第5話『ウォータースライダー』
海でたっぷりと遊んだ後、俺と彩花はホテルのプールへと向かう。陽の光も少し茜色になり始めている時刻だからか、さっきよりも人が少ない。
「直人先輩、さっそくあそこに行きましょう」
彩花が指さしたのはウォータースライダーだった。まあ、水遊びは海でたっぷりしたからさっそく行ってもいいかな。
「分かった」
ウォータースライダーの終着点が見えるけれど、1人で滑ってくる人もいれば、2人で滑ってくる人もいる。これなら彩花と一緒に滑れそうだ。
「2人で一緒に滑っても大丈夫みたいですね」
「そうだな」
「さっ、一緒に行きましょう!」
「そんなにウォータースライダーが楽しみだったのか?」
「はい! 直人先輩と滑ることができますから!」
「そっか」
彩花にとって、俺と一緒に楽しめるのが重要なポイントなのかもしれない。
俺、絶叫系が普通に楽しめるタイプになっていて良かった。昔、妹の美月と遊園地で絶叫系アトラクションに付き合わされて鍛えられたからな。
そういえば、2人で乗れるってことは……更衣室で会ったあの男性は大丈夫だろうか。ウォータースライダーが大好きな彼女さん、絶対に誘うだろうし。
周りの様子を見てみても、ぐったりしていそうな男性の姿は見当たらなかった。まだ行っていないか、既にダウンしてプールを後にしたのか。はたまた、やってみたら意外と大丈夫だったのか。
「どうしたんですか? 周りの様子を見て。……まさか、気になっている女性がいるってことはないですよね……?」
口元では笑っているけど、目つきがかなり恐いぞ。
「いないって。むしろ、あの男の人、大丈夫かなって……」
「まさか、先輩、男の人の方が好きなんですか?」
「違うって。ほら、一緒に更衣室から出てきた男の人、絶叫系が気絶するほどに苦手らしいんだ。でも、彼女さんが大好きらしくて……」
「なるほどです。でも、初対面の先輩にそこまで話すなんて、本当に苦手なんですね」
「何かあったら助けてくれって頼まれたんだよ」
「……重度ですね、それは」
どうやら、彩花の誤解を解けたみたいで良かった。
更衣室での様子だと、かなり疲れていたようだから心配だ。ただ、あの人には連れが3人いるから、何かあっても大丈夫だと思うけれど。
「見かけたら助けて、って話だったからさ。俺達は俺達で楽しもう」
「そうですね。ちなみに、直人先輩は大丈夫ですか?」
「昔、美月に絶叫系には結構付き合わされたからな。……ウォータースライダーくらいなら音を上げない」
「その言い方ですと、好きというよりも耐性が付いたって感じでしょうか」
「あのウォータースライダーくらいなら楽しめるよ」
美月によって培われた、絶叫系アトラクション耐性が今も健在であると信じたい。
ウォータースライダーのスタート地点に向かうと、そこには2, 3組の兄弟やカップルしかいなかった。そこに、さっき出会った男性の姿はない。
待っている間に、女性の係員から2人乗り用のチューブを渡される。
「前と後ろって感じだろうね。彩花はどっちがいい?」
「前がいいです! 先輩が後ろにいると思うと安心できますので……」
「分かった」
てっきり、彩花は後ろがいいって言うと思っていた。俺の姿が見えた方が安心するからという理由で。
前に並んでいる人達が続々と滑っていき、いよいよ俺と彩花の番に。
さっき決めたように、彩花が前に座って、俺が後ろに座る。
「それでは、行ってらっしゃい!」
女性の係員の一言で、俺と彩花が乗るチューブが滑り始める。
「きゃああっ!」
「うわっ! スピード凄いなこれ!」
ホテルのウォータースライダーだからって甘く見ていた! 段々とスピードが上がってきて、彩花の叫びもあってかスリルがかなり増してきている。
「せんぱああい!」
彩花、そう叫んで俺の右足にすがってきた。もしかして、これがしたくて彩花は前の方に座りたいって言ったのか。
それにしても、本当にスリル満点だな。昔、美月に散々付き合わされていたとはいえ、久しぶりだと結構怖い。
「きゃああっ! せんぱああいっ!」
でも、彩花が一緒だと怖さよりも楽しさの方が何倍も強い。
スピードが増し、水しぶきを浴びる中、俺と彩花が乗るチューブはゴールへと辿り着いたのであった。
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
ゴールに到着したときの勢いで、俺はチューブからプールに飛び出し、俺の脚にしがみついていた彩花も一緒にプールに落ちてしまう。
彩花が溺れないように、彼女のことを抱きしめた状態でプールから顔を出した。
「ふぅ、凄かったな」
「はい! 思った以上に迫力がありましたね。もう怖くて直人先輩の脚をしがみついちゃいました」
「だから、前の方がいいって言ったんだな」
「えへへっ、バレちゃいましたか。直人先輩も楽しかったんですね。先輩、今、とてもいい笑顔をしていますよ」
「そ、そうかな?」
「はい。こんな笑顔を見たのは初めてなくらいに」
そう言う彩花はとっても楽しそうだ。
俺、そんなに楽しそうな表情をしているのかな。それとも、今まで全然楽しそうな表情を見せてこなかったのか。
「……そっか。俺……楽しんでいるんだな」
「ええ。先輩、楽しんでいるように見えますよ。私はとっても楽しいですよ!」
「……うん」
何だか、懐かしい感覚が俺の体を包み込んでゆく。もしかしたら、これが楽しいってことなんだろうな。凄く癒やされていくんだ。
「彩花、もう一度滑らないか? 今度は俺が前に座るから」
「ふふっ、分かりました。後ろなら、先輩が見えるので安心できますもんね。怖くなったら後ろから先輩に抱きついちゃいます」
「彩花は甘えん坊だな。さっ、行こうか」
「はい!」
せっかく、彩花と一緒に旅行に来たんだ。思う存分に楽しまないと。
そして、俺と彩花がプールから上がって、再びウォータースライダーのスタート地点に向かおうとしたときだった。
「は、隼人! 大丈夫?」
何か焦ったような女性の声が聞こえる。隼人って男の人の名前だよな。
まさかと思い、女性の声が聞こえた方に振り向くと、更衣室で出会った男性が、プールに浮かぶチューブの上で仰向けになっている状態でぐったりしていたのであった。
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