第23話『フレーズ』

 ――20年前に水代さんが自殺したとき、相良さんは一緒に旅行に来ていた。

 ――自殺直前、相良さんは水代さんのことを振った。

 まさか、相良さんが20年前の事件で自殺した少女と一緒に来ていたクラスメイトだったなんて。

 ネットにあった情報ではクラスメイト……相良さんが自殺した水代さんを「突き放した」と書かれていた。ただ、相良さんは今、水代さんのことを「振った」と言った。振ったということは、相良さんと水代さんの関係というのは――。

「水代さんと恋愛関係にあった、ということですか」

「……そうです」

「だから、あなたは水代さんを振ったと言った。しかし、ネットに書かれている情報ではクラスメイトの少女は自殺した少女を突き放してしまったと証言した、となっています」

「そう書かれていましたね。振った、という言葉と突き放してしまった、という言葉では受ける印象が変わってきますね。私は女の子と付き合っているので、2人が恋愛関係にあったかもしれないこともちょっとは考えましたけれど、喧嘩をして絶交したのかなと思うようになりましたね」

 なるほど、さすがは遥香さん。相良さんと水代さんは恋愛関係にあった可能性を考えていたのか。

「『突き放した』と『振った』。実際には大した差はないのかもしれませんが、俺にはその2つの言葉に決定的な違いがあると思っているんです」

 そして、水代さんを振ったことを突き放したと証言したことには、色々な想いが込められているような気がする。

「……ネット上に書かれていることを読んだのなら、既に知っていると思いますが、円加は学校でいじめを受けていました。いじめを受けていた理由は、女の子のことが好きだったからなんです」

「そんな……! どうして!」

 遥香さんは声を荒げてそう言った。そんな彼女は怒った表情を見せていた。こんな彼女を初めて見た。女の子のことが好き、という理由でいじめられたと知ったら、怒ってしまうのは当然か。

「……気持ち悪い。考えられない。円加をいじめる子はそればかり言っていました。円加とは高校の時に出会ったので、これは彼女から聞いた話です。円加は中学生の時に同級生の女の子へ告白したのですが、振られてしまいました。それだけなら良かったのですが、告白された子が円加のことを気持ち悪いと思ったそうで、告白を機に女子が中心となっていじめが始まったそうです」

「そう、だったんですか……」

 今は少しずつLGBTが理解されてきているけれど、20年前はまだそういうことに対して偏見があった時代だったのかな。

「私は私立斑目高等学校に入学し、円加と同じクラスになりました。入学してすぐに円加の過去を知りました。円加と同じ中学校から進学した人がいたこともあって、いじめは継続していたんです。ただ、私にとっては円加は大人しくて可愛い女の子でした。他の子よりもずっと可愛くて、綺麗で……気付けば、彼女のことばかり見ていました」

「好きになった人を見てしまうこと、ありますよね。その相手がクラスメイトだと授業中もずっと見ている日もあって」

「坂井様と同じです。いじめている生徒も円加のことをジロジロ見ていたこともあって、周りのことを気にせずに円加のことを見ることができました」

 水代さんをいじめている人にとっては、彼女のことを見ている相良さんは自分達の仲間だと思っていたのかもしれない。

「円加のことを見ているだけでは我慢ができなくなって、2人きりになれるところで円加に告白しました。円加は自分のことをいつも見ていることに気付いていたみたいで、すんなりと告白を受け入れてくれました。ですが、円加は私のことを気遣って、学校ではちょっと話す程度にして、放課後に一緒にいる時間を作るようにしました」

 周りに気付かれないように、相良さんと水代さんは付き合っていたということか。

「私も絢ちゃんと付き合って間もないときは、みんなのいないところで……愛を育んでいました」

「そうなんですね、遥香さん」

 遥香さん、うっとりとした表情を見せている。どうやら、遥香さんは絢さんと付き合っていく中で似た経験をしていたようだ。水代さんの話にも共感できるところがあるのかも。

「愛を育む……と私と円加の場合は言えたのでしょうかね。お互いの家に行って、部屋の中で楽しく話をしたりして。口づけは……数えるくらいしかしませんでした」

「そうですか。ただ、話を聞くだけでは……水代さんとの交際は上手く言っているように思えます。そんな状況からどうして……」

「……円加が私と付き合っているんじゃないか、と勘ぐる生徒が出てきたんです。おそらく、学校でお互いのことを見る表情が、友人ではなく恋人のように見えたのでしょうね。直接訊かれたことはありませんでしたが、疑惑を持たれた状態で夏休みに入りました。当時は携帯電話やスマートフォンもないですから、夏休みに入ればクラスメイトとの繋がりは断ち切ることができる。ひとまず安心しました」

 20年前というと俺の生まれる前だけれど……確か、ポケベルが流行っていたんだっけ。父さんや母さんの惚気話に何度か登場していた。

「疑いは持たれていましたけれど、円加は安心しているように見えました。お互いに部活には入っていなかったので、一緒に遊びに行ったり、課題をやったりして。本当に楽しかった。幸せだった。8月に入って、円加の御両親から円加と仲良くしてくれていることの感謝も込めて、家族ぐるみでこのホテルへと旅行に行くことになりました。その時はまさか、あんなことになるとは思わなくて……」

「……先ほど、あなたは水代さんを振ったと言いましたが、振ったことにもきっかけがあるはずですよね」

 今の話を訊く限りでは、相良さんと水代さんの交際は順調だった。夏休みに入ってからは2人の関係はより深まったはずだ。そんな中で相良さんが水代さんを振ってしまうきっかけとは何だったのか。

「……いじめの主犯格だった女の子がこのホテルに泊まりに来ていたんです。旅行初日、海で私と円加が一緒にいるところで、その子と会ってしまったんです。もちろん、彼女は私と円加の関係を疑っていました。私と円加に出会って確信したんでしょうね。蔑んだ笑みを浮かべて、やっぱり……と言って立ち去っていきました」

「つまり、その瞬間にこれまで隠してきた水代さんとの関係がばれてしまった、ということですね。しかも、一番ばれたくない相手に……」

 俺がそう言うと、相良さんは目に涙を浮かべながらゆっくりと頷いた。

「藍沢さんの言うとおりです。偶然とは恐ろしいと思いました。ですが、もっと恐ろしかったのはその瞬間からの私自身でした。このまま円加といたら、2学期になった瞬間に私もいじめられるんじゃないか。お先真っ暗な感じになりました」

「だから、水代さんのことを振ったのですか?」

「……円加への愛情よりも、自分のことを優先してしまいました。夕食の後、円加と泊まっている部屋で円加に話しました。1学期が終わる頃から疑われていた。だから、いつかはバレて……この関係が続けられなくなる。だから、もう別れようと。そう言ったら、円加はどうして、どうしてって……泣きながら私に問いかけてきて。そうしたら胸が苦しくなって。私は部屋から逃げ出して、ホテルからちょっと離れたところにある港まで行きました」

「じゃあ、その間に水代さんは……」

 投身自殺をしてしまった、ということか。いじめている女の子に相良さんとの関係が知られてしまい不安になっている中で、相良さんから別れようと言われた。不安と孤独に苛まれて、死んでしまった方がいいと思ったのかな。

「港で夜の海を1人で長めながら、気持ちを落ち着かせました。1時間くらい経っていましたかね。円加に謝ろうとホテルに戻ったら……既に、円加は亡くなっていました。傷はありましたが、眠っているようにも見えました。円加が部屋から飛び降るところを、何人かの宿泊客が目撃したそうです」

「そうだったんですか……」

「……自分が円加を殺したんだと思いました。円加を孤独に追いやったから。でも、2学期以降に学校でいじめられたくないという気持ちもあって、警察からの事情聴取では、円加と喧嘩をして酷いことを言ってしまった。突き放してしまったと言いました。それが、自殺した少女と一緒に旅行に来ていたクラスメイトの女の子の証言として報道されたんです」

「……なるほど」

 振ったと証言すれば、それまでは水代さんと付き合っていたと認めることになる。それを口実にしていじめられるかもしれないと思ったのか。だから、喧嘩をして酷いことを言ってしまったと証言したのか。

「ごめんなさい、お手洗いに……」

「分かりました」

 お客さんの前で泣いている姿を見せられないからなのかな。相良さんはこぼれ落ちそうになった涙を右手で拭うと、ソファーから立ち上がって早足でお手洗いに向かった。

「……20年経っても、泣きたくなるくらいに辛いですよね。私が相良さんの立場だったらどうしていたんだろう……」

「ただ、当時の相良さんの気持ちを考えてみたら、彼女が水代さんに別れようと言ってしまったことについて理解はできますね」

 もちろん、それが良い判断だったとは言えないだろうけれど。ただ、いじめという恐ろしいことから逃げたいという気持ちは分かる。

「水代さん……相良さんが部屋を立ち去ってから亡くなるまで、どんな心境だったのでしょう」

「……どうでしょうね。それは水代さんにしか分からないことですよ」

「そう、ですよね……」

 今の相良さんと水代さんの話は、2年前……唯が岬から転落死してしまったときの話とよく似ている。

 いじめられていなかったけれど、唯が亡くなる直前、俺は彼女から告白されて振った。そして、すぐに俺は唯の元から立ち去った。ただ、数時間ほど経って、唯が岬から転落死したことを聞いた。

 だから、自分が殺したんだと思った相良さんの気持ちをちょっとは分かっているつもりだ。きっと、突き放してしまったことも本当だろう。ただ、今後のことを考えて、突き放したと言った方がいいと判断したんだと思う。

 水代さんが自殺してしまったところまでは理解できた。ただ、その日から現在までは20年という月日が流れている。

「まだ、相良さんに訊きたいことがあります。彼女が戻ってくるのを待ちましょう」

「……ええ」

 相良さんのことを待ちながら飲む緑茶は、さっきよりもやけに渋く感じるのであった。

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