第2話『愛の巣』

 目的地に近づくに連れて、段々と自然が多くなっていって、海も見え始めてきた。俺の故郷である洲崎町に帰るときも特急列車から海が見えたけれど、旅路の中で見る海というのは何故かとても綺麗に思える。

 午後2時半。

 俺と彩花はリゾートホテルの最寄り駅に到着する。月原市よりはまだマシだけれど、それでも蒸し暑いことには変わりない。

「暑いですねぇ」

「ああ。でも、こういう日に海やプールに入ると気持ちいいんだろうな」

「ですね。チェックインして、部屋に荷物を置いたらさっそく入りましょうよ」

「そうしよう」

 まだ2時半だし、これからチェックインすれば3時過ぎくらいから遊べるだろう。

 今日から4日間滞在するホテルはアクアサンシャインリゾートホテルというホテル。海沿いにあるホテルらしい名前だな。

 ホテルに到着すると、さすがに夏休み期間の土曜日ということもあってか、家族やカップルのような人が結構いる。

 俺がチェックインの手続きを済ませると、若い女性のスタッフさんが部屋まで案内してくれることになった。

 俺と彩花はホテルのスタッフの女性と一緒に、俺達が泊まる1010号室に向かい始める。女性のスタッフだから、彼女と話すのは彩花に任せてしまおう。

「ご兄妹なんですか?」

「いいえ、付き合い始めて1ヶ月もしないカップルです。この旅行は私の父がプレゼントしてくれたんですよ」

「へえ、そうなんですか! 彼、クールそうですがなかなかやるんですね」

「ふふっ。もう結婚も決めているんですよ。自慢の旦那様です」

 彩花がデレデレした様子で話すからか、何だか恥ずかしくなってきたぞ。結婚するつもりで付き合っているからこそ、浩樹さんがこの旅行をプレゼントしてくださったのは事実だけれど、あまり他人に言わない方がいいのでは。

「……なるほど。いいですね、本当に……」

「幸せな気分でいっぱいです!」

「……羨ましいです。私、夏休み前に彼氏と別れちゃって、旅行の予定もキャンセルしちゃったんですよね……」

 苦笑いをしながらもはあっ、とスタッフさんはため息をつく。俺や彩花の前でもため息をついてしまうってことは、彼氏と別れてしまったのがとてもショックだったのだろう。ただ、今は夏休み終盤だ。この1ヶ月以上、彼女はため息をたくさんついたのかもなぁ。

「……あの、すぐに彼氏できますよ! 可愛らしいですし、次の夏にはきっと彼氏さんと旅行に行けますって!」

「……ありがとうございます!」

 そして、こういう風に何度も宿泊する方から励まされたのかもしれない。それにしても、スタッフさんに励ましの言葉を言うときの彩花の笑顔は天使のようだった。

「しかし、本日は色々な方が来ますね。先ほどは女性同士のカップルでしたし」

「へえ……そうなんですね」

 ホテルの従業員として、他のお客さんの情報を言ってしまっていいのだろうか。

 しかし、女性同士のカップルか。思わず俺と親交のある女子生徒同士で想像してしまったけれど、なかなか美しいかもしれないな。

 そんなことを話していると、俺と彩花は1010号室に到着する。

「それでは、楽しい4日間をお過ごしください。何かありましたら内線でフロントまでご連絡ください」

「分かりました。ありがとうございました」

 荷物を部屋に入れると、スタッフさんは部屋を後にした。

 ダブルルームとは聞いていたけれど、結構広いベッドだな。俺と彩花で寝るには十分すぎるくらいに。

 そして、部屋の中全体を見渡してみる。とても開放的な感じで、彩花と2人で泊まるにはちょっと贅沢すぎるんじゃないかなと思うくらいだ。入り口近くにいても、外を見れば青い海が一望できるし。夏の旅行に来たんだ、って思える。

「いい部屋だなぁ」

「そうですね」

 ここなら4日間とは言わずに、もっと長く彩花と過ごしたい。

 せっかく海が見えるんだから、バルコニーに出てゆっくりとこの景色を──。

「うわあ、よろけちゃったぁ」

「えっ」

 よろけたにしては、彩花は随分と勢いよく俺に体重をかけている気がするけれど。彼女がよろけたことで、俺はベッドの上で彩花に押し倒される形になってしまう。

 そして、気付けば彩花の顔が俺のすぐ側にあり、

「直人先輩……」

 彩花は俺の名前を呟くとそっと口づけをする。きっと、これをしたくて俺にぶつかるようにわざとよろけたんだな。

「彩花、気持ちは分からなくはないけれど、さすがに早すぎないか?」

「……だって、今日から4日間はここが先輩と私の愛の巣じゃないですか。それに、2人きりになってベッドがあったら、色々と考えてしまいます。今、心がきゅんきゅんしています」

「そうか。何か、付き合い始めてから積極的になってきてない?」

 時々、束縛されていたとき以上にグイグイ来ることもある。

「だって、直人先輩のことが好きなんですもん。け、結婚を前提にお付き合いをしていますが、直人先輩との距離をより縮めることと、直人先輩とイチャイチャしたい欲求は日に日に強くなっていくんです。もちろん、ここまでするのは2人きりのときだけですよ! 周りに人がいるときはさすがには、恥ずかしいですし……」

 彩花は顔を真っ赤にしている。彼女から物凄い熱が。

「可愛いな、彩花は」

「直人先輩……」

「……俺だって、その……彩花ともっと距離を縮めて、イチャイチャしたいっていうか。そう思っていても、実際に口にすると結構照れくさいもんだな……」

 俺まで顔が熱くなってきちゃったんだけれど。きっと、頬が真っ赤になっているんだろうな。

「直人先輩、私と付き合い始めてから色々な表情を見せてくれるようになりました。今の先輩、とても可愛いです」

「そ、そうか……」

 そう言われると、彩花と付き合うまでの俺は常に無表情のつまらない人間にしか思えなくなるんだけれど。少なくとも、2年前に唯が亡くなってしまうまでは、少しくらいは感情を顔に出していたと思うんだけれどな。

「……そうだ。直人先輩、私、部屋の中がどんな感じになっているのか見てみますね。どこに何があるのか確認しておきたいので」

「分かった。じゃあ、俺はバルコニーから外の景色を眺めてくるよ」

「……水着姿の可愛い女の子をじっと見ない方がいいですよ。変質者のように思われてしまいますから」

 俺と付き合い始めてから、時々、彩花は恐ろしい笑みを見せてくる。付き合い始めたからこそ、俺と離れたくない気持ちがより強くなって、そのことで女性に関することに厳しくなったんだろうな。

「見ないって。というか。10階からじゃ水着姿の人も豆粒くらいにしか見えないんじゃないかな」

「それもそうですね。じゃあ、お部屋の中を探検してきますね」

「いってらっしゃい」

 彩花は俺から離れてベッドから降りると、洗面所と思われるところに入っていった。

 俺はバルコニーに出て広大な海の景色を眺める。

「いい景色だなぁ」

 青い空に青い海、そして……下にはホテルのプールが。月原市から3時間ちょっとで行ける場所だけれど、異国の景色を見ているようだ。

 プールには結構人がいるようだから、泳ぐというよりは水遊び程度に考えた方が良さそうだな。あと、ウォータースライダーらしきものも見える。キャー、という女性の黄色い声が聞こえてくる。プールに遊びに行くときには、彩花と一緒に滑ってみようかな。

「直人先輩!」

 おっ、部屋の中からも女の子の黄色い声が聞こえたぞ。

「どうしたんだ、彩花」

「浴室がとても広いです! 家のよりも広いですよ!」

「へえ、そうなんだ」

 どうして、浴室の広さに感動しているのだろうか。まあ、彩花はお風呂に入るのが好きだけれど。それに、このリゾートホテルには大浴場もあったはず。

「……これで、お風呂でえっちなことができますね。良かったですね。直人先輩、たまにお風呂でしようと言ってきますから……」

「……そこら辺は考えておくよ」

 まったく、彩花は。旅行に来ているからなのか、気持ちが浮ついているな。

 あと、お風呂でそういうことをするのは布団やシーツを汚さないためであって。家よりも広いんだったら……まあ、できるか。

「直人先輩、さっそく海やプールに行きましょうよ!」

「そうだな」

 彩花に色々と言われて全身が熱くなり始めていたからちょうどいい。彩花の新しい水着姿を堪能しながら、海やプールで爽やかな気分に浸ることにするか。

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