第4話『あいみ』

「まずは海に行きましょう」

 と、彩花に手を引かれて、俺はプールを通り過ぎて海へと向かう。

 プールよりも人が多いかと思ったんだけれど、海は意外と少ない。まあ、洲崎の海のように落ち着いていて俺は好きだけれど。

「ゆっくりとできそうだな」

「そうですね。ここら辺は、もしかしたらホテルの利用者だけが入れるところなのかもしれません」

「プライベートビーチって感じか」

「そんな感じでしょうね。先輩の故郷の海のようで、私は好きですけど」

「……俺も同じことを思ってた」

 来年の夏には彩花と一緒に帰省して、洲崎の海で遊ぶことにしよう。

 浜辺には、ホテル側が用意したと思われるビーチパラソルとリクライニングサマーベッドが幾つも置かれていた。人が少ないからか、空きのベッドがある。

「あそこにしましょう」

「そうだな」

 俺達は空きのサマーベッドを陣取る。ビーチパラソルのおかげで日陰になっていて、風も吹いていて気持ちいいな。更衣室で出会った男性も、彼女さんと一緒にこうやってゆっくりできていればいいけれど。

 サマーベッドに横になりながら見る海っていうのもいいな。水着姿の女性達が俺の方を見ているような気がするけれど。

「先輩」

「うん?」

「背中に日焼け止めを塗っていただけますか? 自分ではどうしても塗ることができないところがあって」

「うん、分かった」

 上半身を起こして彩花のことを見てみると、彩花はうつ伏せになった状態で俺のことを見ていた。俺に日焼け止めを塗ってもらうためなのか、ビキニの紐が解かれている。

「では、これを」

「ああ」

 サマーベッドから降りた俺は彩花から日焼け止めを受け取って、彩花の背中に日焼け止めを塗り始める。こうして見てみると、彩花の背中って白くて綺麗だよなぁ。今まで何度も見たことがあるのに。

「んっ……」

 声を漏らしたと同時に、彩花は体をビクつかせる。

「くすぐたかった?」

「ちょっとだけ。あと、日焼け止めがちょっと冷たくて。それに、先輩に触られていると思うと感じちゃって……」

 そう言って、俺の方に振り返る彩花の赤くなった顔はとても可愛らしい。俺に背中を触れていることで色々と妄想しているのでは。

「このくらいで大丈夫かな。あとは大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ。直人先輩、ありがとうございました」

 そう言うと、彩花は日焼け止めを塗ったお礼なのか俺に口づけをしてきた。ここまで口づけが多いともう挨拶のようだ。

 彩花が唇を離すと、彼女は嬉しそうな表情を見せている。

「……浜辺での口づけもいいですね」

「俺はあまり気にしていないけれど、彩花はいいのか? こんなところで口づけをしちゃって、恥ずかしくないのか? きっと、色々な人が俺達のことを……」

 実際に周りを見てみると、俺と彩花の方を見ている人が結構いる。パッと見た感じでは、女性の割合が多い。俺が見渡すので目が合わないようにと、わざと視線を逸らす人もいるくらいだ。

「恥ずかしくないと言ったら嘘になります。でも、直人先輩は私と付き合っていることを皆さんに知ってもらえれば、直人先輩のことを見てくる女性も減りますし、私のことを見てくる男性も減るでしょう? それに、この旅行中に海で直人先輩と口づけしたいと思っていましたから」

「……そっか。彩花がそう言うならいいけれど」

 この前、洲崎の海で遊んだときにはまだ付き合っていなかったからな。もしかしたら、彩花がこの旅行中にしたいと考えていることはまだまだあるかもしれない。

「先輩、もう一度、口づけをしてもいいですか? 今度は先輩から」

「分かった」

 俺は彩花に口づけをする。これで、彩花に近寄ってくるような男が減るんだったらいくらでもするさ。

 そして、彩花はサマーベッドから起き上がって水着の紐を結ぶ。

「さっ、海に入りましょう!」

「うん」

 彩花に手を引かれる形で海に入ってみると、程良く冷たくて気持ちがいいな。よく、人が多いプールだと温かくなっちゃうときもあるけれど、さすがに海は違うな。故郷である洲崎町の海を思い出す。

 以前、岬から唯が転落死したことや東北で起きた地震による津波とかでしばらくの間、海には近づきたくもなかったんだけれど、やっぱり海っていいもんだな。

「それっ!」

「うわっ!」

 俺は彩花に水を掛けられてしまった。

 水を掛けたときの彩花の表情はいつになく無邪気な笑みを見せている。それは唯の笑みと重なっていた。そういえば、唯や美緒と海で遊んだときは、決まって2人に水を掛けられていたな。もちろん、唯が主導で。

「もう、何をぼうっとしているんですか」

「……洲崎の海を思い出していたんだ。この前行ったことを除けば、最後に海に入ったのは唯が生きていた3年前の夏だったから」

「そうだったんですか。思い出に浸ってしまうのは分かりますが、それでも他の女の子のことを思い出されるとちょっと嫉妬しちゃいます」

「そういう気持ちも分かるけれど、そのくらいのことで彩花のことが好きだっていう俺の気持ちは揺るがないよ」

 ただ、俺も彩花が他の男性の話をされたら、ちょっと嫉妬するかもな。

「海でそんなことを言われると、普段よりもキュンとしちゃいますね。きゃっ!」

「さっきのお返しだ。顔が熱くなってそうだったから、ちょうど良かったんじゃないか?」

「もう、先輩ったら。それっ!」

 うわっ、さっきよりも掛けられる水の量が多いな。俺に1回水を掛けられたから、スイッチが入っちゃったのかな?

「って、あ、彩花っ!」

「これなら仕返しはできません!」

 彩花がいきなり、俺に抱きついてきたのだ。そのことでよろけてしまい、俺は彩花を抱きしめたまま仰向けの形で海に倒れてしまう。

 ――バッシャーン!

 全身が海の中に入るのも3年ぶりだ。あの時はもうちょっと深くて、水中から唯に脚を取られたのが原因だったっけ。

「ふぅ」

 今回は座っても大丈夫なくらいに浅いところなので良かった。

 上半身を起こすと、依然として俺のことを抱きしめている彩花がいた。彼女の顔が海水で濡れている。そして、ちょっと申し訳なさそうな様子。

「ごめんなさい。まさか、先輩が倒れてしまうとは思わなくて……」

「ははっ、このくらいのこと気にするなよ。昔はこれよりも深いところで、唯にわざと足をすくわれたりしたからなぁ。それに比べれば可愛いよ」

「そうですか……」

「……それにしても、こうやって見てみるとその水着、本当に似合ってるな。凄く可愛いよ。俺以外の男には見せたくないくらいにさ」

 俺も彩花のことを言えなくなってきたな。彩花の可愛いところを自分にしか見せてほしくない気持ちが強くなってきている。

「もう、直人先輩ったら」

 そう言うと、彩花は嬉しそうな表情を浮かべて、再び俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。

「おいおい、俺を抱きしめたら、逆に水着姿が見えなくなるじゃないか」

「直人先輩が水着姿を見たいのであれば、お部屋でも見せますから。だって、自分以外に見せたくないんでしょう? それに、今は先輩のことをぎゅっと抱きしめたい気分なんです」

「……そっか」

「そして、口づけも……したい気分になっちゃってます」

 そう言って、彩花は口づけをしてくる。

 本当に俺は可愛い女の子を彼女にしたんだなって実感する。そして、そんな彩花が愛おしいと。だから、彼女のことをぎゅっと抱きしめる。

 周りからは俺達のことをどう見られているんだろうな。彩花の言うとおり、俺達が付き合っていると分かって、変に近寄ってくる人が少なくなればいいかな。

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