第34話『好敵手を知る-月原・後編-』

 午前11時10分。

 月原高校にとってインターハイ初戦が開始した。

 先発メンバーの中には渚ちゃんと桐明さんの姿が。エースと言われるだけあって、渚ちゃんを中心にプレーをしている感じに見える。でも、渚ちゃんばかり頼るのではなく、全員が一丸となって試合を進めているのが伺える。


「凄い! ずっとリードしてる!」


 美月ちゃんは最初のクォーターからずっと興奮している。

 渚ちゃんの凄いシュートだったり、桐明さんの体の小ささを上手く利用した相手の切り抜け方だったり。私も興奮しっぱなし。


「さすがは月原高校ね。チームで戦うことを大切にしている……」


 咲ちゃんは真剣な表情をしながらそう呟く。普段からバスケをしていてこういうプレーを見慣れているのか冷静に試合を観ている。


「咲ちゃんは興奮しないの?」

「凄いとは思うけれど、興奮よりもどうしても焦りとか不安の方が先に出ちゃうな。いつか、あのプレーをするチームと戦うかもしれないと思うと」

「なるほどね……」


 応援するだけの私にとっては凄いプレーを観ることができると興奮するけれど、大会に参加する咲ちゃんにとっては脅威なんだ。きっと、自分がこのプレーをされたら対応できるかどうかとか咲ちゃんはずっと考えているのかも。だから、私には冷静に見えるのかも。


「凄さよりも怖さの方が強く感じちゃうってことかな」

「怖さの方が強いってわけじゃないけれど、怖さは正直感じてる。当たりたくないっていう気持ちはあるけれど、月原を乗り越えなきゃインターハイ優勝はないと思ってる。それに、あそこに勝たないと優勝したとは言えないと思うのよね」

「当たりたくないけれど、勝ちたいんだね」

「我が儘なことを言っちゃっているけれどね。でも、本当にそう。予選のとき以上にチーム力を上げてきてるし、個々の実力も凄くなってる。ほら、あの背の小さな子、また背の大きな選手を交わしてシュートした!」


 咲ちゃんは桐明さんのことを指さしてそう言う。


「あの子、桐明さんって言って、渚ちゃんが一番面倒を見ている女の子なんだって」

「へえ、そうなの」

「そういえば、今はまだ出ていないけれど、私が体育館に見学しに行ったときは、もう1人背の高い子がいたなぁ。その子は渚ちゃんくらいに背が高いけれど」

「もしかして、その子……すずちゃんって呼ばれてなかった?」

「そうそう!」


 桐明さんと同じように、渚ちゃんへ敬語で話していたから彼女も1年生だと思う。すずちゃんという子は桐明さんと違って、みんなにパスを回すことが多い印象だった。


「でも、いいの? あたしにこんなことを話しちゃって。敵に塩を送っているけれど」

「私は月原と金崎の両方を応援しているからね。それに、咲ちゃんなら月原との試合で前から分かっていることも多いんじゃない?」


 咲ちゃんほどの選手なら、プレーで直接分かることも、こうして観客席から試合を観戦して分かることも多いんじゃないかと思う。もちろん、今までの試合で得たことも。だからこそ、違いをたくさん発見できているんじゃないかなと思っている。


「ふふっ、あたしはまだまだだよ。特に吉岡さんを見ているとそう思うな……」

「そうなんだ。私なんて、さっきから渚ちゃんがボールを持つ度に凄いとしか言ってないよ」

「本当に凄いよ、彼女。彼女が本調子だったら、あのときは負けてた」

「あのときって?」

「予選の最終戦。彼女、その試合があった数日前に体調を崩していたそうで。一応、試合までには回復したようだけれど、本調子じゃなかったと思う」

「それを今のプレーを見て分かった感じ?」

「ええ。だから、当たりたくないのよね……」


 咲ちゃんは苦笑いをしている。それだけ、月原高校は凄いチームなんだ。その中心にいる吉岡渚という選手は物凄いんだ。


「吉岡さんにボールが回ることも多いし、初めて見る人には吉岡さん中心のチームに感じると思う。けれど、選手同士で信頼し合っているからか、色んなところにボールが回されていって、吉岡さんや桐明さんを中心にシュートを決めていく。抜け目のない総合力の高いチームだわ……」


 咲ちゃんはチームとしての力を重視して観戦しているみたい。思えば、練習を見学したときにも、咲ちゃんはチームプレーを重視していたようだったし。

 月原は常にリードしていき、安定した試合展開を見せる。

 第2クォーターから例のすずちゃんが入ったけれど、彼女のプレーもまた凄い。普段は大人しそうなのに、積極的に攻撃を仕掛けていく。すずちゃんは相手を揺さぶっていくのが上手いように見える。


「すずちゃんっていう子、フェイクが上手いわね」

「フェイク?」

「一言で言えば相手を騙すこと。シュートするかと思ったらドリブルしたり、ドリブルをするかと思ったらシュートをしたり」

「相手が思っていることと違うことをするんだ」

「そういうこと。すずちゃんっていう子は、相手の動きを見て瞬時にどう動いていけばいいのかが判断できるのね。桐明さんは小さな体を活かした方法で相手を抜いていくけれど、すずちゃんは知識で相手を抜いていくのね」

「へえ……」


 桐明さんとすずちゃんでプレーのスタイルが結構違うんだ。

 確かに見ていると、桐明さんはガンガン相手を抜いていっている。すずちゃんは一度立ち止まっても、フェイクで相手を抜いている。

「咲先生のおかげでバスケがより楽しいよ」

「ふふっ、何よ、先生って」

 その後も月原高校の観戦を楽しむ。

 心配になるような場面は一度もなく、月原高校は渚ちゃんを中心としたチームプレーで終始リードし続け、見事に初戦を突破したのであった。

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