第53話『線香花火』

 ビーチボール対決で俺、彩花、渚、美月の月原チームは負けてしまった。

 今日の夕食はバーベキューらしく、負けたチームが罰ゲームで夕食の準備をすることになってしまった。なるほど、父さんは俺達が帰ってくることを知ってバーベキューの食材は買ったけれど、準備をするのが面倒になったから、さっきの対決に勝つことで準備をしなくて済むチャンスだと思ったわけか。

 家に帰り、月原チームの面々はバーベキューの準備を行なう。


「みんな、すまないな。父さんのせいで夕食の準備に付き合わせちゃって」

「いえいえ、気になさらないでください。それに、直人先輩とこうして一緒に何かできることが嬉しいんです」

「……そうか」


 彩花は隣で楽しげに材料を切っている。


「わ、私だって嬉しいよ! ……料理はあまり得意じゃないけれど」

「渚は食べる方だもんな。じゃあ、渚は美月と一緒に、彩花と俺が切った具材を串に刺してくれないか」

「うん!」


 食材を切るのが俺と彩花。食材を串に刺すのが渚と美月。この役割分担が結構良かったのか、準備はスムーズに進んだ。



 庭で行なったバーベキューはみんな楽しそうだった。

 俺はあまり食欲がなかったので、鉄板奉行みたいな感じで食材を焼くことに徹していた。ただ、そんな俺を見かねたのか、みんなが俺に肉や野菜を食べさせてくれたので結構お腹がいっぱいに。

 バーベキューが終わると、これも父さんの提案で花火をすることに。父さんが事前に購入しておいたらしく、打ち上げ花火もあるらしいので、夕方に遊んだ浜辺ですることになった。父さん、どれだけ楽しみにしてたんだ。

 罰ゲームはまだ続いていて、片付けも月原チームがすることになった。ただ、お客さんである彩花や渚に片付けまでさせるわけにはいかないので、俺と母さんが片付けをするために家に残り、彩花達は父さんと一緒に海岸へ行き、先に花火をしてもらうことに。


「直人も一緒に行けば良かったのに。花火、あまり好きじゃない?」

「別に嫌いじゃないけれど、昔、あの……花火だと思って火を点けたら物凄い大きな音が出ただけで終わったやつ」

「あったわねぇ。近所からもらったものよね」

「……あれがちょっとトラウマになっていて、普通の花火を手に取ることが怖くなったというか」


 あのときは鼓膜が破れそうだった。それに、音が鳴った瞬間は何が起こったのか分からなくて、しばらく立ち尽くしていたし。ただ、俺の隣で美月が笑っていたことは覚えている。驚きを通り越して笑っちゃったのかな。


「まあ、線香花火は好きなんだけど」

「そういえば、直人は線香花火を持ってしゃがんでいることが多かったわね。お父さんや美月が2本とか3本一気に火を点けちゃうから、直人は線香花火ばかりやっているのかなって思っていたけれど、本当は怖かったのね」

「……そうだな」


 2本とか3本同時に火を点けて遊ぶのはどうかと思うけれど。花火の楽しみが減っちゃう気がして損していると思う。それ以前に危険だからやるべきじゃない。

 そんな花火トークをしていたら、後片付けも終盤に差し掛かっていた。


「あとはお母さんがやっておくから、直人も浜辺に行って花火してきなさい。きっと、美緒ちゃん達が待っていると思うから」

「……分かった」


 母さんのお言葉に甘えて、俺は1人で家を出発し、浜辺に向かう。昼間と同じように途中の自動販売機で缶コーヒーを買って。

 缶コーヒーを飲みながら浜辺に行くと、そこでは……。


「今度は3本同時ファイアだあっ!」

「あたしだって負けてないよ! お父さん!」


 父さんと美月が3本の花火を持って同時点火して遊んでいた。まったく、昔から変わってないな、この親子。その周りで彩花と渚が普通の花火を、咲と北川はねずみ花火を、そして美緒は線香花火を楽しんでいた。

「美緒、俺も一緒に線香花火やってもいいかな」

「もちろん」

 俺は美緒の近くに置かれていた花火セットから線香花火を取り出して、ローソクに灯されている火を使って点火させる。


「なおくん、またコーヒー飲んでる」

「最近、食後のコーヒーにはまっちゃって」

「へえ、そうなんだ。昔はコーヒーを飲んでいなかったけれど、線香花火は昔からずっとやってるよね。なおくん、線香花火好きだもんね」

「ああ。好きな理由って言ってたっけ?」

「あれでしょ? 花火かと思って火を点けたら、物凄い音が鳴ったから怖くなったんだよね」

「……そ、そうだよ」


 美緒には話していたんだな。そんな記憶、全くなかったけれど。


「でも、私も花火なら線香花火が好きかな。静かだけどとても綺麗で、すぐに終わっちゃうところがまた良くて」

「……そうか」

 確かに他の花火とは結構違う魅力があるよな、線香花火って。


「唯ちゃんは浩一さんや美月ちゃんみたいに、一気に何本も花火に火を点けて遊んでいたよね。私、その状態で唯ちゃんに追いかけられたことを覚えてる」

「あったなぁ。俺も追いかけられて、一回、海に潜ったことある」

「あったあった。その後、ひかりさんに怒られていたよね」


 あいつ、すごいすごいとか言ってこっちに走って来るもんだから、必死に逃げていたことを思い出すなぁ。あのときは本当に怖かったのに、今は一つの思い出になってしまったな。笑える思い出なのに、何だか寂しいな。もう二度と同じことができないからだろうか。


「……なおくん、泣いてる」

「……唯の思い出話をしちゃったからかな」


 線香花火の火も徐々に小さくなっていって、その火種も砂の上に静かに落ちていく。そのときに抱く小さな儚さは、唯の死を知って抱いた儚さに似ていた。


「何だか、線香花火って人の命に似てるな……」

「言われてみれば。だからなのかな。私も線香花火が大好き」


 そう言って、美緒は新しい線香花火を取り出し、火を点けて楽しんでいる。


「もしかしたら、唯ちゃんは何かの生き物に生まれ変わって、どこかで今を一生懸命生きているのかもしれないね」

「美緒……」

「柴崎唯ちゃんっていう女の子の一生は、2年前の春に終わってしまった。けれど、そのことで誰かが生き始めたんじゃないかな。唯ちゃんから命のバトンを受けた誰かは、どこかで生きている。そう思ったら、唯ちゃんの死に向き合えるようになったの」

「……そうか」


 美緒は美緒なりに唯の死に向き合う努力をしたんだ。確かに唯は亡くなったけれど、生まれ変わりの生き物がどこかで生きているとも考えることができるんだよな。


「……俺も、唯の死を向き合う覚悟を決めないといけないな」

「なおくん……」


 それは分かっていても、未だに覚悟を決める勇気が出てこない。ただ、唯の死と向き合えるきっかけをある人に会って、話せばつかめるかもしれない。明日、その人と思い出の場所で会うことにしよう。後で連絡しておくか。


「みんな、そろそろ打ち上げ花火やるぞぉ!」


 父さんの掛け声で、俺達は打ち上げ花火の周りに集まる。


「それじゃ、火を点けるぞ!」


 父さんが導線に火を点けると花火は俺達の真上に打ち上がり、夜空を背にして何色もの花が大きく咲いた。それはとても綺麗だった。


「唯ちゃんもきっと見ているんじゃないかな、なおくん」

「……きっと、喜んでいるだろうな」


 唯の好きな花火。俺達は砂浜から見上げているけれど、もしかしたら唯は夜空から見下ろしているのかもしれない。

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