第24話『灯岬』
チェックアウトギリギリの時間まで旅館でゆっくりし、途中で昼食を挟んで旅館から直接に実家に帰ってきた。なので、家に着いたのも午後3時過ぎと結構早かった。
帰ってきた直後、洲崎町に帰ってきてから、彩花と渚に一度も洲崎を案内できていないことに気付く。なので、2人にどこか行ってみたい場所があるか訊くと、2人は声を揃えて灯岬に行きたいと言ってきた。2人は昨晩、旅館の大浴場で灯岬に行ってみたいと話していたそうだ。おそらく、俺や美月が唯の事件を話したことがきっかけだろう。
個人的に灯岬にはあまり行きたくないけど、2人が行きたいなら連れて行く他はない。美月と3人で行けばいいんじゃないかと提案しようとも思ったけど、唯のこともあったのでその考えはすぐに消えた。
灯岬は唯の事件の捜査で警察の人と一緒に行ったきりだ。それからも、灯岬周辺には一切近づかなかった。その理由はもちろん、2年前のことを鮮明に思い出してしまうから。
「ごめんなさい、直人先輩」
「私達のお願いを聞いてもらって。辛いよね……」
「灯岬に行っても大丈夫? お兄ちゃん」
俺の心中を察したのか、3人は行く前から俺に謝ってきた。
「謝る必要なんてないよ。それに、美月だけじゃなくて、彩花と渚がいれば一緒にあの場所へ行けるかもしれない。そう思っていたから」
それに、今回の旅の目的を果たすためには一度、灯岬へ行った方がいいだろう。自分自身を動かすためにも。
「行こうか、4人で」
俺達は灯岬に向かうのであった。彩花と渚を2年前のあの日に誘おう。
あの日と違って、今日の空は雲一つない晴天。
あの日と違って、今日の海はとても青い。
あの日と同じなのは……波が穏やかであることくらいか。
俺達は灯岬に到着するけれど、先客は1人もいなかった。ゴールデンウィーク中だから観光客がいると思ったけど。そろそろ夕暮れになるし。
2年前の事件で問題となった木の柵。事件当時、壊れたところ以外にも腐っていたこともあったことが判明した。
唯の事件の捜査が終わった直後に全て撤去され、現在の白く塗られた鉄の柵に変わったそうだ。木の柵のときよりも高くなっており、あの事件の教訓はちゃんと生かされているようだ。
「彩花さん、渚さん。ここが洲崎町人気の観光スポットの一つ、灯岬です」
「素敵なところですね」
「三方に海を眺められるから、朝陽も夕陽も見られるんじゃない?」
「きっとそうですよ。とっても綺麗なんじゃないでしょうか」
「……2人とも正解だ。朝陽も夕陽も見られるのが最大の売りなんだ」
洲崎の観光名所であり、地元の人にも愛されている場所。だから、そんな灯岬が俺は大好きだった。あの事件が起こるまでは美緒、唯とはもちろん、笠間などの友人ともこの場所に遊びに来ていた。
「……あの日、唯と一緒にここに来ていたら彼女は死なずに済んだのかな」
そんなことを口にしてもどうにもならないのは分かっている。それでも、思わず言葉に出してしまう。灯岬に来るのが2年ぶりだからだろうか。
「直人先輩?」
「直人?」
俺は彩花と渚の手を強く握った。
「……唯と同じ目に遭ってほしくない。離れてほしくない。だから、2人の手を握らないと落ち着かないんだ」
あの日、唯のことを振ってしまったから、余計に唯が自分の手から離れていくように思えたんだ。
唯、あの日……ここで何があったんだ。
どうして、君はここから落ちてしまったんだ。
灯岬に立っていた瞬間、落ちていった瞬間、命が消えてしまう瞬間。君はどんなことを考えていたんだ?
教えてほしい。誰でもいいから真実を教えてほしい。俺は明日になったら月原に帰らなきゃいけないんだ。
「ふふっ、なおくんったら、彩花ちゃんと渚ちゃんと手を繋いで。みんなで仲良く散歩しているんだね」
振り返ると、そこにはパーカーにロングスカート姿の美緒が立っていた。美緒は彼女らしい穏やかな笑みを浮かべながら俺達を見ている。
「思ったより帰るのが早かったんだね。おかえり」
「ただいま、美緒。お土産に温泉まんじゅうを買ってきたから、あとで渡すよ」
「うん、ありがとね、なおくん」
美緒は嬉しそうに笑った。
「なおくんがここに来るの、唯ちゃんが亡くなった直後以来だよね。彩花ちゃんと渚ちゃんが一緒なら大丈夫だと思ってここに来たの?」
「ああ、その通りだ」
さすがは幼なじみ。俺の心を見抜いている。
「凄いね、2人とも。なおくんをここに連れて来させちゃうなんて。それだけ、2人はなおくんにとって大きな存在なんだ」
そう言う美緒の笑みはさっきとまるっきり違って、とても寂しそうだった。美緒もここに来て唯のことを思い出しているのだろうか。
「小さい頃、ここも私や唯ちゃんとの遊び場だったよね」
「ああ。よくこんなところで遊べたなって今だと思うけれど」
「うんうん、そうだった。どんなところでも、なおくんや唯ちゃんと一緒に遊ぶことがとても楽しかった。だけど、それも唯ちゃんが亡くなるまでだったよね」
楽しかった遊びの場、ゆっくりできる憩いの場だったこの灯岬は、唯が亡くなった悲しみの場に変わってしまった。
「……ごめんね。彩花ちゃんと渚ちゃん、美月ちゃんもいるのに、昔話で暗くしちゃって」
「ううん、いいよ」
「それに、柴崎さんのことについては美月ちゃんから聞いていますし」
「あたしも、彩花さんや渚さんなら受け止めてくれるだろうと思って、唯ちゃんの事件について結構詳しく話したから」
「……そっか」
美緒の優しい笑みは俺の心を落ち着かせてくれる。一歩を踏み出してみようかと勇気までくれる。これも幼なじみだからだろうか。
「なあ、美緒」
「どうかした? なおくん」
美緒なら最適な答えを示してくれるだろうか。洲崎を離れるまでずっと一緒にいた彼女なら。俺の進むべき道を指さしてくれるだろうか。
「2年前の事件の真実に向き合うには、もう俺が動くしかないのかな」
俺には迷いがあった。
この洲崎に帰ってきて、どうしてもやりたいことがある。それは、唯が亡くなった2年前の事件の真実について向き合うことだ。
誰が唯の死に関わっているのか。
この2年間で俺が抱いた違和感から導かれることとは何なのか。
俺はそれらの推測ができていた。ただ、どう向き合えばいいのか。月原にいるときもずっと考えていた。
そんな中、今回の同窓会の話が来たんだ。この4日間で真実に向き合うことを決めた。それに、2年前の事件によって色々な目に遭った俺が洲崎に帰郷することや、同窓会に参加することを機に、唯の死に関わっていると思われるある人物が、自ら俺に真実を語ってくれるんじゃないかという期待も持っていた。
だけど、今日までそれがないとなると、俺の方からその人物に対して、2年前の事件のことを話さなければならない気がしてきた。しかし、それはとても辛くて、怖い。その人物を追い詰めてしまいそうな気がして。
今、ここで俺がそれを決める自信がなかった。だから、その判断を美緒に委ねようとしている。とても情けないけれど。
「なおくん」
「ん?」
「唯ちゃんが亡くなってから、みんなどこか元気がないんだよね。私もそう。2年以上の歳月が流れて元気になれた部分もあるけど、それでも唯ちゃんが生きていたときに比べるとやっぱり元気じゃない」
美緒は俺のすぐ目の前に立つ。
「唯ちゃんが亡くなったことは、みんなにとってとても大きいことだと思う。なおくんの導き出したことは、悲しくて辛いことかもしれないけど、それが真実なら知らないよりもよっぽどいいと思う。事実を知ることで救われることもあるんじゃないかな。私は2年前の真実を知りたいよ」
「唯の死にある人物が関わっていると思うんだ。その人物に真実を語ったら、そいつは救えそうかな」
俺が懸念していることを美緒にぶつける。
もし、俺の推測がそのまま真実だとしたら、その人物を本当の意味で救えるのだろうか。それこそ、2年前の俺のように非難されてしまうのではないだろうか。明日で洲崎を離れてしまう俺が、真実を明らかにしようとしてもいいのだろうか。
「……人の心に絶対なんてないよ。でも、私は救えるって信じたい」
美緒は真剣な表情をしてそう言った。
なぜだろう。救えるっていう確証なんてないのに、美緒の言葉がとても説得力があるように聞こえた。そのことで、いくらか心は軽くなった。救えるか救えないかがじゃない。救いたいって思うことが大事なんだ。
「私も同じです、直人先輩。1週間前、私を救ってくれたように……今度はその人のことを救ってください」
「直人1人じゃ不安なら、あのときみたいにみんなで協力すればいいだけなんだし」
「お兄ちゃんだからこそできることだって、あたしは信じてるよ」
彩花や渚、美月は明るい笑みを浮かべながらそう言った。
1週間前……浅沼達に彩花が誘拐されたとき、俺は1人ではなくて、渚や茜さん、彩花のクラスメイト達に協力してもらったんだ。
「……みんなのおかげで勇気が出たよ」
あのときと同じように、今だって俺は1人じゃない。彩花と渚、美緒がいる。あいつにも、1人じゃないことを分かってもらえればきっと救える。俺達で救うんだ。
そう決意して、俺はあることを決めた。
「夜までその人が俺に真実を語ってくれるのを待つ。もし、そうならなかったら、明日……俺がその人に会って真実を明らかにする」
色々と準備をしなければならないから、今夜までがリミットだ。何も起こらず過ぎてしまったときには明日、俺の推測をあの人物にぶつけて、真実を明らかにする。
それから、俺はあの人物が家に来ることをひたすら待った。
けれど、俺がリミットとしていた時間になっても現れなかった。
もう、俺から動くしかないんだな。
俺から2年前の事件の話を切り出さなければならないのは心苦しいけれど、真実が明らかにならないよりはよっぽどいい。それが、あの事件から2年以上が経過した今、生きている人間のできる最良のことであると信じて。
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