第24話『20年』

 10分ほど経ち、相良さんが俺達の所に戻ってきた。

「すみません、遅くなってしまって」

「いいえ、気になさらないでください」

 相良さんの目尻がちょっと赤くなっているな。お手洗いでかなり泣いてしまったのだろうか。恋人である水代さんの自殺について話したから……だよな。

「あの日のまでのことを話しましたが、他にも何か訊きたいことはございますか?」

「自殺当日から現在まで20年の歳月が流れています。訊きたいことは幾つかあります。そうですね……水代さんが自殺して間もなく、2学期が始まりました。水代さんが投身自殺した日、彼女をいじめていた女子生徒が泊まっていましたが、彼女の様子はどうでしたか?」

「……報道で円加がいじめられたことが明らかになったので、自分達が円加を死なせてしまったかもしれないと恐れていました。しかし、あの日、海で会った子が私と一緒に旅行に来ていたことを明かし、私の例の証言が報道されたので、私が円加を殺したと思い込むことで不安を無くしているようでした。現に、円加を死に追いやった人間という理由で私のことをいじめてきましたから」

「そうだったんですか……」

 水代さんを自殺させたという口実で相良さんをいじめることで、水代さんをいじめていた生徒達は、自分達の心の中にあった罪悪感を掻き消していたということか。他人を攻撃しないと自分の心が救えないと考えるなんて可哀想な人達だ。

「最初は仕方ないと思っていましたが、耐えられなくなって、両親と高校側に相談して転校しました。転校した先の高校ではいじめもなく、普通に高校生活を送ることができました」

「そうですか。ところで、水代さんのご家族はどのような感じでしたか?」

「もちろん、円加の死にショックを受けていました。特にお母様の方は。お父様の話では、円加は一人っ子で希望を失った、とお母様は暫くの間、泣き続けたそうです。それでも、私のことは責めなかった。むしろ、これまでいじめられていたこともあって、円加に優しくしてくれてありがとうと感謝の言葉まで言ってくれました」

「水代さんの御両親は相良さんに怒りや恨みの感情を抱くことはなく、感謝の気持ちでいっぱいだったんですね」

「ええ。その言葉があったからこそ、私は今もこうしているんだと思います。そうじゃなかったら、きっと……天国で円加に謝ろうと自殺していたでしょうから」

 それだけ、当時は相良さんも追い詰められていたということか。学校で水代さんの自殺を口実にいじめられていたからな。水代さんの御両親からの感謝の言葉に本当に救われたんだな。

「そうだ、円加は一人っ子だったけれど、自殺してから2年後に妹が生まれたんです。名前は確か……晴実ちゃんだったかな」

「20年前の事件から2年後ということは、俺や遥香さんと変わりない歳なんですね。俺は高校2年で、遥香さんは高校1年なんです」

「そうなんですか。それなら晴実ちゃんと歳はあまり変わりありませんね。確か、一昨年か去年に高校へ進学した話を円加のお母様から聞きましたので。ようやく、円加が亡くなった悲しみを乗り越えて、もう一度子供を育てたいということで、子供を作ったそうです。何度か、晴実ちゃんとは会っていますね。円加によく似た大人しい雰囲気で」

「そうですか……」

 晴実さんという妹さんも、今は18歳くらいか。ということは、生まれる前に亡くなったお姉さんよりも長く生きているということか。

「このホテルで働くようになったのは、円加が自殺を遂げた場所だったからです。そして、私がこのホテルに就職した頃、ホテルの経営がかなり危なかった時期でした。売上が下がり始めたのは円加が自殺した直後から、ということは分かっていました。あの事件で売上が下がったのなら、原因は自分です。このホテルを復活させようと決めたんです」

「確か、10年ほど前に遊泳施設を充実、この地域との連携、そしてホテルの名前を白海リゾートホテルから現在のアクアサンシャインリゾートホテルに変えたんですよね」

「よくご存知で。それらは私が提案したものです。それもあってか、今は総支配人という役目をいただいております」

 つまり、20年前の事件がなかったら、今もこのホテルの名前は白海リゾートホテルのままだったのかもしれない、ってことか。

「そうですか。ただ、業績が回復してからも、夏を中心に心霊写真は撮影されています。それについてはどのように考えていますか?」

「噂は聞いていましたし、ネットに上がっている心霊写真も見ました。写っている霊は円加かもしれない。ですから、ホテル側からは一切コメントを発表したことはございません。心霊関係が好きな方にも人気であることを知り、特に心霊写真を撮影しやすい夏休みの時期には多くの方にお越しいただいております。それは、円加がくれたプレゼントなのだろうと前向きに考えるようにしました」

 20年前は水代さんの事件が影響して宿泊客が減ったのに、近年では逆に同じ理由で宿泊客が増えるとは。それだけ20年という歳月は大きいってことなのかな。まあ、その手のマニアが20年前の事件とこのホテルに注目した、っていうのもあると思うけれど。

 ホテル側が心霊写真に関して一切コメントをしないのは、もしかしたら、水代さんの霊がここからいなくなってしまうと考えているのかも。

 あと、訊きたいことと言えば……今の相良さんのことかな。

「……失礼ですが、相良さんは今、ご結婚をされていたり、付き合っていたりしているのですか?」

 俺がそのような質問をすると、相良さんは笑顔を浮かべて首を横に振った。

「いえ、そのようなことは全くありません。大学生の時に男女問わず何度か告白されましたが、全て断りました。20代の頃にお見合いも進められましたけれど、それも全て。私にこういうことを言える資格はないのかもしれませんが、私が好きになれる人は円加しかいません。彼女が亡くなってしまった今、私はこのホテルに身を捧げて、誰とも結婚しなければ付き合うつもりはありません」

「それだけ、水代さんのことが好きだということですね」

「……はい。あの夜、円加に謝り、再び付き合おうと決意してホテルに戻りましたから。ですから、円加に謝れなかったことが今まで生きてきた中での一番の悔いです。そして、一生消えることはありません」

 水代さんが自殺をしてしまったからか。

 おそらく、水代さんに謝って、よりを取り戻し……何があっても彼女と生き抜くと決めていたんだ。しかし、水代さんは自殺してしまった。だから、水代さんのことよりも自分がいじめられないことを優先し、自殺直前に水代さんを突き放したと証言したのか。

「……まさか、20年の間にこのホテルに色々なことが起きていたなんて」

「そうですね……」

 ネットで20年前の事件を予め調べていたとはいえ、かなり重い内容だったな。水代さんの受けたいじめがあって。このホテルでの不運な遭遇があって。水代さんが自殺したことによる相良さんの苦悩があって。

「もし、坂井様と宮原様の入れ替わりに円加が関係していたとしたら、おそらく自分が体験した孤独や寂しさを分かって欲しかったんだと思います。入れ替わってしまうことで、恋人との決定的な溝が生じると考えて。もしかしたら、私に対して復讐しようと考えているのかもしれないですね。お客様が20年前の事件について、私について訊くことまで想定して……」

 自分のせいで関係の無い人間が不幸な目に遭っている、と分からせたいということなのかな。相良さんの考える水代さんからの復讐というのは。

「そんなことないです! 水代さんはきっと相良さんのことを……」

「……ただ、私の側にいたくて心霊としてこの近辺に彷徨っているのならいいですけどね。それも、本人に訊かなければ分からないことです」

 何を考えながら飛び降りたのか。そして、自殺してから20年経った今、水代さんは相良さんに対してどう想っているのか。相良さんの言うとおり、本人にしか分からないこと。周りの人間はこう想っていたのだと信じるしかない。

「……とりあえず、今、相良さんから聞いた話を纏めて絢さん達に伝えましょうか」

「そうですね」

 たくさん情報があるから、一旦、部屋に戻ってメモをしながら情報を纏めていった方がいいかな。絢さん達に伝えて、今後、どうすればいいのか考えていくことにするか。

「相良さん。お忙しい中、20年前のことを話してくださり――」

「直人先輩!」

 遥香さんの声で俺のことを先輩と呼ぶってことは、まさか。

 声がした方に顔を向けると、そこには彩花、絢さん、坂井さん、香川さんがいたのであった。

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