第38話『唯言』

 午後7時。

 金崎高校の試合を見終えた私は美月ちゃんと一緒になおくんの家に帰る。


「おかえり、美月。美緒ちゃん」

「ただいま、お母さん」

「ただいまです」


 そういえば、食欲をそそられるいい匂いがする。これは……カレーかな。


「月原高校と金崎高校、両方とも勝ったのよね。直人から聞いたわ」

「そうですか」


 なおくんに電話で金崎高校も初戦突破をしたことを伝えると、なおくんは嬉しそうな声でおめでとうと言っていた。


「なおくんはどんな感じでしたか?」

「香苗ちゃんが意識を取り戻したからね。直人、ほっとした様子だったよ。それで、あの子……香苗ちゃんに試合を観に行ったらどうかって言われたからか、観戦に行こうかどうか迷っているみたい」

「そうだったんですか」


 良かった、御子柴さんだけじゃなくてなおくんも元気になってきて。これなら、近いうちに退院もできるかな。


「外出するときは誰かと同伴していれば、お医者さんからも許可は降りるはずよ。みんなのおかげで直人も大分良くなってきたから」

「そうですか。もし、観戦することになったら、私や美月ちゃんと一緒に行きたいと思います」

「そうね。そのときはお願いしようかな」


 もし、叶えられるなら……月原高校と金崎高校の決勝戦をなおくんと一緒に観に行きたいな。

 ――プルルッ。

 私のスマートフォンが鳴る。確認すると楓ちゃんからの電話だった。彼女には唯ちゃんのことで調べてもらっているから、何か分かったかもしれない。


「はい、椎名です」

『北川です。ごめんね、全然連絡しなくて。藍沢君の様子はどう?』

「色々なことがあったけれど、今はだいぶ落ち着いてるよ。きっと、近いうちに退院できるんじゃないかな」


 私がそう言うと、楓ちゃんは安心したのか、電話の向こう側からはあっ、という声が聞こえてくる。


『そう、なら良かった』

「楓ちゃんの方はどう? 何か唯ちゃんのことで分かったことはある?」

『柴崎さんのブログやSNSがあるか色々と調べてきたけれど、やっぱりなかった。あったのは柴崎さんの友達が乗せていた写真くらい』

「写真?」

『どこかに遊びに行ったときの写真で、楽しそうにピースしているものね。まったく、ネットに自分が映っている写真を晒すなんてどうかしてるわ……』


 インターネットに写真をアップすることは、不特定多数の人に見せることだもんね。なおくんのときのように、剣道の大会で優勝して、ちゃんとした新聞社から取材を受けてネットに公開されるのはいいとして。

『でもまあ、こういうことになったから、その画像は有り難く保存しておいたわ。その写真の柴崎さんの笑顔、とても素敵だから』

「そっか」

 その写真、なおくんに見せたら少しは元気になるかな。でも、下手に見せると色々と思い出しちゃって嫌な思いをさせちゃうかな。


『結局、ネットで見つけることができたのはそれくらいで。だから、柴崎さんの御両親から仲の良かった友達の名前を教えてもらって。それで、片っ端から話を聞きに行っていたの』

「そうだったんだ。それで、何か分かった?」

『……分かったことと言えば、友達に気付かれるくらいに藍沢君のことが好きだったってことかな』


 確かに、思い返せばなおくんのことが気になっている素振りを見せていたな。私も唯ちゃんと一緒にいることが多かったけれど、私の前では好きだと言わなかったのは、私もなおくんが好きだっていうことに気付いていたからかもしれない。


『でも、同時に藍沢君には美緒がいるから無理なんじゃないかって思う子も多かったみたい』

「私となおくん、一緒にいること多かったから……」

『そうね。私もそう思っていたよ。でも、柴崎さんは……藍沢君はまだ誰とも付き合ってないし、振られても絶対に諦めないって言っていたって』

「亡くなる直前に笠間君に言ったことと同じだね」

『うん。だから、亡くなった日に藍沢君にフラれても、柴崎さんの気持ちは全く揺らいでいなかったことになるわね。ショックだったとは思うけれど、柴崎さんは決してそのことで死のうとは思っていない』

「うん。唯ちゃんが亡くなったのは不幸な事故だったって、居合わせていた笠間君が証言しているしね。警察にもその事実が伝わって、公式な記録として残ってる」

『ええ。ただ、実際にその気持ちが柴崎さんの声や文字として残っていないから、藍沢君がそれを受け入れてくれるかどうか……』


 唯ちゃんはなおくんに振られてショックを受けていなかったこと。亡くなった原因は腐った木の柵に体重をかけてしまったと笠間君が話していて、なおくんはそれを知っている。それでも、なおくんは苦しんでいる。


「今のなおくんには、唯ちゃんが直接伝えないと受け入れられないのかも」

『でも、柴崎さんは亡くなっているからそれはできない。だから、せめても彼女の気持ちが分かるようなものが、彼女の手によって遺されていればいいんだけれど』

「だよね。そういうものが遺っていれば、なおくんを助けられるかもしれないね」

『彼女の家、家族、友達、ネット……色々なところを探したけれど、他に何かない? 柴崎さんの気持ちが遺っていそうな場所や物は……』


 唯ちゃんの気持ちが遺っていそうな場所や物か。思いつきそうなところは既に楓ちゃんが調べてくれているもんね。そうだなぁ……。


「……ありそうだとすれば、剣道かな」

『なるほど、部活繋がりね』

「唯ちゃんも剣道が大好きだったし、部活ではなおくんや笠間君と一緒に練習に励んでいたから。当時の顧問の先生や浅水先生に訊くのもいいかも」

『……分かった。その線で調べてみるわ』

「色々とありがとう。本当なら私も戻って一緒に調べるべきなのに……」

『気にしないで。それに、あなたのすべきことは、藍沢君の側にいることだと思う』

「……うん」


 楓ちゃんのおかげで安心して月原市にいることができている。今はインターハイで月原高校と金崎高校の応援に行っているけれど。


『そういえば、女バスのインターハイが今日から始まったのよね。咲から話を聞いた』

「うん。今日から土曜日までね。月原高校も金崎高校も勝ったよ」

『そうみね。それも咲から聞いた。早く調べ終わることができたら、金崎高校の応援をしにそっちに遊びに行くわ』

「楓ちゃんは金崎高校の応援なんだね」

『咲のいる高校だからよ。あなたは違うの?』

「私はどっちも……」

『ふふっ、美緒らしい。てっきり、愛しの藍沢君がいる月原高校の応援だと思ってた』

「もう、からかわないでよ」


 月原高校を応援する理由の一つはそれだけれど。実際に言われると恥ずかしいものだ。

『まあ、実際に行くことになったらまた連絡するから』

「分かった」

『じゃあ、またね。美緒の方も何かあったら連絡してきて』

「うん、ありがとう。じゃあ、またね」

 そう言って、私の方から通話を切った。

 唯ちゃんの気持ちの強さは分かったけれど、それを分かるようなものは見つかっていない。彼女の好きだった剣道から、なおくんへの想いが分かるようなものが形に遺っていればいいんだけれど。


「美緒ちゃん、電話?」

「うん。楓ちゃんが頑張って唯ちゃんのことを調べてくれているんだ」

「そっか。何か分かるといいよね」

「唯ちゃんが相当なおくんのことを好きだったっていうのは分かったんだけれど、その想いが何かに遺っていないかどうか今、探しているの」

「遺っていれば既に見つかっていると思うよ……」


 ううっ、美月ちゃんの言うことは正しい。前に楓ちゃんと話したときはそんなことを言ったし。


「まだ手つかずのところがあって、そこに遺されているって信じるかないよ」


 そういった報告を楓ちゃんから聞くことができると信じて待つしかない。

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