第50話『帰省』

 インターハイの決勝戦を無事に観戦できたことで、俺の精神状態が大分良くなったと判断され、月曜日に退院することになった。ただ、精神的な異常が突発的に出たときに服用する薬は処方された。

 退院が決定してから俺はずっと考えていた。彩花達に対して、俺はこれからどうすればいいのかを。でも、どうすればいいのか答えは見つからなかった。

 ただ、答えを見つけるためには一度、洲崎町に帰るべきだというのは分かった。この苦しみのきっかけは洲崎町で起こった唯の事件なのだから。そこから解き放たれる答えを見つける鍵は洲崎町にしかないと思ったからだ。

 彩花達にこの考えを簡単に伝える。すると、北川が洲崎町に帰るのが火曜日ということもあり、彼女と一緒に洲崎町に帰ることに決めたのであった。



 8月6日、火曜日。

 午後1時過ぎ。俺は彩花、渚、咲、美緒、北川、美月、母さんと一緒に月原駅を発車する特急列車へと乗る。

 夏休み真っ最中だったけれど、8人分の指定席を取ることができたので、その席の中で自由に座ることに。

「ここにするか」

 俺は窓側の席に座る。よって、俺の隣の席は一席しかない。彩花、渚、咲、美緒は遠慮して座ろうとしない。きっと、俺のことを考えてのことだと思うけれど。


「じゃあ、あたしがお兄ちゃんの隣に座ろっと」

「……そうか」


 結局、美月が隣に座ることに。兄妹で水入らずというのもたまにはいいだろう。俺が月原高校に進学して実家から出て行ってしまったし。あと、喜んで俺の隣に座る美月はとても可愛い。

 ちなみに、俺達の持っている指定席の中では、俺と美月が先頭の列、そこから順に母さんと美緒、彩花と渚、咲と北川という席の並びになっている。


「でも、まさか退院してすぐに洲崎に帰ってくるって言うとは思わなかったよ」

「退院して、あの部屋でまったりと夏休みを過ごしていたら、それまでと変わらない日常に戻るだけだからな。それじゃいけないと思って」

「そっか。ならいいんだけど。……あと、無理してない? 大丈夫なの?」

「いずれは向き合わなきゃいけないことだからな。洲崎に帰るとなると、夏休みの今の時期がちょうどいいと思って。それに、お盆よりちょっと早めだけれど、唯の墓参りもしたかったから」

「……そうだったんだ」

「まあ、無理しないように心がける。さすがに、もう病院に戻るような状態にはなりたくないからな」


 月原総合病院には御子柴さんが入院しているけれど、戻ったらとても怒られそうだ。退院した際に御子柴さんのところに会いに行ったら、退院を喜ばれたから。

 ただ、今から向き合おうとしていることは、俺に取り巻く苦しみの元凶だ。もしかしたら、ふとしたことで再び心が壊れる危険がある。それだけの覚悟を持って、俺は今、洲崎町に向かう特急列車に乗っているわけだけど。


「それにしても、みなさんまで一緒に来るとは思わなかったなぁ。彩花さん、渚さん、咲さんまでついてくるなんて」

「そっか。まあ、彩花と渚はまた来たいって言っていたからな」


 インターハイも終わって、彩花と渚はようやく本格的な夏休みに突入した。今まで練習で大変だった時期が続いたから、羽を休めるいい機会なんじゃないかと思う。


「あと、咲は、中1の終わりに金崎市へ引っ越してから1回も洲崎に行ったことがないからいい機会だって」


 確か、洲崎に滞在している間、咲は北側の家に泊まるらしい。中学時代に1年間だけ一緒に学校生活を送ったけれど、そこまで仲が良くなっているとは。転校してから3年以上の時間をかけて、ここまでの友情が築き上げられたのかもしれない。


「ちなみにさ」

「うん」

「お兄ちゃん、今の時点で答えが見つかりそうな気はする?」

「……どうだろうな。結局は俺の心の問題だし。でも、月原にいたままだったらきっと見つからない。答えを見つける鍵は洲崎にある気がするんだ」

「……そっか」


 ゴールデンウィークに帰省した際に、俺は2年前の事件の真実を口にしたことで、唯に向き合える気がした。でも、実際には苦しみを増やすだけだった。

 しかし、真実は変わらないからこそ真実なんだ。だから、唯が亡くなったという事実にどう向き合っていけばいいのかというところが大切なんだと思っている。その向き合い方を見つける鍵が洲崎町にあると考えているんだ。


「洲崎町に帰ったら、どんなことをするとか予定はあるの?」

「今ところ決まっているのは、唯の墓参りくらいかな。それ以外はあんまり考えてない。多分、答えを探していく中で会うべき人物に会うことになると思うけれど」


 美月にそう言う中で、何人かの人物の顔が頭をよぎった。そうなるってことは、俺はどうやって答えを見つけていけばいいのか、本能では分かっているということかな。


「あたしに何か手伝えることはないかな?」

「今はその気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう。でも、そうだな……彩花や渚に洲崎町の観光案内でもしてもらおうかな。ゴールデンウィークのときは、俺の同窓会があって、みんなで温泉旅行に行っちゃったから、あのときに行った洲崎の観光地は灯岬しかなかったからな」

「でも、灯岬が一番有名な観光地と言ってもいいくらいだと思うけど」

「それは否定できないな……」


 ただ、海だってあるし、天然温泉が湧き出るそれなりに広い銭湯だってあるし、あとは、洲崎沖の海で捕ることのできる魚介類が楽しめるお店かな。そういう店は結構多い。


「案内できるとしたら、海か温泉のある銭湯くらいしかないよ」

「やっぱりそうなるか」

「でも、洲崎に住んでない人にとってはそれもいいのかなぁ。洲崎はのんびりしている街だから、ぶらぶらと散歩するのもありかも。あとでお母さんに聞いてみよっと」

「すまないな。俺も遊べるくらいに気持ちの余裕ができたら、一緒に遊ぼう」

「うん、分かった。ただ、無理はしないでね、お兄ちゃん」


 正直、俺は自分のことで精一杯になってしまいそうな気がするけれど。美月に注意されたように、無理は禁物だ。ただ、気分転換に、たまには彩花や渚達と遊ぶのもいいかもな。

 美月とそんなことを話していたら、窓から海が見え始める。ゴールデンウィークのときは晴れていて綺麗な青い海だと思ったけれど、今は日差しが強いせいかただ眩しいだけなのであった。

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