第11話『すべきこと』

 なおくんの診察が終わる。

 診察の結果、今日の行動を考慮して、なおくんは再び病床で拘束される入院生活を送ることに。薬物療法とカウセリングを中心に治療を行ない、なおくんの心の状態を安定させていくという方針に決まった。

 なおくんを死なせないという意味では入院生活がベストだと思うけれど、なおくんを元気にさせるという意味では、いずれは限界が訪れてしまうと思う。なおくんの心の傷や悩みの原因は故郷の洲崎町にあると思っているから。

 診察が終わった頃に咲ちゃんと紅林さんが到着し、その後に彩花ちゃんと渚ちゃんが到着した。

 みんなが集まっても、状況が状況なだけに誰も言葉を発しない。しばらくの間、静寂がなおくんの病室を包み込んだ。

 午後5時過ぎになって浩一さんが病室に到着した。

 別の部屋で浩一さんは担当医の先生から、なおくんの病状について説明を受け、病室に戻ってくる。


「一言で言えば病状は変わらずってことか……」


 落ち着いた口調で浩一さんは呟く。


「美緒ちゃん、すまなかった。ひかりからの電話で、美緒ちゃんがカッターで手に怪我をしたって聞いてさ」

「いえ、その……気にしないでください。あのときのなおくんのことをどうしても止めたかったので。気付いたら、カッターナイフを掴んでしまっていました」


 たまに痛むときはあるけれど、仮になおくんが死んじゃったり、怪我をしてしまったりしたときに味わうであろう痛みに比べればどうってことない。


「まさか、死にたい気持ちを隠しちまうなんて。それができてしまうってことは、直人はかなりのところまで追い込まれているんだな」

「私のせいなんです! 私が直人君に酷いことをしなければ。直人君の目の前で首を切ったりしなければ……」


 紅林さんはその場で泣き崩れる。そんな彼女のことを咲ちゃんが優しく抱きしめる。


「紅林さん、だったかな。確かに君は直人の目の前で、直人に大きなショックを与えてしまった。それは事実だ。君の行動が今の直人にさせたきっかけかもしれない。でも、君がそんなことをしなくても、いずれはこの壁にぶつかったんじゃないかと思う。2年前、柴崎唯ちゃんっていう幼なじみの女の子が亡くなってしまったときから……」


 浩一さんは冷静な表情をしてそう言いながらも、小さくため息をついた。優しい笑みを見せる。


「紅林さんは自分のすべきことをしたと思うぜ。自分のしてしまったことについて直人に謝った。それはとても立派なことだ」


 私も同感だった。紅林さんは自分のしたことの過ちに気付いて、なおくんに謝る勇気がなかなか出ないことに悩んで。それでも、咲ちゃんと一緒にいることで、なおくんと向き合う勇気を付けて。なおくんに謝ることができたんだ。そんな彼女を責める人なんて、どこにもいないと思う。


「柴崎さんが亡くなったことがそもそもの原因であるなら、どうすれば直人先輩の心に宿っている悩みの種を摘むことができるのでしょうか」


 彩花ちゃんの一言はきっと、この場にいる全員の知りたいことだろう。

 なおくんの悩みはどうすればなくなっていくのか。答えを見つけるのがとても難しい。何せ、唯ちゃんが亡くなってしまっているから。


「高校生になってから出会った彩花ちゃんや紅林さん、私には難しいよね……」


 渚ちゃんが苦笑いをしながらそう言った。当時のことを知らない人間に、なおくんを救うことは難しいと思っているのかも。渚ちゃんがそう言う気持ちも分かる。


「でも、だからこそ直人の支えになれることもあると思うけれど。特に吉岡さんや宮原さんだったら」


 真剣な表情をしながら、咲ちゃんはそう言った。

 当時のことを知らないからこそ、唯ちゃんの亡くなったことに対して冷静に見ることができて、なおくんを救う答えが見つけられると咲ちゃんは考えているんだと思う。

 どちらの主張も間違っていない。間違っていないからこそ、


「みんなで協力していくのが一番なんじゃないかな……」


 当時のことを知っているからこそ救えることもあれば、知らないからこそ救えることだってあるはず。ここにいる全員、洲崎にいる楓ちゃんや笠間君達みんなで2年前のことに向き合っていくこと。それが解決への一番の近道なんだと思う。ううん、そうじゃないとなおくんのことは救えない。


「みんな、ありがとな。直人のために本当にありがとう」


 浩一さんはそう言うと、深々と頭を下げた。


「直人はきっと、唯ちゃんのことや紅林さんのことについて、絶対的な解決方法を探し求めていたんだろう。ようやく見つけた方法が、紅林さんに殺してもらうこと……だったんだろうな。それが直人にとっての2人に対する罪滅ぼしなのかもな」


 思い返せば、なおくんも紅林さんに殺されるべきだと言っていた。それが、自分の受けるべき裁きなんだって。


「でも、柴崎唯ちゃんが亡くなってしまった今、直人の心の悩みについて、絶対的に解決することなんてできないと思うぜ。少なくとも俺達ような周りの人間には……」

「浩一さん、その言い方だとなおくんを救う方法が何かあるんですか……?」


 私達にはどうにもできないということにはショックだけれど、少なくとも、という浩一さんの言葉に希望を抱く。


「……全ては直人自身の気持ち次第なんだと思うよ、美緒ちゃん。唯ちゃんの亡くなったことにどう向き合い、前を向いて歩いていくか。周りの人間は、そんな直人の背中を押したり、支えたりすることしかできないだろう」


 私達はなおくんではない。

 だから、なおくんの悩みの種を綺麗さっぱりになくすことはできない。全てはなおくんが2年前の事件、唯ちゃんが亡くなったことに対してどう向き合うのか。そして、そこから一歩を踏み出せるか。それが解決の鍵なんだ。


「だから、俺が思うに……俺達はなるべく、普段通りの生活を送るのが一番だと思うんだ。渚ちゃんや咲ちゃんはインターハイに向けてバスケを頑張る。彩花ちゃんはサポートだったか。ひかりや美月、美緒ちゃんは直人の好きな食べ物を作るとか。ただ、直人が何か相談してきたりしたら、そのときは耳を傾けてくれると嬉しい」


 それはきっと、なおくんの性格を考えた上での浩一さんの考えなんだと思う。なおくんは周りの人のことを第一に考えていて、変になおくんにずっと接していると、自分のせいで……と思ってしまうかもしれない。


「みんなの元気な姿だったり、自然な笑顔だったり。そういうことの積み重ねが、直人の心を少しずつ明るくしていくんじゃないかなってあいつの父親として思うよ」


 そう言うと、浩一さんは落ち着いた大人の笑みを見せた。


「しっかし、直人はたくさんの人に愛されているんだな。本当に誇りに思うよ。直人は優しすぎるから悩んでいるんだろうな。俺みたいな適当さがあっても良かった気がするんだけどなぁ。真面目なんだよなぁ、本当に。みなさん、これからも迷惑をかけてしまうかもしれませんが、直人のことをよろしくお願いします」


 浩一さんはみんなのことを見渡し、深々と頭を下げた。それに続いて、ひかりさんと美月ちゃんも。こういう家族だからこそ、なおくんっていう人がいるんだろうな。改めてそう思う。

 なおくんのことを気にかけながらも、普段と変わらない生活を送る。なおくんが自ら相談してくれることを待つ。それが私のできることであり、すべきことなんだ。

 気付けば、日が暮れて空が暗くなっていたのであった。

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