第51話『墓参り-前編-』
特急列車に乗ってから約2時間。午後3時過ぎに洲崎駅に到着した。俺にとってはおよそ3ヶ月ぶりの故郷である。
海に面した洲崎町は月原市よりも涼しく、列車を降りたときも暑かったものの月原にいるときほどの不快感はなかった。
まずは全員で俺の実家に行き、父さんと再会する。全て解決したわけじゃないけど、退院できるくらいには元気になったので、父さんも安心しているようだった。
父さんと軽く話したし、これから俺は唯の墓参りへ行くことに。また、美月の提案により、彩花達は海水浴をするとのこと。
「まあ、墓参りが終わって遊ぶ気になったら海に来てよ」
美月にそう言われた。彼女の後ろで目を輝かせている彩花達の様子から見て、もしかしたら、今日のために水着を買ったのかもしれない。俺に見てほしいのかも。
「気分が乗れば海の方に行くよ」
「何だよ、そこは絶対に行くって言わねえのか?」
父さんのツッコミの理由は分かりきっている。
「どうせ、水着姿が云々とかなんだろ?」
「分かっているなら浜辺に来いよ。俺は行くぞ、みんなの保護者として」
「そのときは母さんと一緒に行けよ、絶対に」
「当たり前だ。あいつの水着姿が一番楽しみなんだ」
「……そうかい」
何というか、母さんに対する父さんの溺愛ぶりには思わず笑ってしまう。俺も将来、こういう風に想える人と一緒にいられるのだろうか。
「まあ、美月の言うとおり、遊ぶ気になれたら来いよ」
「ああ、分かった。じゃあ、俺は唯の墓参りに行ってくる」
俺は実家を出発する。
これから唯の墓参りに行くけど、俺1人で行くわけではない。事前に連絡し、途中で唯の家に寄ってちー姉ちゃんと一緒に墓参りに行くことになっている。
実家を出発して数分。唯の家が見えると同時に、門の前には水色のワンピースを着たちー姉ちゃんの姿も見える。
「あっ、直人君!」
俺のことに気付いたちー姉ちゃんは笑顔で手を振ってくる。
「ひさしぶりだね」
「ああ、3ヶ月ぶりくらいかな。突然でごめん」
「別にいいよ。先週から大学の方も夏休みで暇だったから」
「そっか。なら良かった」
「まあ、唯のお墓は歩いて行けるところにあるから、いつでも大丈夫なんだけど」
大学生ってそんなものなのか? よく、夏休みはサークル活動で忙しいとか聞いたことがあるけど。それは都会の大学だけなのかな。
「行こうか、直人君」
「ああ」
俺はちー姉ちゃんと一緒に、唯のお墓がある霊園に向かって歩き始める。
「楓ちゃんから話は聞いているよ。直人君、あれ以降……色々あったんだね」
「……本当に色々とあったよ。入院を繰り返したり、一時期、記憶を失ったりもした」
「濃密な3ヶ月だったんだね」
「そうだな」
大抵の高校生が歩むような3ヶ月ではなかったと思う。ただ、この3ヶ月はとても辛いことがあったけど、以前に比べればまだマシな精神状態になっている。そうじゃなかったら今、俺はちー姉ちゃんと一緒に歩いてはいない。
「楓ちゃんや美緒ちゃんから話を聞いているかもしれないけど、唯の気持ちが遺っているものはなかったわ。私も探してみたんだけど、全然見つからなくて」
「そっか……」
全然知らなかったけど、入院しているときに美緒が誰かとスマホで連絡をしているところは見かけたことがあったので、もしやとは思っていた。北川と連絡を取り合っていたのか。それで、北川が唯の気持ちが分かるものを探していたと。
「でも、遺っていれば既に見つかっていたはずだ。何せ、あいつが亡くなってから2年以上も経っているんだから」
「……そうだね」
俺に対する唯の気持ちは確かな形として遺っていれば一番いいけど、そんな都合のいいことはないだろう。おそらく、これから見つかるようなこともないと思う。
「でも、私は笠間君の言うとおり、唯は最後まで直人君のことを想っていたと思うよ。あの子はそういう性格だし」
「そうだといいんだけれど」
「それに、唯は諦めないし。直人君が誰かと付き合わない限りは、何度フラれても諦めなかったんじゃないかな」
「負けず嫌いというか、失敗したらできるまで何度も挑戦する性格だったな」
その性格が功を奏して、唯の剣道の実力はみるみるうちに上がっていった。もし、生きていて、今も剣道を続けていたら唯はどんな選手になっていたんだろう。
「そういえばさ、ちー姉ちゃんはあれからどうだ? 大学生活はどんな感じ?」
何となく話題を変えたくて、ちー姉ちゃんに大学のことについて訊いてみる。
「私の通っていた高校から進学する人も多いけど、大学でできた友達もいるし結構面白いよ。ただ、恋人はできてない」
「ちー姉ちゃんは可愛いのに。意外だ」
「今もまだ、直人君と一緒にいるときが1番ドキドキするんだよね。唯の墓参りに行く途中なのに、直人君とデートしているような気がして」
ちー姉ちゃんはそう言うと、頬を赤らめながらはにかんだ。
「でも、唯に悪いかも」
ちー姉ちゃんの抱く罪悪感に対して、俺は何も言えなかった。何て言えばいいのかは分からないし。それに、何も決断できていない俺に何か言う資格はない気がして。
それからは互いに全く言葉を交さなくなってしまい、気付けば、唯の墓がある霊園が見えていたのであった。
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