第20話『諦められないもの』

 咲ちゃんとなおくん。

 恋人として付き合っていたときにどんなことをしていたのか。幼なじみとして、そして恋心を抱く女の子としてとても気になる。


「……ねえ、咲ちゃん」

「なに?」

「咲ちゃんってさ……」


 どうやって訊けばいいんだろう。知りたいことははっきりとしているのに、切り出す上手い言葉が見つからない。


「なおくんとどこまでしたのかな……」


 考えていたら、一番気になっていたことが声に漏れてしまっていた。


「ええとね、咲ちゃん今のはね……って、咲ちゃん?」


 咲ちゃんの顔が熟れたリンゴのように真っ赤になっていた。恥ずかしそうにしていて、視線をちらつかせていた。


「そのときの直人は記憶がなかったけど、キスはたくさんしたわ。ディープなキスも。その先は……美月ちゃんには刺激的過ぎるから、美緒、ちょっと耳を貸して」

「う、うん」


 私は咲ちゃんになおくんとどこまでしたのかこっそりと教えてもらう。その内容は私の想像を遥かに超えていた。最後まではしていないけど、それに近いところまではしたという。咲ちゃんの恥ずかしい気持ちだったり、興奮したりした感情が私にも伝わってくる。


「美緒ちゃん。お兄ちゃんと咲ちゃんはどんなことをしたの? ねえねえ、教えてよ」

「中学生の美月ちゃんにはまだ早いよ」

「そんなぁ。でも、高校生の恋愛だからきっと凄いんだろうね」


 そう言う美月ちゃんの頬は紅潮している。

 私もなおくんと恋人同士になったら、咲ちゃんのようにキスよりも先のことをするのかな。なおくんと身も心も一つに……と、想像してみたけど、思いの外恥ずかしくてすぐに止める。


「何となく、美緒が何を考えたのか想像が付いたけど、まあ、訊かないでおくわ」

「……そうしてくれると嬉しいな」


 想像するだけでも恥ずかしいのに、それを口にしたらもっと恥ずかしいから。そう考えると、咲ちゃんはよく私に教えてくれたと思う。それだけ嬉しかったのかな。


「記憶を失っていても、直人はとても優しかった。最初はこのまま恋人の関係を続けようと思ったけど、段々と罪悪感を抱いてきたの。あたしが告白して、直人が付き合っていいと言ったわけじゃない。直人から告白されたわけでもない。バスケの試合で勝ったから付き合う。そんなことでできた関係は断ち切るべきだと思ったの」

「なるほどね。それだけ、なおくんのことが好きで大切なんだね」


 好きだから、不自然だと思った関係を断ち切る。咲ちゃんは勇気ある決断をしたんだ。


「それに気付いたのが、えっちなことをしようとしたときだったんだよね。お風呂場でさ、直人に押し倒される形になって。そのときに……このまましちゃっていいのかなって疑問に思って。それで決断したの。彩花ちゃんや渚ちゃんのように、直人があたしと付き合うって決断してくれたら最後までしようって」

「……そうだったんだ」


 そのときの咲ちゃんはきっと物凄く葛藤したんだろうなぁ。私だったらどんな決断をしていたんだろう。

 それでも、咲ちゃんはなおくんと口とか指で色々としたし、短くても恋人の期間があった。一歩……いや、何歩もリードされてるなぁ。


「あと、自分の方が美緒達よりも一歩リードしているなんて思っていないわよ」

「何で分かっちゃうのかなぁ」

「あたしと美緒の仲でしょう?」

「……さすがだね」


 私がそう言うと、咲ちゃんは爽やかな笑顔を浮かべる。


「確かに、直人と一度別れて、直人のことをあたしには救える自信がないって美緒に電話したよ。でも、やっぱりあたしは直人を諦められないの。あたしは直人のことが好きだから」

「なおくんのことが好きなのは私だって同じだよ」

「分かってる。それは宮原さんや吉岡さん、杏子も同じ。そこに優劣なんて存在していないと思ってる」

「……そうだね」


 咲ちゃん、元気になって良かった。記憶を失って、心を崩れてしまったなおくんを一番近くで見てきたから、そのショックは相当なものだと思う。それでも、その事実をちゃんと受け止めてなおくんと付き合ったから、なおくんと親密な関係になったんだ。

 咲ちゃんの言うとおり、宮原さんや吉岡さん達と差はないと思う。むしろ、私だけが出遅れている感じがするけれど。


「それぞれ、やるべきことを頑張るしかないんじゃない?」

「えっ?」

「直人のお父さんも言っていたでしょう? 自分のすべきことをするのが一番いいんじゃないかって。あたしはインターハイ優勝に向けて練習を頑張る。美緒は……美緒のすべきことを頑張ればいいんだよ。そうすれば、直人に気持ちは届くはずだってね」

「そう言ってくれる咲ちゃんに、思わず惚れちゃいそうだよ」


 今の咲ちゃん、とってもかっこいいんだもん。一緒に練習する生徒さん達が咲ちゃんのことを見る目はとても輝いていて。


「あたしだって、相談に乗ってくれる美緒に思わず惚れそうなときがあるわ。美緒は出会ったときからずっと変わらず優しいじゃない」


 咲ちゃんはそう言うと、私の肩に頭を乗せてきた。そのときに感じた咲ちゃんの温もりと匂いは懐かしかった。


「ありがとね、美緒」

「……うん」


 色々なことがあっても、自分なりに頑張って前を向いているんだな。なおくんにもいつか、前へ向かって歩んで欲しい。私はその助けになりたいと思って、月原に来たんだ。


「じゃあ、そろそろ練習に加わるから、また後で」

「うん、頑張ってね」


 咲ちゃんはコートに戻っていき練習に加わった。休憩のおかげか、咲ちゃんの動きがとてもいい。

 そういえば、なおくんは月原の女バスの実戦練習に参加したことがあるんだよね。なおくん、スポーツは得意だからきっと、バスケも上手なんだろうなぁ。なおくんの姿を重ねて、咲ちゃんのことをしばらく見続けるのであった。

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