやら、体が入れ替わっても……お互いの恋人同士がいい雰囲気なのはちょっと嫌なようですね」
「ふふっ、そうみたいですね」
絢さんとそんなことを話していたら、遥香さんと彩花が海から上がり、こちらに向かって歩いてくる。2人とも不機嫌そうな表情をしてこっちに迫って――。
「ううっ……」
遥香さんと彩花よりも前に、赤い水着を着た幼女が俺達の目の前に泣きながら立ち止まるのであった。
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