第30話『君はどこに』

 ――御子柴さんの容体が急変して、今、緊急手術を受けている。


 昼前になおくんから届いたメッセージにはそんなことが書かれていた。

 彩花ちゃんと渚ちゃんは御子柴さんと会ったことがないと言っていたから、今日の午後に会うことになっていたのに。まさか、こんなことになるなんて。

 それでも、みんなで病院に行くことは変わらない。彩花ちゃんと渚ちゃんに現状を伝え、病院の前で待ち合わせをすることにした。


「まさか、容体が急変するとは思わなかった……」

「でも、御子柴さんは近いうちに手術を受ける予定だったんだよね。それを考えれば、いつこういう状況になってもおかしくなかったってことなのかも」


 それにしても、タイミングが悪いな。彩花ちゃんと渚ちゃんを加えて、みんなで一緒に楽しくお話ができると思ったのに。


「お兄ちゃんが御子柴さんのことを連絡してきたってことは、もしかして、容体が急変したときにお兄ちゃんが側にいたってことかな」

「その可能性は高そうだね。御子柴さん、最近はなおくんの病室に通っていたみたいだから。この時間に連絡があったってことは……」

「お兄ちゃん、ようやく元気になってきたのに……」


 もし、自分の目の前で御子柴さんの容体が急変したのだとしたら、なおくんはとてもショックを受けているはず。


「とりあえず、病院に行こうよ、美月ちゃん」

「そうだね」


 まずは病院に行かないと。なおくんや御子柴さんのためにも、早く病院に行かなきゃ。

 ひかりさんは今、月原駅周辺に買い物に出かけている。ひかりさんに状況を伝えて、私は美月ちゃんと2人で病院へと出発した。



 午後1時。

 美月ちゃんと一緒に月原総合病院に行くと、入り口の近くに制服姿の彩花ちゃんと渚ちゃんがいた。


「彩花ちゃん、渚ちゃん、お待たせ」

「いえいえ、私達も女子バスケットボール部の練習が終わって、つい先ほどここに着いたので。ところで、御子柴さんの容体が急変してしまったんですよね」

「うん。元々、近日中に手術を受けるくらいの病状だったんだけどね。さっき、なおくんからメッセージで御子柴さんの容体が急変したって……」

「御子柴香苗さんか。部活の友人に聞いたら、彼女は剣道部のエースだったらしい。だけど、先月……練習中に倒れて、そのままこの病院に入院したそうだ。そのときから彼女の病状は深刻だったのかもしれないね」


 確か、御子柴さんは心臓に病気を抱えていたということだった。何かをきっかけに心臓に負担がかかって、容体が急変したのかもしれない。


「とりあえず、なおくんのところに行こう」


 私達は病院の中に入り、なおくんの病室へと向かい始める。

 日曜日だからなのかもしれないけれど、いつも以上に病院の中は静まりかえっている。なおくんの病室のあるフロアは物音さえも聞こえないから、逆に気持ちが落ち着かない。

 なおくんの病室の前まで来て、私がノックをする。


「なおくん、彩花ちゃんと渚ちゃんを連れてきたよ」


 私がそう言っても、病室の中からなおくんの声が聞こえない。


「寝ているのでしょうか?」

「……そうかもしれないね。じゃあ、静かに入ろうか」


 彩花ちゃんの言うとおりだったら、起こしちゃうと申し訳ないし。

 静かになおくんの病室に入ってみると、照明が点いていた。なおくんは部屋を暗くして寝るから、まさか。


「直人先輩がいません!」


 病室の中には誰一人の姿もなかった。


「お兄ちゃん、どこに行ったの! お兄ちゃん!」


 なおくんを拘束するベルトも外されている。壊したり、引き裂かれたりした形跡がないから、誰かに外してもらったんだ。


「ねえ、椎名さん」

「うん?」

「直人から御子柴さんが手術を受けているってメッセージが来たんだよね」

「うん、そうだけど……」

「ということは、直人はまだ手術室の前にいるんじゃないの? 拘束用のベルトが外されたのは、御子柴さんのことがあって……」

「その可能性は高そうだね」


 きっと、なおくんのことだ。御子柴さんの手術が終わるまで、手術室の前で待っている可能性は十分にある。


「みんなで手術室の方に行こうか」

「あたしは病室で待っています。もしかしたら、戻ってくるかもしれないから」

「分かったよ、美月ちゃん。もし、手術室の前になおくんがいたら連絡するね」

「分かった、美緒ちゃん」


 美月ちゃんを病室に残して、私、彩花ちゃん、渚ちゃんは手術室の前へと向かう。

 手術室前のベンチには何人か座っていた。1組の夫婦と、その隣には――。


「なおくん!」

「直人先輩!」

「直人!」


「美緒、彩花、渚……」


 寝間着姿のなおくんが座っていたのだ。私達が姿を現したことで一瞬、驚いた表情を見せるけれど、すぐに疲れた様子を見せる。きっと、なおくんの目の前で御子柴さんの容体が急変したんだと思う。


「なおくん……」

「……御子柴さんはずっと、俺のことが好きだったんだ。だけど、彼女は……心臓に負担をかけないように、そんな気持ちを抑えながら過ごしていて……」


 すると、なおくんは大粒の涙を流し始め、


「俺はまた、俺のことが好きな人を、大切な人を……死に追いやってしまうかもしれない」


 そう言うと、なおくんは右手で両目を覆った。


「そんなことないよ、なおくん」

「同じなんだ! 唯のときのように……」

「違うよ! なおくんはちゃんと御子柴さんに向き合ってる。だから、なおくんはここにいるんじゃないの? なおくんは御子柴さんにできることをちゃんとやったんだと思うよ」


 御子柴さんを助けたい気持ちが、ちゃんと行動に現れた。逃げずに御子柴さんと向き合おうとしている。だから、なおくんはここで待っているんだと思う。


「美緒……」


 すると、なおくんは私のことを抱きしめ、泣き始める。


「大丈夫だよ。なおくんはやるべきことをちゃんとした。だから、なおくんは何も悪いって思う必要はないんだよ。それに、なおくんはこれまでに誰も死に追いやっていないんだから……」


 私にはそれしか言うことができなかった。なおくんのことをぎゅっと抱きしめる。

 とにかく、今は御子柴さんの手術が成功すると願うしかない。それがどれだけ確率の低いことであっても。願うしかないんだ。それしか……できない。

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