第33話『好敵手を知る-月原・前編-』

 7月29日、月曜日。

 今日から女子バスケットボールのインターハイが始まる。渚ちゃんにとっても、咲ちゃんにとっても特別な1週間が始まるんだ。土曜日まで開催される。

 女子バスケットボールのインターハイはトーナメント戦。今日から決勝戦の土曜日まで、勝ち上がれば毎日試合を行なう予定になっている。技術、チームワークはもちろんのこと、スタミナも重要になるらしい。

 できれば、先生の許可を頂いてなおくんも一緒に連れて行きたかったんだけれど、昨日の御子柴さんのことがあったから、誘えるような状況ではなかった。ただ、一応、なおくんに一声かけたら、御子柴さんが目を覚ますまでは行けないと断られた。

 私は美月ちゃんと一旦家に戻り、月原高校の応援へと向かう。


「今日は金崎高校の試合はないの? 美緒ちゃん」

「あるけど、夕方からだね」


 金崎高校は第5試合で、月原高校は第2試合に登場する。


「じゃあ、咲さんも月原高校の応援に来るのかなぁ」

「どうかな。練習しているかもしれないし、月原高校が予選に比べてどう変化しているのか偵察しに来るかもしれないし」


 咲ちゃんは月原高校しか眼中にないような感じがしたから、できる限り、月原高校の試合を観に来るかもしれない。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴る。発信者は『咲ちゃん』だ。噂をすれば何とやら。


「はい、椎名です」

『咲だけど。ねえ、美緒って今日の月原高校の応援に行く?』

「うん、美月ちゃんと一緒に会場へ向かっているところだよ」

『そっか。じゃあ、一緒に観てもいい? あたしの方は夕方からだし、月原がどんな感じなのか観ておきたくて』

「分かった。じゃあ、会場の入り口で待ち合わせって形にする?」

『それでいいわ。あたしはもう会場に着いているから、席を確保しておくね』

「うん、ありがとう。じゃあ、また後でね」


 そう言って、私の方から通話を切る。


「咲さんからだったの?」

「うん。やっぱり、月原の試合を観るつもりみたい。もう、会場にいるんだって。会場の入り口で落ち合うことになったよ」

「分かった」


 今日は咲ちゃんと3人で月原高校を応援するんだ。

 そういえば、咲ちゃん……さっきの電話で月原高校を「応援する」って言っていたな。月原高校と戦うには決勝まで勝ち進まないといけないからかもしれないけれど。でも、中学生の時に比べると随分と柔らかくなったなぁと思う。


「どうしたの、笑っちゃって」

「ううん、なんでもないよ」


 梅雨明けの本格的な夏の日差しが照り付ける中、私は美月ちゃんと会場へと向かう。

 今日から開始だけれど、会場の入り口まで行くと既にインターハイという盛り上がりが伝わってくる。

「美緒、美月ちゃん」

 会場内から金崎高校の制服を着た咲ちゃんがこっちにやってきた。インターハイが始まった興奮からなのか、咲ちゃんはいきいきとした笑顔を見せている。


「咲ちゃん、やっぱり月原高校の応援をしに来たんだね」

「まあね。決勝戦まで来てくれないと困るから」

「ふふっ」

「何よ、もう」


 咲ちゃんはちょっと不機嫌そうに頬を膨らませる。


「それに、他の高校の試合を観て、参考にできるところを探したいから。特に優勝候補って言われている月原高校の試合はね。特に吉岡さんや桐明さんは注目の選手として挙げられているからね」


 桐明さん……ああ、背の小さめな女の子ね。彼女、一般的に不利と言われている背が低いことを逆に利用して、積極的なプレーを見せていたっけ。シュートも結構決めていた。渚ちゃんが特に力を入れて教えている後輩の女の子らしい。


「直人はやっぱり来ないのね」

「御子柴さんっていう女の子の意識がまだ回復していないから。それに、体調のこともあるだろうし」

「まあ、昨日……彼女が目の前で急変したからね。直人の気持ちを考えれば、まだまだ応援できる気分にはなれないでしょう。御子柴さんが目を覚ますまでは行けないって言うところが直人らしいというか」


 クスッと咲ちゃんは笑う。どうやら、なおくんがここにいないことについて全く不満はないみたい。


「さあ、2人の席は確保しておいたから行きましょう」

「ありがとう、咲ちゃん」

「ありがとうございます!」

「ふふっ、お安いご用だって」


 私と美月ちゃんは咲ちゃんについて行く形で会場に入り、咲ちゃんが確保してくれた観客席の方へと向かう。近くには金崎高校の女バスの生徒がいた。

 会場内は第一試合が終わった直後という事もあって、試合の余韻が残っている。これがインターハイなのかなと肌で感じる。


「何だか凄いね。試合がまだ始まっていないのに」

「……前の試合が終わった後っていうのもあるけれど。これから、注目校である月原高校の登場だもん。私みたいな他校の生徒も結構多いよ」


 会場内を見てみると、咲ちゃんのように制服を着た女子生徒さんがたくさん座っている。その制服の種類は様々であることから、月原高校への注目度がどれだけ高いのかが分かる。


「さあ、もうすぐで試合開始時刻ね」

「そうだね」


 第2試合の試合開始時刻である午前11時10分まであと数分。

 コートの方を見てみると、両校の選手が姿を現していた。その中にはもちろん渚ちゃんや桐明さん達の姿もある。コートの端の方には制服姿の彩花ちゃんもいた。もう、彩花ちゃんは女バスの立派な一員だ。


「どんな試合を見せてくれるのか、楽しみ」

「……そうだね」


 バスケのことはあまり分からないけれど、とにかく誰も怪我が無く、月原高校が勝つことを祈ろう。


「あっ、渚さんがこちらに気付きましたよ! 頑張ってくださーい!」


 美月ちゃんはそう言うと大きく手を振った。

 コートを見るとこちらに向かって笑顔で手を振ってくる渚ちゃんの姿が。桐明さんやすずちゃんと呼ばれていた女の子も手を振っている。

 美月ちゃんと同じように、咲ちゃんと私も渚ちゃん達に向かって手を振った。


「あの様子なら、大丈夫そうだね」


 御子柴さんの急変で何か影響があると思ったんだけれど。でも、病院でもこのインターハイに対する決意を口にしていたし、きっと大丈夫だろう。

 月原高校の初戦が始まるのであった。

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