第17話『剣道女子』
7月25日、木曜日。
今日も昼前に美緒と美月がお見舞いに来た。好物の1つであるプリンを持ってきてくれたのは有り難いんだけれど、俺が拘束されているのをいいことに食べさせてくることが結構恥ずかしかった。
美緒は部活見学で観た渚達のプレーにとても感動したようで、プリンを食べるときはずっとバスケのことについて喋っていた。美緒や美月の話から、女バスが順調に練習しているということが分かったので安心した。
今日は午後から咲の通っている金崎高校に行き、咲の部活の様子を見学するとのこと。一緒に行こうか誘われたけれど、その気にはなれなかった。
今日も2人が病室を後にした後、味気ない昼飯を食べる。健康的であることには間違いはないんだろうけれど、もう少し味の濃いものを食べられないのだろうか。もしくは卵料理ばかりにしてくれ。
午後になると、何もしない時間になる。いや、正確には母さんがテレビを点けてワイドショーを一緒に観ているんだけど、俺にとって特に興味のない内容ばかり。つまらない。
「……母さん」
「うん? なに?」
「缶コーヒー買いに行きたいから、これを解いてほしいんだけど」
冷たいコーヒーを飲みたいのも本当だけれど、外に出てちょっと気分転換をしたいのが本音だった。ベッドに拘束されていい気分になる高校生はいるはずはない。いたとしたら、それは相当なマゾヒストくらいだろう。
「分かったわ。ちょっと看護師さん呼んでくるわね」
母さんが病室を出て1分もしないうちに、若い女性の看護師さんがやってきた。この看護師さん、とても嬉しそうな表情をしているな。
「藍沢さん、私が体を支えましょうか?」
「いえ、大丈夫です。気分も悪くないんで」
「そうですか……」
なぜ、そこでちょっと残念がるのだろうか、この看護師さん。
俺は母さんと一緒に病室を出る。
「缶コーヒーを買って飲むくらいなんだから、1人にさせてくれてもいいだろ」
「拘束を解いたら誰かと一緒にいることが決まりなのよ」
「そうかい」
一昨日のことを思い出せば、母さんがついてくるのは当たり前か。
俺自身、一昨日はやり過ぎたと思っている。ただでさえ、傷心の紅林さんを更に追い込むようなことをしてしまった。
休憩スペースに到着し、自動販売機で缶コーヒーを買う。
「……美味しい?」
「ああ、美味しいよ」
冷たくて、苦くて、ほんのり甘い。
普段、ベッドの上で拘束されているせいか、ソファーに座って缶コーヒーを飲むことがとても開放的に思えてくる。
「……せめても拘束は解いてほしいんだが」
今は食事を摂るときとお手洗いに行くとき以外では拘束は解かれない。
「親としては直人を信じたいわ。でも、心配なのよね……」
「確かに死にたい気持ちはあった。それでも、母さんや美月、美緒が家にいてくれて気持ちが落ち着くときもあったんだ。ただ、紅林さんの姿を見た瞬間に恐ろしい気分に駆られて、死ぬっていう方法で逃げたくなって。逃げちゃいけないのは分かっているはずなんだけど……」
一昨日、紅林さんに会った瞬間、彼女がカッターで首を切ったときの映像が頭の中で蘇ったんだ。その瞬間にとてつもない罪悪感を抱いた。
「そうだったのね。昨日と今日は落ち着いているし、拘束については先生に相談してみるわ。誰かが同伴する決まりにすればOKが出るかもしれないから」
「……そうか」
先生の判断に任せるしかないか。俺にできることは、なるべく平常心を保っていくことだけだ。
「……あ、あの……」
女の子の声がした。ただ、その声に聞き覚えはない。
声のした方に顔を向けると、そこには寝間着姿の女の子が立っていた。セミロングの艶やかな黒髪が印象的で、年齢は俺と同じくらいだろうか。可愛らしい雰囲気だな。寝間着姿ってことはここに入院している患者か。
「……俺に、何か?」
「藍沢直人君だよね。月原高校に通っている2年生の……」
「そうだけど」
この女子、どうして俺の名前を知っているんだ。
「あらあら、直人。知り合いの子なの?」
「この子には申し訳ないけど、俺は知らないな」
「藍沢君は知らないで当然だと思う。僕が一方的に彼のことを知っているだけだから。その、剣道をしていたってことで……」
「な、何だって……」
俺が剣道をしていたことを知っているということは、この子、剣道を嗜んでいたってことなのか?
あと、自分のことを「僕」と言っているのが気になる。声変わりのなかった童顔の男子かと思ったけど、胸の膨らみがちゃんとあるので女子だろう。漫画とかで見るボクっ娘というやつだろうか。
女の子は爽やかな笑みを浮かべた。
「名前、言ってなかったね。僕、月原高校の2年5組の
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