第3話『頼み事』

 水着や部屋のカードキーなどの貴重品を持って、俺と彩花は部屋を後にする。

「直人先輩の水着は新しいんですか?」

「この前、洲崎の海で着ていた水着と同じだよ」

「そうなんですか」

 彩花はちょっとがっかりしている。男性の水着姿って需要があるのかな。でも、男性が女性の水着姿にそそられるように、女性も男性の水着姿にそそられるんだろうな。

「彩花は新しい水着を買ったんだよね」

「はいっ、旅行に行くことが決まってから。それに、最近……先輩が優しく揉んでくれるおかげで、ちょっと胸が大きくなりましたし」

 耳元でそう囁かれるけれど、どういう返事をすればいいのか困る。

「そういえば、さっきバルコニーからプールが見えたんだけど、ウォータースライダーもあるみたいだ。彩花って絶叫系とかって大丈夫なの?」

「小さい頃は苦手な方でしたけれど、お姉ちゃんにいつも付き合わされていたので、今は大丈夫ですよ。結構叫んじゃいますけど」

 彩花のお姉さんである茜さんは結構活発な人だから、俺のイメージ通り、絶叫系が好きなんだな。

「そっか。じゃあ、後で行ってみようか」

「はいっ! 2人で一緒に滑れるタイプだといいなぁ」

 さっき、バルコニーで見たときはどうだったかなぁ。プールの方をよく見ようとしたときに彩花が部屋のお風呂が広いって言ってきたからな。

 プールの方へ行ける入り口近くに更衣室があるので、俺と彩花は水着へと着替えるために一旦別れた。

 更衣室の中に入ると……意外といないもんだな。このホテルについては、プールだけを利用することもできるから、そういう人達が利用していると思ったんだけれど。俺達のように泊まる人も、部屋で着替えてしまうのかも。

「さっさと着替えて彩花のことを待つか……」

 プールへ向かう入り口のところで、彩花と待ち合わせをすることになっている。早く着替えて彼女のことを待とう。

「ふぅ……」

 荷物を入れるロッカーを決めたところで、そんなため息が聞こえた。

 すると、俺のすぐ横に黒髪の男性が立つ。俺よりも2, 3歳くらい上なのかな。大学生くらいに見える。俺と同じくらいの背の高さで、顔立ちも整っているけれど……かなり疲れているようだけれど。

「あの、大丈夫ですか? 疲れているようですけど」

 思わず、男性に声を掛けてしまう。本当に大丈夫なのかな。

 すると、男性は俺の方を向いて苦笑い。

「……すみません。免許を取って2ヶ月くらいしか経っていなくて、家から3時間も運転したので結構疲れちゃって。途中、昼食とかを挟んで休憩はしたんですけど」

「そうだったんですか。お疲れ様です」

 車を運転したってことは、やっぱり俺よりも年上なんだ。

「俺1人とか、大学の友人を連れてならまだいいんですけど、彼女と妹と、妹の彼女を乗せると物凄く緊張しちゃって」

「それだと、余計に疲れますよね」

 もし、俺が同じ立場だったら彼と同じように、きっと慣れない運転と、彩花を乗せていることでの緊張でどっと疲れそうだな。

「彼女さんと妹さんと、妹さんの彼女さんですか。何だか変わった組み合わせような気がしますけど」

「本当は両親と来るはずだったんですけど、父の仕事関連でどうしても外せない予定があって、俺の彼女と妹の彼女と4人で来ることになったんですよ」

「そうだったんですか」

 家族で行く予定だったのが、2組のカップルで行くことになったのか。

 あと、妹さんは女の子と付き合っているのか。もしかして、さっき女性のスタッフさんが言っていた女性同士のカップルは、この男性の妹さんカップルのことなのかな。

「そちらは?」

「俺は彼女と2人きりで。俺達、まだ高校生なんですけど、彼女の御両親が今から結婚とか何だって言って、この旅行をプレゼントしてくれたんです。今日から4日間で」

「へえ、そこまで進展しているんですか。それはいいですね」

 そう言われるよなぁ。彼女の御両親から旅行をプレゼントされたなんて言ったら。

「……俺達の方も今日から4日間なんですよ。明日以降もゆっくり遊べるから、今日はもうゆっくり休みたかった……」

「海やプールは見るだけでも楽しめると思いますよ」

「そう思いますよね。俺も海やプールを見たり、せめて入るくらいならいいんですけど、彼女は絶叫系が大好きな人間で、俺は凄く苦手なんですよ。それで……」

「ああ、ウォータースライダーですね」

「そうなんですよ。彼女、ウォータースライダーがあることを知ったら俺と絶対に滑るって言って聞かなくて。幼なじみだから、俺が絶叫系は苦手で、過去に気絶したところを目の当たりにしているのに……」

「それだけ彼女さんは絶叫系が好きってことなんでしょうね」

「1人ずつなのか、一緒に滑るタイプなのか分かりませんが……どうか、2人以上だと滑ってはいけないタイプであってほしい」

 それだけ、この男性は絶叫系が苦手ってことなんだな。確かに、1人ずつしか滑っちゃいけないなら、どうにかして逃げることはできそうだ。彼女さんが一緒に滑ろうって言うからここまで疲れているのか。

「もし、俺がプールで気を失っているのを見かけたら、その時は助けてください。お礼に飲み物でも食事でも何でも奢りますから……」

「……奢らなくていいので、見つけたときには助けますよ」

「ありがとうございます」

 初対面の男性から、もしもの時には救助してほしいと頼まれてしまった。それだけウォータースライダーが怖いってことか。過去に絶叫系のアトラクションに行った後に気絶したそうだし。

「ただ、今のその様子を彼女さんに見せて、乗りたくないと言えば……さすがに滑らなくていいと言ってくれるんじゃないでしょうか」

「……もし、その時に君が近くにいたら説得をお願いすると思いますので、そのときは」

「分かりました」

 出会ったばかりの俺に説得をお願いするなんて、この人の彼女さん……相当恐い人なのかな。それとも、強引にでも付き合わせてしまう方なのか。

 そういう話をしていると、お互いに水着に着替え終えていたので、一緒に更衣室を出る。すると、プールへ向かう入り口には既に彩花が待っていた。赤いビキニで、パレオを巻いている。

「彼女の方が早かったですね。では、俺はこれで」

「ええ」

 俺は小走りで彩花のところへと向かう。

「お待たせ、彩花」

「いえいえ、私もついさっき来たところですから。先輩、ここにいなかったのでもう外へ行っちゃったと思ったんですけど。更衣室の前で立っているイケメンの男性と何か? 先輩の知り合いの方ですか?」

「いや、初対面だよ。たまたま着替えている場所が近くだったってだけで。彼女と、妹さんと、妹さんの彼女と4人で来ているんだってさ。俺達と同じで今日から4日間なんだって」

「そうなんですか。面白い組み合わせなんですね」

「色々と事情があるらしい」

 あの男性から色々と頼まれたことは……言わなくていいか。その場に出くわすとは限らないし、万が一出くわしてしまったらその時に説明すればいいだろう。まあ、あの男性なら気絶するような状況には陥らない……と思いたい。

「それにしても、彩花……新しい水着、似合ってるね。可愛いよ」

「ありがとうございます。パレオを巻いて大人っぽくしてみました」

「そっか。何だか上品な感じがするよ」

「ふふっ」

 思い返せば、洲崎の海で着ていた水着姿よりも今の方が大人っぽいな。胸はあの時よりも……大きくなったかどうかよく分からない。

「さっ、直人先輩! 一緒に行きましょう!」

「ああ、そうだな」

 彩花に手を引かれる形で俺はプールの方へと向かうのであった。

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