第19話『足りないもの』

 今日も午前中は、美月ちゃんと一緒になおくんのお見舞いに行った。

 午後から咲ちゃんの練習風景を見に金崎高校へ行こうとなおくんを誘ったんだけれど、昨日と同じように、行く気分ではないとやんわり断られてしまった。なので、今日も美月ちゃんと2人で、お昼ご飯を食べた後に金崎高校に行くのであった。



 午後1時。

 途中、道に迷いそうになったけれど、美月ちゃんのおかげで何とか咲ちゃんとの約束の時間に間に合うことができた。


「良かったよ、間に合うことができて」

「ごめんね、美月ちゃん。暑いのにたくさん歩かせちゃったね」

「駅から結構近いのにしっかりと迷うなんて……」

「洲崎みたいにのんびりしたところなら大丈夫なんだけど、ここみたいに都会の街だとすぐに迷っちゃうね」

「初めての場所でもあるもんね……」


 美月ちゃんはちょっと呆れた表情をしていた。

 金崎高校は公立高校ということで、月原高校よりも親しみのある雰囲気。それでも、洲崎高校に比べれば大きいし、都会の高校という感じがする。


「美緒、美月ちゃん」


 校舎の方から、体操着姿の咲ちゃんが手を振ってこちらの方に歩いてくる。咲ちゃん、スタイル良くて可愛いなぁ。


「直人は……やっぱりいないか」

「今日も行く気分じゃないって」

「そっか。昨日も月原高校に行かなかったもんね」


 そう言っても、咲ちゃんは残念そうな表情を見せることは一切しない。

「じゃあ、行こうか」

 私と美月ちゃんは咲ちゃんの後について行く形で、女子バスケットボール部の活動場所である体育館へと向かう。

 月原高校ほど広くはないけれども、雰囲気は似ている。もちろん、体育館で一生懸命になって練習しているのは月原高校と同じだった。


「みんな、インターハイ前だからいつも以上に練習に熱がこもっているわ」

「月原高校のみんなもそうだったな」

「月原高校はきっと、打倒金崎で練習しているんじゃないかなと思う。金崎もそう。試合には勝ったけれど、最後までどうなるか分からなかった。月原高校に勝てる実力がなければ、インターハイの優勝はないと思っているよ」


 楓ちゃんからの話では、地区大会決勝戦では金崎高校の逆転勝ちではあるけれど、最後に逆転するまでは一度もリードできなかったという。その結果を踏まえたら、咲ちゃんが月原高校を意識するのは当然のことなのか。


「じゃあ、金崎高校にとって一番の強敵は月原高校ってことですか?」

「そうだね、美月ちゃん。きっと、インターハイの決勝戦で月原高校に対戦するんじゃないかなって思ってるの。これは単なる勘だけれど」

「でも、そうなったら運命ですよね」


 美月ちゃんがそんなことを言うと、咲ちゃんはクスッと可愛らしく笑った。


「まあね。でも、その運命はかなり強いものだと思ってる。月原高校以上に強い高校はないって考えているしね」

「金崎以外はない……じゃないの?」

「今はまだそれは言えないよ。確かに、あのときの試合には勝ったけれど、点数はごく僅か。スコア的には勝利したけれど、バスケという意味では金崎は負けた。インターハイまでに金崎にないものを補強しているところなの」

「……そうなんだ」

「これから、また練習を再開するからどんな感じなのか見てって」

「うん、分かった」


 咲ちゃんは勇ましい表情を見せて、コートの中に入っていった。

 私と美月ちゃんは端の方で、女バスの練習風景を見学する。


「高校生の練習風景って凄いよね。迫力があるというか」

「そうだね。それに、インターハイ間近だからね」


 表情とか、目つきとか、体の動きとか。昨日の月原高校と同様に、素人目でも凄いことが分かる練習風景。金崎高校と月原高校の試合を観なかったことがもったいないなと思うし、インターハイで是非観てみたいと思う。


「咲さん、かっこいい……」


 美月ちゃんはうっとりとした表情を浮かべながらそう呟いた。

 練習をしている咲ちゃんの姿はとてもかっこいいな。ドリブルもシュートも、全てがかっこよくて。そんな彼女と張り合えるのは渚ちゃんくらいじゃないかなと思う。


「いいよ、その調子!」


「次はもっと集中してシュートを打ってみて!」


 そんな咲ちゃんの声が体育館に響き渡っていく。声がけされた生徒さんの動きが良くなってきている。ここにいるメンバーの基本的な能力はしっかりと身についている証拠だと思う。

 ただ、何なんだろう。当たり前だけれど、月原と違うところがある。

 月原は全員が一つになり、互いを助け合うようにしてプレーを進めている。だから、色々なプレーを観ることができた。メンバーをチェンジしてもプレーが安定する。

 でも、金崎はどこかで咲ちゃんが必ず絡んできている。それは咲ちゃんの実力や信頼があってこそだと思う。咲ちゃんがいなくなった瞬間にどうなってしまうのか。


「咲ちゃんがバスケに負けたって言ったのはここだったのかな……」

「えっ?」

「いや、これは私の個人的な考えなんだけれど。金崎って絶対に咲ちゃん絡みのプレーになっているなと思って」

「ああ、確かに。咲さん中心のチームって印象が強いかも。月原高校って渚さん以外のプレーもたくさんあったから、渚さん中心っていう感じじゃなかったね」

「うん。多分、そこが月原高校との違いなんだろうね。そこを咲ちゃんは金崎高校の弱い部分だと思っているのかも」


 私や美月ちゃんでさえ、咲ちゃんが要であることが分かるくらいだ。咲ちゃんのことを攻めていけばいいと作戦を立てることができる。けれど、個々の実力がしっかりとあるから、咲ちゃん中心のチームになってもインターハイ出場に辿り着いたんだ。

 でも、月原高校と戦って、このままではどこかで必ず負けると分かったから、咲ちゃんはきっと月原高校のように全員で1つのチームになろうとしているんだ。


「あたし、一旦、抜けるね」


 咲ちゃんはそう言うと、コートから出てきて私達のところに戻ってきた。昨日の渚ちゃん達のようにたくさんの汗を掻いていて。

「咲ちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様です、咲さん」

「ありがとう、美緒、美月ちゃん」

 咲ちゃんは爽やかな笑みを浮かべながら、スポーツタオルで汗を拭き取る。


「月原にあって、うちに足りないもの……美緒や美月ちゃんにも分かったかな」

「咲ちゃん中心のチームになっちゃっていることだよね」

「あたしもそう思ってる。バスケはチーム戦。だから、ワンマンのような戦い方じゃダメだと思う。月原高校と戦ったとき、それを痛いほど思い知らされた。でも、あたしがいるとどうしても、あたし中心になっちゃうのよね。ほら、あたしがいなくてもあんなにプレーができているのに」


 確かに、咲ちゃんの抜けた今の練習風景を見ていても、メンバーのプレーが凄いということに変わりはない。


「何で、あたしが入るとあたし中心になっちゃうんだろう。チームのためにもあたしはレギュラーじゃなくて、控え選手くらいの方がいい気がする」

「……それは違うと思うよ、咲ちゃん。みんな、咲ちゃんのことを信頼しているから、咲ちゃん中心のプレーになるんじゃないかな。その証拠に、咲ちゃんのアドバイスにはみんな応えている感じがしたよ?」


 バスケというスポーツにおいて、チームという考え方が大切なのは分かっている。どんな戦い方であろうと、メンバー間での信頼がなかったら、インターハイに出場することはできなかったと思う。


「咲ちゃん中心のプレーができて、月原高校みたいに色々な戦術もできるようになったら、金崎高校はとんでもないチームになるかも」

「……美緒みたいな子がマネージャーについていてくれたら、金崎はもっと強いチームになるだろうな」

「ええっ、私、運動とか苦手だし……ここに来るまで道にも迷ったし」

「あははっ、そんなの関係ないって。少なくとも、道に迷っちゃう方は。美緒は誰かをしっかりと支えることのできる女の子だと思うよ。月原が強い一つの理由として、サポートに宮原さんと一ノ瀬さんがいるってこと。あと、予選までは直人もか。うちは特にそういう子がいないから……」


 確かに、彩花ちゃんや一ノ瀬さんというサポートがいることが、月原のメンバーにとって大きな助けになっているのは間違いない。


「まあ、そんなことは関係ないって思えるくらいに、金崎は強くなってみせるよ。インターハイまではまだ時間はかかるけれど」

「……そっか」

「そう思えるのも、直人のおかげなんだけれどね。直人のことが諦めきれない……いや、諦められないから」


 咲ちゃんは口元こそ笑っていたけれど、切なそうな表情をして俯いた。

 前に、なおくんの恋人になる資格はないって言って、なおくんの彼女ではなくなったけれど、今でも諦めきれないんだ。それはきっと好きっていう想いが強いからなんだと思う。それがバスケまでに影響を及ぼしている。

 そういえば、咲ちゃんとなおくんが付き合っているときの話を詳しくは聞いていなかったな。咲ちゃんに訊いてみることにしよう。

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