第37話『好敵手を知る-金崎・後編-』
午後4時10分。
金崎高校のインターハイ初戦が始まる。
「さあ、みんなで点を取っていくよ!」
『おー!』
咲ちゃんがいきなり大きな声を出すと、金崎高校のメンバーは揃えて彼女の言葉に大きな声で返事する。
ボールは金崎高校の選手の方が持っている印象。咲ちゃんを中心にボールを回していって、順調に得点を積み上げていっている。
「やっぱり、金崎高校は強いな」
「咲ちゃんがチームの要になっているんだね。咲ちゃんへボールをパスしている選手が多いような気がする」
「確かにそう見えるけれど、予選のときとは違って、広瀬さんに回すべきだからこそボールを回しているんだ。広瀬さんは相手の隙に入っていったり、フリーに持っていったりするのが上手いからね」
「ということは、咲ちゃんのワンマンじゃなくて……」
「うん。きっと、金崎もチームワークが磨かれてきていると思う。広瀬さんのワンマンチームであるという以前のイメージに囚われていると、これは簡単にやられるね」
「じゃあ、チーム全体の動きがフェイク……」
試合経験があるからこそ、それがデメリットになるってことなのかな。
「上手いことを言うね、椎名さん。金崎との試合をしたことがあるチームほどそのフェイクに乗せられる。この試合、しっかりと観ていった方が良さそうだ」
渚ちゃんは真剣な目つきでコートを見つめている。
まさか、咲ちゃん……これまでにチームに持たれていたイメージまでも使ってくるなんて。そこを上手く利用して自分達のペースに持って行っているところが凄い。
「金崎は個々の力も上がってきているからね。広瀬さん中心のイメージが覆って、イメージフェイクが使えなくなってきても、それを補える実力はあると思う」
「金崎はチームワークを重視して練習に励んでいたからね。それは月原高校との試合をして決めたことらしいよ」
「バスケはチームプレーだからね。ただ、私達みたいにチームワーク重視のチームもあれば、1人、司令塔がいてその人中心でチームが動いていくところもあるし。それぞれに合ったやり方でやるのが一番いいんじゃないかな」
「そっか……」
それでも、咲ちゃんは金崎にはチームプレーが足りないと言っていた。チームを大切にしたプレーに変えて、渚ちゃんを唸らせている。金崎高校というチームに合っている証拠なんだと思う。
月原高校と同じように、金崎高校も安定した試合運びだ。相手にリードを一度もされていない。
「金崎高校は予選からの短い期間でかなりの変化を遂げている。しかも、それによって強くなっているなんて」
「広瀬先輩中心という印象はありますけど、予選のときと比べて各メンバーに上手くボールが回っていて、それぞれの役目を果たしているように見えますね」
「ああ。各クォーターの最初に広瀬さんが声を出しているのも大きいよ。そうすることでチームとして気を引き締め、インターハイという大舞台での試合での緊張をほぐしていると思うね。チームのイメージが変わった」
凄いなぁと渚ちゃんは声を漏らしていた。
イメージが変わったか。
あたしとしては、咲ちゃん個人も昔と随分イメージが変わったと思う。中学生のときは素直になれなくて人当たりが強いから、咲ちゃんと距離を置く子も多かった。今は時々そういう場面はあるけど、昔よりも柔らかくなった。昔のままだったら今のように、チームメンバーから信頼されていることはなかったかもしれない。
「今回のインターハイ、楽しそうな大会になりそうだ」
「渚ちゃん、凄くいい笑顔だね」
とってもいきいきとした笑みを見せている。
「だって、こんなにいいチームの試合を観ることができているんだ。是非、このインターハイで金崎高校と対戦したいな」
「そうなるためにはまず、決勝戦まで勝ち上がらないといけませんね」
「そうだね」
「まあ、決勝戦で戦うってことは金崎高校も勝ち上がる必要がありますけど……」
「大丈夫さ。今の金崎なら」
渚ちゃん、金崎高校の実力を相当高く見ているんだなぁ。一番の強敵と言っているくらいだし。
「それに、予選で負けた借りはインターハイで返すって決めているからね。やられたらやり返す。倍返しをするつもりで月原高校は練習を重ねてきてるよ」
「……相当、あの試合で負けたことが悔しいんですね」
「負けて悔しくならないなんてあり得ないよ。ただ、あの試合での借りはこのインターハイでしか返せないって思ってる。もし、決勝戦で金崎と当たったらそれは最高の舞台じゃないか。金崎に勝って初めて本当の優勝を掴み取めると思うんだ」
「……そうですか」
渚ちゃんは金崎と戦うことに対して相当な拘りを持っているみたい。一度負けても、インターハイという場で戦えるかもしれないと思うと、また戦って借りを返したくなる気持ちは分かる。
「まあ、私は月原にも金崎にも頑張って欲しいかな。それで、決勝戦で戦う姿が見ることができれば最高に幸せだよ」
「……そっか」
ふっ、と渚ちゃんは笑った。
凄いと言われている両校が戦うところを想像しただけでワクワクする。予選の時の試合を楓ちゃんが観たのが羨ましいと思うくらい。
金崎高校は常にリードを奪い、安定したプレーを最後まで続け……見事に初戦を突破したのであった。
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