第18話『欲を賭ける-後編-』

 千夏さんとの一件で気分転換ができ、前半戦の悪い空気を断ち切ることができたような気がする。後半戦で1位になれたら彼女にお礼を言っておこう。

 部屋に戻り、俺達は自動販売機で購入した飲み物を飲む。ちなみに、3人は当初俺にお願いしたものを買っていた。


「さてと、そろそろ後半戦でも始めようか。大富豪以外のゲームにするって言っていたけど何かやりたいゲームでもあるのか?」

「ううん、お兄ちゃんが好きなゲームでいいよ」


 美月はニヤニヤしながらそう言う。前半戦があまりに酷かったのか、すっかりと美月に馬鹿にされてしまう。彩花と渚は苦笑いをしながら俺のことを見ているけれど、それは俺に対する同情か?

 しかし、俺の好きなゲームにしてくれることは有り難い。こういうときは、変に格好付けて美月達に決めさせる方がかっこ悪いんだ。遠慮無く俺の得意なゲームを後半戦ではさせてもらおうか。油断したらどうなるかしっかりと教えなければ。


「後半戦はババ抜きで勝負だ。もちろん、これからも1位の人が、好きな人に好きな命令を下すルールでいい」


 ババ抜き。他の人からカードを抜き、同じ数字のカードの組ができれば場に出す。全て手札がなくなり次第勝ちとなり、最後まで1枚だけあるジョーカーを持っていたら負けとなるシンプルなゲームだ。

 俺は大富豪と同じくらいにババ抜きが得意だ。昔、美緒や唯とやったときには結構勝っていた。それは唯が顔に出やすいタイプだったこともあるけれど。家族でやったときも最初に勝ち抜けていた回数は多かった。


「大人げないなぁ。お兄ちゃんお得意のゲームだなんて」

「好きなゲームでいいって言ったのは美月だろう。得意なゲームにしないでどうする」


 そこら辺のプライドは全くないんだ。大人げないと言われても全然傷付かない。これまでに散々負けてきたからな。


「……いつもの先輩と違いますね」

「うん、ここまで熱い直人を見るのは初めてかも」


 普段も熱くはないとは思うけれど、冷めているわけでもないだろう? 俺自身がそう思っていても、表面には出ないのかも。


「それじゃ、お兄ちゃん配って」

「分かった」


 俺は各人にカードを配る。

 ババ抜きは手札を見た瞬間から勝負が始まっている。俺の手札にはジョーカーはなかったので、ペアができたカードを場に出しながら3人の表情を伺ってみることに。


「あんまりペアがありませんね……」


 苦笑いをしながら呟く彩花。喋りながらジョーカーを持っていることをごまかしているかもしれないけれど、持っていない可能性の方が高そうだ。


「私は結構ペアがありましたね。これなら1位狙えるかも」


 余裕の表情を浮かべる美月もジョーカーは持ってなさそう。そして、


「……はあっ」


 渚は小さくため息をついた。これは渚がジョーカーを持っていると考えて良さそうだ。

 ちなみに、俺は残り6枚。なかなかいいな。

 今、俺から時計回りに美月、渚、彩花の順番に座っている。よって、俺は彩花にトランプを取られ、美月の手札から取る。


「それじゃ、始めようか」

「お兄ちゃんから初めていいよ。私の手札から1枚取って」

「はいはい、そいつはどうも」


 さっき、散々負けていたからなのか、こんなところでも美月からのお情けがあるなんて。絶対にババ抜きでは1位抜けしてやるからな。

 俺は美月の手札から1枚カードを引く。よーし、揃った。幸先のいいスタート。

 美月、渚とカードを引くけれど、ペアができることはなかった。表情も変わらないってことはジョーカーが動いている気配もない。

 彩花の番。彼女は俺の手札から1枚カードを引く。


「……どれがいいのでしょうか」


 そう言って、俺の表情を伺ってくる。なんだ、俺がジョーカーを持っていると疑っているのか? 彩花は俺の目を見てくる。


「う~ん……」


 迷いに迷っているようだ。俺、ジョーカー持ってないんだけどな。彩花は慎重なのかもしれない。……ということを彼女の顔を見ながら考えていると、彩花の顔が段々と赤くなっていく。


「彩花さん、迷っているふりをして、本当はお兄ちゃんと見つめ合っていたいだけなんじゃないですか?」

「そ、そんなことないよ! ……ほんのちょっと、それもあるけれど」


 あううっ、と彩花は悶えてしまう。そういえば、タメ口の彩花って新鮮だな。


「私なんて直人を見つめも見つめられもできないよ」


 渚は笑いながらもそうぼやいた。確かに、彩花か美月が抜けないと、ゲームをする上で渚とは何の関係もないからな。


「こ、これを引きます!」


 えいっ、と彩花は俺から手札を引くと、ペアができたようでカードを2枚場に出した。凄く嬉しそう。

 そのままゲームは進んでいく。俺もカードが減っていったけれど、減りが一番早かったのが美月だった。


「はい、お兄ちゃん最後の1枚だよ。やったー! 一番乗り!」


 美月から残り1枚のトランプを受け取ると、それは見事にジョーカーだった。残り一枚になったとき、美月がやけに嬉しそうにしていたのはこれが理由だったのか!

 こうなったら、せめても最下位にならずに頑張らないと。

 更にゲームが進んでいくけれど、俺が持っているジョーカーは一切動かない。そして、


「上がりです!」


 彩花が2位。美月とハイタッチしている。

 残るは渚だけか。

 ただ、渚は強運を持っているのかジョーカーを全く引いてくれない。そう言った状況が続き、ついには渚が1枚で俺が2枚という最終局面を迎える。俺が持っているのはハートの3とジョーカー。


「さあ、どっちが3でしょうか」


 思わずジョーカーの方ばかり見てしまいそうになるけれど、2枚をバランス良く見るようにしている。しかし、

「こっち!」

 渚は迷いなくハートの3の方を引いた。


「やった! 勝ったよ!」


 渚はとても嬉しそうに彩花と美月にそれぞれハイタッチをした。

 何というか、その……3連続最下位か。自分でゲームを選んだこともあって、大富豪のときよりもショックだな。運がないとかじゃなくて、俺が弱くなったんだ。このババ抜きで負けたことでそれを確信した。


「お兄ちゃん、弱いね」

「……それを実感していたところだよ。さあ、一位は美月だ。好きな命令を何でも言ってくれよ」

「その言い方だと、お兄ちゃんに命令することが決まっているみたいじゃん。まあ、そのつもりだけど」


 さっきから思っていたけれど、美月ってこんなにSっ気のある妹だったっけ。妹ってそういうものなのかね。美月だからいいけれど。


「じゃあ、お兄ちゃんに、彩花さんと渚さんの好きなところを1つずつ言ってもらおうかなぁ」

「それなら全然いいよ」


 お安いご用だ。

 彩花と渚が緊張している。これじゃ俺よりも2人への罰ゲームのような。でも、これまでの命令の中では一番罰ゲームっぽい内容ではある。


「彩花は優しい気持ちを持っているところで、渚はどんなことにも真っ直ぐなところかな。それが2人の自然な姿によく出ていて凄くいいなって思う。そのおかげで、昨日も色々あったけれど何とか乗り越えられたし。本当に感謝してるよ」


 途中から2人へのお礼になっちゃったけれどこれで良かったのかな。


「つい最近まであんなに酷いことしていたのに、直人先輩が優しいって……」

「1週間以上前には色々なことを考えていたのに、直人が真っ直ぐって……」


 俺の言うことが意外だったのかどうだったのか分からないけれど、彩花と渚は凄く驚いていた。ただ、それは一瞬のことですぐに嬉しそうな表情に変わる。


「もっと恥ずかしがるかと思っていたのに。好きなところをさらりと言っちゃうなんてお兄ちゃん凄い……」

「そうなのか?」


 いいなって思ったり、尊敬できたりすることを言っただけなんだけど。でも、俺の言ったことが2人の魅力であると思っている。

 何だか、今の2人の様子を見ていると、ゲームを続行するのは無理な気がしてきた。それに、このまま続けても俺が最下位になるだけなので、止めるにはいいタイミングかも。これ以上罰ゲームは受けたくない。


「ゲームはもう辞めて、温泉でも入るか?」

『入ります!』


 彩花と渚の声が揃った。ただし、興奮気味。


「私もお兄ちゃんの提案に賛成。夕飯って7時だよね?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ、まだ時間もあるし、夕飯前にゆっくり入ろうよ」

「……そうするか」


 今は午後5時近く。夕飯前にゆっくりと露天風呂に入るにはいい時間だ。


「直人先輩とお風呂です。あううっ……」

「初めてだから緊張しちゃうよ……」


 さっきよりも2人の状態が酷くなっている気もするけれど、それも温泉に入れば落ち着くだろう。そうなってくれると信じよう。

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