第19話『ドキドキカルテット』
同時に服を脱いで露天風呂に入ることはさすがにせず、俺が先にプライベート露天風呂に入っている。1人で入るのもなかなかいいものだ。脚も伸ばせるし、普段の疲れが段々と抜けていく。
5月上旬なので、午後5時過ぎでは空はまだまだ明るい。陽が沈む前から入る露天風呂は何とも贅沢な気分にさせてくれる。
ちなみに、露天風呂は部屋に付いているものだからか、タオルを巻いて入浴してもOKとなっている。そうじゃなかったら、混浴を断っていた。ただ、俺が断ろうとしても、3人が是が非でも混浴させていた気がする。
「お待たせ、お兄ちゃん」
最初に美月が俺の前に姿を現した。ちなみに、タオルは巻いている。こうして美月を見てみると、俺が上京してからの1年余りで大人の女性に近づいたと実感する。
美月は露天風呂に入り、俺に背中を向けた状態で、俺の脚の間に座った。そういえば、実家ではこういう感じで一緒に風呂に入っていたなぁ。昔はタオルなんて互いに巻いてなかったけれど、そこは……ね。
「小さい頃はいつも、こうやって入っていたもんね」
「そうだなぁ」
あの頃は小さい妹だと思ったけど、1年ちょっと離れただけで、ここまで成長して。大人っぽくなったなぁ。美月の背中を間近で見てそう思う。
「兄妹でも、俺と入るなんて恥ずかしくないのか? その……美月も思春期の中学生だし。彩花と渚みたいな反応をしてもおかしくないと思うけど」
昨日も、帰って早々は美月も大人になり、俺から離れたのかなって思った。だけど、昨日夜に一緒に寝たことをきっかけに、昔と同じように接してきている。
例え兄妹でも、男と女。中学2年生にもなれば、俺に対して恥ずかしい気持ちが芽生えてもいいと思うのだが。
「男子と入るのは恥ずかしいし、そもそも嫌だけれど、お兄ちゃんは別かな。第一にお兄ちゃん以外の男の人と入りたくないもん。それでも、昔とは違って、お兄ちゃんと入るのはちょっとドキドキしてる」
「……そうか」
何だろう、この計り知れない優越感。可愛い妹が俺以外の男とは入りたくないって言ってくれたよ。でも、俺にもドキドキしているんだって。俺の方に振り返り、頬を赤くしている美月がいつも以上に可愛く思えてきた。あと、美月という妹がいることを幸せに思う。
「そういうお兄ちゃんは、あたしと入ることにドキドキしないの?」
「……ドキドキしてるよ。美月がしっかりと成長しているからかな」
それと、中学生の妹と一緒に露天風呂に入り、こんなに密着してしまっていいのだろうかという背徳感で。そう考えながらも、美月のことを後ろからそっと抱きしめる。
「あーあ、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなかったら、絶対に結婚するんだけどなぁ」
「そんなこと、小さいときに何度も言われたな」
「あたし、割と本気なんだけど……」
本気って言われても、兄妹間では結婚できないんだからどうしようもならない。そろそろ兄離れでもしてほしいところだけど、こういうことを言ってくれて嬉しい自分もいる。それは、俺が妹離れできていない証拠かもしれない。
「彩花さんも渚さんも入ってきてくださいよ」
美月は少し大きめの声でそう言う。
。
「あたしが入るときには、2人も露天風呂に入る準備はできていたんだけど、恥ずかしくて勇気が出ないんだって」
「そりゃ、なかなか勇気も出ないだろう」
いざ、その場面になると急に恥ずかしくなる気持ちは分かる。きっと、女子にとって男子と一緒に風呂に入るのは緊張してしまうのだろう。しかも、初めてなら尚更。
美月が声をかけて少し時間が経ってから、
「……お、お待たせしました」
「時間がかかっちゃってごめんね」
彩花と渚は既に顔を真っ赤にして姿を表した。
2人ともスタイルがいいな。肌も綺麗で。それに、2人それぞれに違った色気があるというか。2人のバスタオル姿を見て何を考えているんだろう、俺。
「……そんなにじっと見られると恥ずかしいです」
「何か、普段通りの表情で見られると逆に厭らしいっていうか……」
「ご、ごめん」
何なんだろう。この何とも言えない空気。美月がいるから普通に浸かっていられるけど、そうじゃなかったらどうなっていたことか。
「とりあえず、そこで立っていても寒いでしょうからお2人も入ってください。結構気持ちいいですよ」
そう言う美月は、本当に気持ち良さそうに入っている。
そんな美月を見たからなのか、彩花と渚はすんなりと露天風呂に入った。温泉の効能なのか、2人の緊張した顔つきが段々と和らいでいく。
「気持ちいいね、彩花ちゃん」
「そうですね。お湯が熱めなところがいいですよね。全身に染み渡ります」
そんな話をしていると、2人から笑顔も見えるようになってきた。しかし、一度も俺の方に顔を向けてない。ただ、俺とは少し距離を置いて浸かっている。
「温泉に慣れてきたところで、そろそろこっちに来ませんか? これじゃあ、お兄ちゃんと入っているとは言えないと思うのですが」
「美月ちゃんは妹だから大丈夫かもしれないけど、私はまだ先輩の側で入浴することにはちょっと勇気がいるというか。い、嫌じゃないんですよ! でも……」
「……じゃあ、その前に私が直人のことを取っちゃおうかなぁ」
「えっ!」
渚は彩花に意地悪な笑みを見せると、俺のすぐ側まで近づく。俺の右肩にそっと頭を乗せてきた。
「……直人の側はやっぱりいいね」
渚は耳元でそう囁いてくる。それよりも、彼女の肌はとてもスベスベしているな。これもバスケを通じて体をよく動かした賜物だろうか。
「わ、私だって!」
彩花は俺の側にやってきて、渚と同じように俺に寄り添い、頭を俺の左肩に乗せてきた。彩花の肌はもっちりとした柔らかさがある。彩花も俺と手を重ねており、彼女からも心臓の鼓動が伝わってきている。
まさに両手に花という状況。いや、美月もいるからそれは違うのか。いずれにせよ、プライベートな空間だからこそできることだろう。
「ようやく4人で温泉に入っているって感じがするね、お兄ちゃん」
「密着しすぎだけどな」
「そんなこと言って、本当は有頂天になっているんじゃないの?」
「有頂天っていうのかは分からないけれど、こういう場所で彩花や渚、美月と一緒の時間を過ごせているのは有り難いと思うよ」
こういう機会なんてないと思っていたから。下心とか関係なく、この3人と一緒に露天風呂には入れることが非常に嬉しく思う。
「……そっか」
美月はゆっくりと立ち上がる。
「あたし、ちょっとのぼせ気味になっちゃったから、あとはお兄ちゃん達3人でごゆっくり」
美月はさっさと露天風呂から上がり、姿を消してしまった。
「まったく、変に気を遣わなくていいんだけどな……」
きっと、彩花と渚のためなのだろう。自分がいると、2人が俺と一緒にのびのびと入浴できないと思っているのかもしれない。
そんなことを考えていたら、彩花と渚はさっきよりも俺に密着してくる。2人とも腕を絡ませてきて、恥ずかしいことおかまいなしという感じでタオル越しに胸を当ててくる。
「普段通りに見えますけど、実は直人先輩もドキドキしているんじゃないですか?」
「そりゃあ……してるよ」
素直に思いを口にすると、彩花は優しい笑みを見せる。
「嬉しいです。渚先輩よりも私のことでドキドキしていたらもっと嬉しいです」
「私の方が彩花ちゃんよりもドキドキさせている自信はあるよ」
「私の方が、直人先輩をドキドキさせてます」
まったく、何を張り合っているんだか。
2人は互いに睨み合っていたけれど、突然、彼女達の視線が俺の方に向く。これは俺に判断しろってことか。
「美月に対してもドキドキしていたけど、彩花と渚に対するドキドキはそれとは違うものなんだ。凄く温かいというか、心地よいというか。これ以上のものってないと思うし、このドキドキは彩花と渚以外からはきっと感じないんじゃないかな……」
何だかとても抽象的な回答になっちゃったけれど、これで2人が納得してくれるかどうか。どっちがいいと言っていないから、答えになってないかもしれない。
そんなことを不安に思っていると、彩花と渚は声に出して笑った。
「直人先輩らしい答えですよね、渚先輩」
「うん、同じことを思った。こっちの方がいいっていう回答を期待していたんだけど、今の直人の答えを聞くと、それでいいのかなって納得できるんだよね」
「渚先輩と張り合っていたのが間違いなのかと思ってしまうほどです」
「それも思った」
どうやら、今の俺の答えで2人は納得してくれたようだ。俺にとって自分達は特別な立ち位置なんだ。それが分かったから。
「……何だか、今の言葉で直人のことがより好きになった」
「私も同じです」
「私達、意外と似たもの同士かもしれないね」
「だって、同じ人のことが好きなんですよ。それだけでも結構似ていると思いませんか?」
「確かに、それは言えてるね」
気付けば、普段通りの明るい空気になっていた。彩花と渚が自然体で楽しそうに喋っている。俺はそんな時間が何よりも愛おしい。いつまでも続いてほしいから。
彩花と渚に挟まれながら俺はこの雰囲気を暫しの間、楽しむのであった。
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