第2話『リング-後編-』
「いい加減にしろ、この生意気小娘が」
こうなったら、強い気持ちを持って彩花に反撃していくしかない。
「せ、先輩?」
彩花のことを睨み付けると、さすがの彩花も戸惑った表情に。
「……テーブルにある写真、よく見て」
彩花は俺に言われた通り、テーブルに置かれている写真を見る。
「この写真、明らかにおかしいんだ。それが何なのか分かる?」
「分かりきったことを言わないでください。この写真のおかしいところ、それは私以外の女の子と楽しそうに歩いている直人先輩です!」
自信満々に彩花は左手の人差し指で写真の中の俺を指さす。やっぱり、彩花はそういう風に答えるよな。
「ふふっ、先輩は今のことで犯した罪がどれだけ重いのかが分かったみたいですね。無言なのがその証拠です! 分かったなら口づけをしてもらいましょうか」
「馬鹿かお前は」
「……えっ?」
「もう一度この写真をよく見て見ろよ。考えればすぐに分かることだ」
「見る必要なんてありませんよ。それよりも、馬鹿なのは先輩の方じゃないですか? 写真に写っている先輩以外に何がおかしいと――」
「どうやら彩花は大馬鹿者みたいだ」
俺への強い嫉妬心によって、彩花は写真の中身しか見ることができないようだ。客観的に見れば絶対に分かることなんだけれど。
何にせよ、ここからは思う存分反撃させてもらおう。これ以上、彩花の好きにはさせない。
「彩花、俺が言うこの写真のおかしいところ、それはこの写真そのものなんだよ」
「何を言っているんですか。おかしいのは他の女の子と楽しむ先輩――」
「何度も同じことを言わせるな。考えてみれば分かることだ。彩花、どうして俺の写っている写真がここにあるんだ?」
「それは私がデジカメで撮ったから……」
「へえ、この写真はお前がデジカメで撮ったのか」
俺の訊くことに素直に答えてくれるな、こいつは。
テーブルにある写真は彩花がデジカメで撮影したものだと分かった。そのことと写真の内容から導き出される事実は一つしかない。
「お前、ずっと俺の後をつけていたんだな。そして、俺に気づかれないようにデジカメでこの写真を撮った」
「そうですけど……」
「……そうか。お前は立派な罪を犯したわけだ」
ようやく、俺の言いたいことが分かったのか、彩花は急に焦り始めた。
「彩花のやったことはストーカーと変わりない。この写真はお前が俺の後をつけた何よりの証拠だ。つきまといや盗撮は立派な犯罪。俺から手錠を外してもらおうかな。ほら、さっさと外せよ。さもないと、俺はどんな手を使っても、学校や警察にお前が俺をストーカーしていると連絡して、ここから強制退去させるぞ。もしかしたら、俺とこうして話すことすら許されなくなるかもしれない」
警察まで連絡するつもりはないけれど、このくらい強い言葉で言わないと彩花はきっと動じないだろう。
「そういえば、さっき彩花は言ってたよな。手錠は罪を犯した人間にかけるものだって。それなら、俺がお前に手錠をかけるのが筋なんじゃないのか?」
まずは俺から手錠を外してもらうのが第一だ。
しかし、彩花は悲しそうな顔をしてボロボロと涙を流し始めた。
「直人先輩、酷いですよ。元はといえば先輩が悪いんじゃないですか! 先輩が私以外の女の子と一緒にいるから! だから、私は先輩に言うことを聞かせるために写真を撮って、手錠をかけて。全て必要なことなんです!」
「彩花の気持ちを傷つけたことは反省している。もう今日のようなことは二度としないって約束する」
「先輩……」
「それでも、手錠をかけるのは度が過ぎている。彩花が嫌だと思うこともしないように気を付けるよ。だから、俺が不快だと思うようなこともしないようにしてくれないか」
彩花の言いたいことは分かる。俺のことがどうしても気になって、気付かれないところで監視し、写真を撮ったことはまだ許せる範囲だ。けれど、手錠をかけてまで俺を束縛しようとすることだけはどうしても許すことはできない。
俺の気迫に圧されているのか、彩花もさすがに反論しなくなった。
「彩花の愛情はちゃんと受け止めるけど、やられたことにはちゃんとやり返す。今は倍にして返したい気分だ。彩花は他の女の子と一緒にいたという罪を主張して俺に手錠をかけた。それなら、俺だって、お前の罪を主張して手錠をかけてやる。つきまとい、盗撮、監禁の罪で。俺の言っていることに何か間違っているところがあるか? あると思うなら、俺の目をしっかりと見て何が間違っているのかを言ってみてくれないか」
事実を基に言っているだけなんだけど、彩花が何か言うことがあればしっかり聞こう。
俺がここまで言っても、彩花が手錠を外してくれないようであれば、実力行使で手錠の鍵を奪うつもりだ。彩花がそこまで曲がった神経の持ち主ではないと信じている。
無言の時間が少し続いた後、
「……ごめんなさい」
彩花は小さな声でそう言った。
何とか、彩花の思惑にはまらずに済んだか。
「分かってくれればいいんだよ。俺も彩花に心配かけさせるようなことをして本当にごめん。彩花、俺の手錠を外してくれないか」
「……分かりました」
彩花はしぶしぶ俺の左手にかけられている手錠を外してくれた。
俺はすぐさまに彩花から手錠の鍵と奪い取り、彩花の両手に手錠をかけた。
手錠を掛けられた彩花の姿を見ると、とても悪いことをしてしまったような気がする。心苦しい。
「どうだ? 両手に手錠をかけられた気分は」
「……みっともないです。まんまと先輩のペースに乗せられて、まさか自分がかけられてしまうなんて……」
どうやら、悲しんでいるというより、不満な気持ちでいっぱいのようだ。彩花の表情からそれが一目で分かる。反省もあんまりしていないかもしれない。
「みっともないな。手錠まで使って俺を束縛しようとするお前が」
「あまりにも直人先輩が私の言うことを聞かないようであれば、手錠と一緒に買った特殊な紐で先輩の体を亀甲縛りにしようと思ったのですが……」
「……そ、そうか」
亀甲縛りをして、俺に何をするつもりだったんだよ。
今度から彩花が通販で購入したものは、俺が必ずチェックしないといけないか。手錠もまずいけれど、下手したら銃とかモロに違法なものが届くときが来るかもしれない。
彩花がここまでして俺を側にいさせたい理由っていうのは何なのだろう。俺のことが好きという理由だけじゃないような気がする。不良に絡まれたことが何か関係しているのだろうか。それとも、単純に俺を束縛することを楽しんでいるだけなのか。
「彩花。これからはできるだけ彩花の側にいるから。だからこういうことはもう止めてくれないか?」
「……他の女子と楽しそうにしないでって、これまでに何度も注意したじゃないですか。でも、先輩は止めなかった。だから、手錠を使って先輩を縛り付けようとしたんですよ」
手錠が出たのは今回が初めてだった。だから、彩花が俺のことで相当傷ついていることにようやく気づくことができた。
「本当にすまない。手錠を見るまでお前が本当に傷ついているんだって気づけなくて」
「本当ですよ。……先輩のばか」
ごもっともなことを言われてしまった。
彩花が二度と手錠を使うような場面が来ないように、これからは彼女のことを考えて生活していかないと。俺は今まで彼女に対する配慮が足りなかった。
「彩花が写真を撮ったのも、手錠をかけたことも原因は俺にある。だから、謝るよ。ごめん。さすがにまだ口づけはできないけれど、これで我慢してくれないか」
俺は彩花のことを優しく抱きしめ、彼女の右耳に息を吹きかけた。
「ふえっ」
彩花はぴくっ、と体を震わせた。一気に表情が崩れる。
「気持ちいい?」
「は、はいっ! 先輩の温かい吐息が耳にかかって、とってもくすぐったいです。どうしてこういうことをするんですかぁ」
「さっき言っただろ。倍に返したい気分だって。俺に手錠をかけたことに対するお仕置きをしないといけないからね。口づけをしたい彩花には、これが一番いいと思っただけだよ。嫌というほど悶えてもらおうかな」
彩花のような女の子には、俺に弄られることで快感を覚えると思ったから。それには耳に息を吹きかけることが手っ取り早い。息を吹きかけ続ければ、段々と嫌になってきてお仕置きにもなると思った。
息を吹きかけ続けると、彩花は可愛い声を上げ、頬を赤くして狼狽している。表情が緩んでいるので、もしかしたら、耳に息を吹きかけられることがむしろ快感なのかもしれない。こいつ、意外とドMなのか。
俺は右耳だけでなく、左耳にも息を吹きかける。
「あううっ」
「そういう可愛い反応を見せてくれると、お仕置きの甲斐があるよ」
「ドSな先輩も悪くないですね。私、直人先輩に弄られるのはご褒美……ひゃあっ!」
この可愛い声を聞くと、1度や2度で止めようと思ったお仕置きをずっとしたくなってしまう。彩花の言うように、俺はドSなのかもしれない。
これからも、彩花の度を超えた行動に対しては徹底してお仕置きすべきか。
息の吹きかけ方を変えたりしながらお仕置きを続けていると、彩花の体重が俺に降りかかってきた。急に重くなる。
「もう、力が抜けちゃいました……」
「そうか。まあ、今回はこのくらいにしてあげるよ」
「先輩がここまでテクニシャンだとは思いませんでした。凄く気持ち良くて、私……危うく絶頂を迎えてしまうところでした。直人先輩と2人きりですから、そうなっても特に問題はないんですけどね」
「口づけ以上に満足しちゃったのかな?」
「想定外でしたけれ、こういうお仕置きならありかもです」
「だからって二度と今日みたいなことはするなよ。場合によっては、本当にここから出て行ってもらうからな」
俺はあくまでもお仕置きのつもりでやったんだけれど。嫌がると思っていたのに。満足してもらっちゃ全く意味がないじゃないか。彩花にとって、今のお仕置きはむしろご褒美だったのかもしれない。
すっかりと脱力してしまった彩花をソファーの上に寝かせて、彼女の両手にかけている手錠を外した。
「お仕置きはこれで終わりだ。そこでゆっくりしてな。俺は風呂に入ってくる」
「えええっ、そんなぁ。もっと私にお仕置きしてください。それに、今なら私を襲うチャンスですよ? こんな脱力している私は初めてですよ? まあ、直人先輩が望むならいつでもウェルカムですけどね」
「……お前の望むことは口づけする以上に遠いもんだ。寝言は寝て言え」
「ううっ、先輩のいじわる」
「何とでも言え」
まったく、こいつはどこまで俺にフォーリンラブなんだ。俺は最初から恋人にはならないと言い通しているのに。根負けして恋人になる時を待っているのか?
「それじゃ、俺は風呂に入ってくるから」
「はい。いってらっしゃいです」
そう言う彼女の表情は笑顔だった。これなら、おそらく今日のことをいつか許してくれるだろう。
俺はリビングを出ると風呂場へと直行。彩花との一件があったせいで妙に疲れが溜まっていたのでゆっくりとしたい。
「はぁ、気持ちいいなぁ……」
湯船に浸かった瞬間、思わずそのような言葉が漏れてしまった。この温かさが本当に心地よい。40度っていう温度が本当にいいなぁ。
さすがに、俺が風呂に入っているときに彩花が来ることはない。なので、ここにいれば確実に1人の時間をゆっくり過ごすことができる。
といっても、彩花は俺の部屋に入るときにはちゃんとノックをしてくるし、夜這いのようなことも一切しない。ある程度の常識はあるんだ。
家事は俺よりもできるし、色々と気が利くし、俺を束縛したいという部分を除けば彩花は一緒に住む人として文句なしだ。最初は1年後輩の女の子と一緒に住むことに戸惑ったけれど、妹がいるからかすぐに慣れた。
「本当に、どうしてあそこまで俺のことを……」
不良から助けたことをきっかけに、彩花は俺に好意を抱いている。それは俺も分かっているんだ。俺の家に引っ越してきてから、彼女がずっと俺のことを一途想ってくれていることも。
だけど、俺に手錠をかけるようなことの原因は、好意だけではないと思う。絶対に別の理由があるような気がして。
「深く考えすぎなのかなぁ」
一緒に住めば色々と分かってくるはずなのに、彩花の場合はますます分からなくなる。俺がただ鈍感なのか。それとも、彩花がわざとそうさせているのか。
まあいい。最も優先すべきことは、平和に暮らしていくことだ。明日からは彩花のことを第一に考えて高校生活を送っていこう。
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