第52話『墓参り-後編-』

 霊園の入り口で発売されていた花束を購入し、俺とちー姉ちゃんは唯のお墓があるところへと向かう。


「ちー姉ちゃんは結構、墓参りに来てるの?」

「うん。月命日の19日には必ず行ってる。だから、最後に行ったのは先月の19日だね」

「そうか」


 唯が亡くなったのは3月19日。だから、ちー姉ちゃんは毎月19日には欠かさずにここへ来ているというわけか。


「墓参りに行ったときには最近あったことを話しているの。この春からは大学でこういうことがあったんだよ、とか」

「そっか」


 骨になってしまっているけれど、唯に会いにきているわけだもんな。最近の自分のことを話したくなる気持ちは分かる。

 唯のお墓が見えてきた。花束を持っているちー姉ちゃんに先に行ってもらい、俺は近くにある水道場で桶に水を入れてから彼女の墓に向かった。


「唯、久しぶりだね。今日は直人君も一緒だよ」

「……久しぶりだな、唯。3ヶ月ぶりか。今から墓を綺麗にしてするからな」


 ちー姉ちゃんに倣って俺も墓石に向かって話しかけるけれど、唯から返事が帰ってくるわけがなく。だから、虚しくなって、切なくなった。俺の横で大学生活のことを笑顔で話しているちー姉ちゃんが眩しかった。

 俺とちー姉ちゃんで唯の眠る墓石を綺麗にしていき、最後に入り口で購入した花束を飾る。

 火を点けた線香を手向けて、俺とちー姉ちゃんは唯のことを拝んだ。


 今、唯は俺とちー姉ちゃんを見て何を想っている?

 久しぶりに会えたことの嬉しさか?

 さっさと帰ってほしいという怒りか?

 話したいのに話せないという悲しさか?


 できることなら唯の気持ちを、彼女自身の声に乗せて教えてほしかった。それができないと分かっているからこそ、強く願ってしまう。


「そろそろ帰ろっか」

「……ああ」

「じゃあ、またね、唯。お盆と19日にまた来るから」


 ちー姉ちゃんがそう声をかけた後、俺は彼女と一緒に唯の墓を後にした。


「こうやって、墓参りに来ると唯と話ができた気がして、スッキリするんだ。唯がお墓に入った直後はあまりそう思えなくて、むしろ悲しかったんだけれどね」

「唯が死んだことを思い知らされるから?」

「うん。病気で亡くなったわけじゃないからね。本当に突然だったから、唯が亡くなったって信じられなかったし、信じたくなかった。でも、墓参りに来るとやっぱり唯は死んじゃったんだ……って、心が空っぽになるの」

「じゃあ、いつから今みたいにスッキリできるようになったんだ?」


 俺は今でもここに来ると悲しい気持ちになったり、心が空っぽになったりする。スッキリできるようになるなら、俺もそうしたいんだ。


「……時間が経つに連れて悲しさとかは薄れていったよ。でも、本当にスッキリできるようになったのは今年、ゴールデンウィークに直人君が帰ってきてくれたおかげなんだ」


 驚いた。俺がちー姉ちゃんに何をしたのだろうか。心当たりがない。俺のせいで唯は亡くなったんだと彼女から言われたことはあるけれど。


「ゴールデンウィークに帰ってきたとき、直人君は唯が亡くなったときの真実を明かしてくれたじゃない。今まで唯が亡くなる前後のことが分からなかったけれど、唯の身に何が起こって、何を言っていたのか。直人君のおかげで知ることができた。それ以降、墓参りに来るとスッキリできるようになったんだ」

「そういうことだったのか……」


 モヤモヤとしていたことがはっきりとしたことで、心の中にあったわだかまりが消えていったのだろう。3ヶ月前のあのときまでは、ちー姉ちゃんの心の中には唯を失ったことの悲しみが居座っていたのか。


「2年前の事件の真実が分かったことで、私が前へ向けるようになったように、直人君もきっとすぐに前へ向けるようになるよ」

「……どうすればいいんだろうな」

「……それは、直人君の気持ち次第なんじゃないかな」


 ちー姉ちゃんの言うとおり……だな。全ては俺の気持ち次第なんだ。唯の死をどう受け入れて、どう前を向くか。彩花達からの告白の返事をどうするか。俺の気持ちの問題……なんだよな。


「私で良ければ相談に乗るから。いつでも連絡してきて」

「……そのときはよろしく」


 本当に色々な人に迷惑をかけてしまっているな。ただ、話を聞いてくれる人がいるというのはいいものだと思えるようになってきた。

 柴崎家の前まで戻る。昔、遊びに行っていたときから見た目が全然変わっていないとふと思った。


「直人君は今回、いつまで洲崎に滞在する予定なの?」

「……気持ちの整理がつくまでかな」

「そうなんだ。分かった。早く帰れるといいね」

「……そうだな」

「じゃあ、またね」

「ああ、またな」


 手を振り、ちー姉ちゃんと別れる。

 今から家に帰っても、みんなはきっとまだ海にいるんだろうなぁ。家を出発してまだ小一時間程度だし。


「……海に行ってみるか」


 遊ぶ気にはならないけれど、誰もいない実家に帰る気にもならなくて。潮風を浴びながら海辺を歩くのもいいだろう。

 実家を通り過ぎ、浜辺の方に向かって歩く。途中の自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら海沿いの道路に出る。

「今日の海は穏やかだな」

 懐かしい風景に、懐かしい暑さ。それに加えて缶コーヒーの苦味のおかげで気持ちが落ち着いていく。

 洲崎町の砂浜は結構綺麗なのに、地元の人以外にはあまり利用されていないらしい。彩花や渚達のように、洲崎町に住む知り合いがいて、その人達と一緒に遊びに来るということはあるみたいだけれど。俺もこじんまりした浜辺の記憶しかない。

 浜辺に到着すると、やっぱり、ほとんど人がいない。全く人がいないよりも寂しく感じるのはなぜだろうか。

海で遊んでいる水着姿の女性達がいるけれど、目を凝らしてみてみるとそれは彩花達だった。彼女達の水着姿は新鮮でよく似合ってるな。

 1つだけあったビーチパラソルの下には、ベンチで横になっている水着姿の父さんと母さんがいたので俺はそこに行ってみる。


「相変わらず寂しい海だな、ここは」

「おっ、直人か。遊びに来たのか?」

「海に入るつもりはない。ただ、海でも見ながらゆっくりしたいと思って」

「何だよ、爺臭いことを言いやがって。それに、缶コーヒーなんか飲んで。俺なんてさっき、彩花ちゃんや渚ちゃん達に砂に埋めてもらったんだぜ?」

「……楽しんでるなぁ、父さんは」


 砂に埋めてもらって楽しむところが父さんらしいというか。昔、深い穴を掘って父さんを首まで埋めてやったことを思い出した。


「あっ、直人先輩ですよ!」

「直人も遊ぼうよ!」


 遠くから彩花や渚の声が聞こえたので海の方を見てみると、水着姿の彼女達がこっちを向いて手を振ってきている。


「遊んでこいよ」

「いや、俺、水着着てないし。着衣水泳はしたくないぞ」

「そこにビーチボールがある。それなら遊べるだろ」

「……まあ、そうだな」


 せっかくみんなで来ているのに、遊ばなかったら損か。

 裸足になり、ズボンの裾を捲った状態にし、ビーチボールを持って彩花達のところに向かう。


「用事は終わったんですか?」

「……今日の用事は。そういえば、みんな水着似合ってるぞ。可愛いな」


 率直な感想を述べると、彩花、渚、咲、美緒は顔を赤くした。美月と北川はそんな4人を見て微笑んでいる。


「良かったわね、咲。褒めてもらえて」

「……う、うん」

「それで、なおくんは服を着たまま泳ぐの?」

「そんなわけない。ビーチボールでみんなと遊ぼうと思って」


 ビーチボールスタイルの俺を見て海に入ろうと思うとは、美緒の天然は昔から変わらないのか。というか、服を着たまま海に入ったこと今までに一度もなかったじゃないか。


「じゃあ、みんなでビーチボールを使って遊ぼうか」

「いいですね、渚先輩。それでどんな感じで遊びましょうか?」

「月原チームと金崎チームにしようよ。月原チームは直人、吉岡さん、宮原さん、美月ちゃんで、金崎チームは楓、美緒、あたしでいいわ」

「それじゃ、こっちが1人多いだろ」

「じゃあ、俺が金崎チームの方に入ろう! それならどっちも男が一人いるから公平になるだろう?」


 うわあ、父さんが向こうチームに入るなんて。これは厄介なことになりそうだ。俺がいるから絶対に手加減しないだろうし。

「それなら、お母さんが審判しようかしら」

 その後、ビーチボールを使って彩花達と遊んだ。俺の予測通り、父さんが容赦ないプレーをしてくるので自然と俺も全力で遊ぶことに。

 ただ、ここ数年の間で遊んだ中では一番楽しかった。まさか、唯の死をきっかけに怖くなってしまった海で楽しめるときが来るなんて。しかも、洲崎の海で。

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