第6話『HELP!』

 嫌な予感が的中してしまった。

 更衣室で出会った男性が、ウォータースライダー用のチューブの上でぐったりとしている。近くにいる桃色の髪の女性が彼女さんかな。

「先輩、あの人って確か……」

「ああ、例の男性だ! ちょっと助けに行ってくる!」

 俺はプールに飛び込んで、男性が乗っているチューブの所まで行く。

「大丈夫ですか!」

 男性の顔が青白くなっているな。多分、ウォータースライダーで滑ったことが原因だろう。

「……き、君は……」

 良かった、意識はあるようだ。

「すぐにプールから出て、ゆっくりと休みましょう。あなたが彼女さんですか? 彼を乗せたままチューブをプールサイドまで押しましょう」

「は、はい!」

「行きますよ。せーの!」

 俺は男性の彼女さんと一緒に、彼を乗せたチューブをプールサイドまで動かす。チューブがプールに浮いている状態なので、2人で難なく動かすことができた。

「彩花、チューブを押さえてくれるかな」

「はい!」

 プールサイドの方から、彩花がチューブを押さえる。

 俺はプールから上がり、

「立てそうですか?」

「え、ええ……何とか。すみません」

 ゆっくりと起き上がった男性と肩を組む。

「どこか、既に確保しているサマーベッドがあったりしますか?」

「すぐそこです」

 彼女さんが指さしたところは、本当にすぐ近く。これなら、このまま連れて行くことができそうだな。

「分かりました。彼女さんも肩を貸してください」

「はい」

「彩花はそのチューブを係員に返してきてほしい」

「分かりました!」

「それじゃ、行きましょう」

 俺は彼女さんと一緒に、彼等が陣取っているサマーベッドまで男性を連れて行く。

 そういえば、この人のこと……彼女さんが隼人さんって言っていたな。


「見て見て! イケメンがイケメンを助けてるわよ!」

「ピンクの彼女はどっちと付き合っているのかしらね」


 そんな女性の声がちらほら聞こえるけれど、今もぐったりとしている男性のことを心配するようなことは言えないのか。変に騒ぎになってしまうよりかはいいけれど。

 男性をサマーベッドに運び、仰向けの状態に寝かせる。

「もう、大丈夫ですよ。吐き気とかは大丈夫ですか?」

「……はい、吐き気はないです。ありがとうございます」

「隼人のことを助けていただいてありがとうございます」

「いえ。たまたま近くにいただけですから」

 本当は、何かあったら助けてほしいと更衣室で言われたけれど、まあ、それは言わないでおこう。

「……奈央は悪くないんです。海やプールに入っていたら、段々と気持ちが落ち着いてきたので、ウォータースライダーに挑戦してみたんです。そうしたら……」

「気分が悪くなってしまったんですね」

 海やプールの水が程良く冷たかったから、気持ちが良くて落ち着いたんだろうな。それで試しに彼女さんと滑ってみたら気分が悪くなってしまったと。

「直人先輩、チューブを返してきました」

「ありがとう、彩花」

「この方は大丈夫そうですか?」

「吐き気はないそうだし、俺らと話すこともできているから、このままゆっくりと休めば大丈夫だと思う」

「そうでしたか。なら良かったです」

 彩花はほっとした表情を見せる。

「そういえば、その……ええと」

「藍沢直人といいます。彼女が俺と付き合っている宮原彩花です」

「藍沢さんと宮原さんですか。あっ、こっちの自己紹介がまだでしたね。私は香川奈央かがわなおです。それで、彼が私と付き合っている坂井隼人さかいはやとです。でも、どうして、私のことを隼人の彼女だと?」

「ウォータースライダーのチューブは2人乗りできますし、男女で乗っていたならまず思うのが2人が付き合っているということです。あと、実は坂井さんとは更衣室で会ってちょっと話したので。今日から4日間、彼女である香川さんと、坂井さんの妹さんと妹さんの彼女さんと4人で旅行に来ていると」

「そうだったんですか。隼人のことを助けていただいて本当にありがとうございます」

「いえいえ。ただ、坂井さんは体調を考慮した上で、ウォータースライダーを滑った方がいいですね」

「さっきは私が誘っちゃったこともありますし、気をつけます」

 これで、坂井さんが香川さんにウォータースライダーへと連れて行かれる可能性がぐっと減るかな。

 そういえば、坂井さんの妹とその彼女はここにいないんだな。てっきり、一緒にいるかと思ったんだけれど。2人は別行動なのかな?

「あれ、お兄ちゃんのお友達ですか?」

 女性の声がしたので振り返ってみると、そこには茶髪のショートボブの女の子と、金髪のポニーテールの女の子が立っていた。茶髪の子は可愛らしく、金髪の子は結構凜々しい雰囲気だな。2人は手を繋いでいる。

「ううん、違うよ。隼人、私と一緒にウォータースライダーを滑ったんだけど、気分が悪くなっちゃって。そんな隼人のことを藍沢さんと宮原さんが助けてくれたの」

「そうだったんですか。お兄ちゃんのこと助けていただいてありがとうございます」

「いえいえ。たまたま近くにいたので……」

 茶髪の女の子がペコペコと頭を下げている、ってことは彼女が坂井さんの妹さんで、金髪の子が妹さんの彼女か。

「奈央ちゃんがお兄ちゃんのことを無理矢理連れて行ったの? 昔からそうだから……」

 妹さんが言うほどなんだから、やっぱり香川さんは絶叫系が大好きなんだな。しかも、坂井さんを巻き込んで。

「いや、今日は大丈夫そうかなと思って実際に滑ってみたらダメだったってだけだ」

「……そっか」

「お兄さん、絶叫系が苦手なんだね」

「うん。結構な確率で気絶するか、気絶しなくても気分が悪くなるんだよね」

 それって、かなり絶叫系に弱い体質なんじゃ。それでも、このウォータースライダーなら大丈夫だと思ったのかな、坂井さんは。

「じゃあ、俺達はこれで。坂井さん、ゆっくり休んでください。お大事に」

「……はい。ありがとうございます」

 俺と彩花は坂井さん達のところから離れる。

「ウォータースライダーに行こう」

「はい。やっぱり、あの2人……付き合っていたんですね。更衣室の中でとても仲が良さそうなところを見かけたので」

「そうだったのか」

 さっき、2人は手を繋いでいたし。実際に女性同士のカップルを見るのは初めてだ。

「それにしても、坂井さんは先輩以外で初めてかっこいいと思える人でした」

「ははっ、そうか。その坂井さんも香川さんっていう可愛い彼女がいて、妹さんとその彼女さんも彩花と同じくらいに可愛かったな」

「……まさか、気持ちが彼女達の方に行ってませんよね?」

「そんなわけない。俺以外にかっこいい男がいるって彩花に言われたからとっさにそう言っただけで……」

 まあ、あの3人の女性が可愛かったのは事実だけれどさ。彩花の彼氏として、他にかっこいい男がいたと言われると複雑な気分になるんだよ。

「もぅ、直人先輩ったら。嫉妬しちゃったんですか? ねえ、そうなんでしょう? かっこいいと思っていい男は自分だと思っているんでしょう?」

 やっぱり、彩花は俺のことをからかってきた。ニヤニヤとした表情をしやがって。

「ああ、そうだよ。彩花は俺の彼女なんだから、あまり他の男のことをかっこいいとか思うんじゃねえよ、まったく……」

「嫉妬する先輩、可愛いですねぇ」

「今まで、お前だって色々と嫉妬してただろ。俺もそういうときはあるんだ。だから、あんまりからかうんじゃない……」

 嫉妬のあまりに手錠を掛ける彩花よりもよっぽどマシだろ。さっきの俺なんてさ。

「ふふっ、分かっていますよ。だって、先輩は将来の旦那さんですもん」

「……その言葉を聞けて安心したよ。俺の……将来のお嫁さん」

「ふふっ、その言葉を聞けて安心しました」

 そう言うと、彩花は嬉しそうに腕を絡ませてきた。

「ふふっ、先輩の横にいていいのは、お嫁さんである私だけです」

 お嫁さん、という言葉を口にしたからか彩花は随分と上機嫌だ。そりゃそうか。この旅行をプレ・ハネムーンと言うくらいだし。

「……俺から離れるなよ」

「離れませんよ、旦那様」

 もう、すっかりと夫婦になった気分でいるな、彩花は。

 そして、すぐ後に俺と彩花は2度目のウォータースライダーに。滑っているとき、彩花は俺の言葉を守るかのように、後ろから一度抱きしめると決して離さなかったのであった。

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