第16話『欲を賭ける-前編-』

 まずは大富豪をすることになった。美月がトランプを配っている。

 大富豪。簡単に言えば、自分の手札を全て場に出したら勝ちとなるゲームだ。一般に広く知られるルールもあるけれど、マイナールールも様々あるので初めて遊ぶ相手がいるときには、ルールを適用するかどうか論争になる場合もある。

 4人の場合、勝ち上がった順に大富豪、富豪、貧民、大貧民という位が与えられる。俺の知っているルールでは、この位に応じて、次に対戦するときにカード交換をしなければならない。3人はどうなんだろう。それは一度勝負してから訊けばいいか。

 美月がトランプを配り終わったので、自分の手札を見る。


「う~ん……」


 微妙すぎる。KやAなど強いカードもあるけど、マークはバラバラだし、複数枚ある数字のカードがあまりない。これ、よく考えてやらないと大貧民コースかもしれない。弱いカードから順番に並べたら、より一層微妙に思えてきた。

 そんな手札で始まった1回目は、みんなが同じ数字のカードを複数枚出してくるので、俺がカードを出せる状況が全然ない。その結果、


「これで終わりです!」


 強いカードばかり出していた彩花が一番上がりで大富豪。


「私も上がりですね」


 同じ数字のカードを複数枚出していたことが多かった美月が富豪。


「私もこれで上がりだね」


 俺と2人きりになった途端、トリッキーにカードを出した渚が貧民。そして、


「……負けた」


 あまりカードが出せなかった俺が大貧民。半分くらいしか出せなかった気がする。運が悪いのか、3人が強いのか。単に俺が弱いのか。

 彩花と渚はなぜかハイタッチをしている。何だ、俺を負かせたのがそこまで嬉しかったのか?


「ええと、私が直人先輩に何でも要求していいんだよね?」

「そうですよ、彩花さん」

「ちょっと待ってくれ。その話だと、まるで勝った人間が最下位の人間に何でも命令できるように聞こえるんだけど」

「まさにそういう風に2人には話したんだけど、お兄ちゃん」


 薄々は感付いていたけど、やっぱりそうだったのか。それなら、彩花と渚が俄然やる気になっていたことも、貧民の渚がやけに嬉しそうに大富豪の彩花とハイタッチしていたことも納得がいく。というか、そういうことは試合する前に一言言ってくれ。


「先輩にどんなお願いをしようか迷ってしまいます。渚先輩は何かありますか?」

「大富豪が大貧民に好きなことを命令できるという美月の案は採用してもいいけれど、何にするか相談するのはNGにしてくれ」


 相談OKにしたら、美月のルールに意味が無くなってしまう。


「お兄ちゃんが1番になればいいだけの話じゃない。それとも、ひさしぶりにやるから自信がないのかな?」


 美月は意地悪な笑みを浮かべながら俺にそう言う。


「……分かった、相談もOKだ。どうせなら、1番になった人間は誰か1人に好きな命令ができるっていうルールに変えようぜ」


 俺がそう提案すると、3人は「してやったり」という表情になる。恐らく3人は俺に命令を下したいんだろう。それだったらこういうルールでいい。

 まずかったと一切思っていないと言ったら嘘になるけど、美月の言うとおり俺が一番になればいいんだ。俺が1番になったら、そうだな……3人に缶コーヒーでも奢ってもらおうかな?


「今回は最下位の俺に対する彩花からの命令ってことで。何かしてほしいこととかあるか?」

「……き、決めました」

「何をしてほしい?」

「私と渚先輩と一緒に4人で露天風呂に入ってほしいです!」


 彩花は顔を真っ赤にしてそう言う。

 今の彩花のお願い、わざわざこういう形じゃなくても、普通にお願いされれば一緒に入っていいんだけれど。しかし、彩花が勇気を振り絞って言ったのが物凄く伝わってくるから、それについては何も言わないでおこう。


「……分かった。あとで一緒にお風呂に入ろう」


 彩花のお願いなのに、渚のことを考えているところが彼女らしいというか。

 俺と一緒に露天風呂に入ることになったからか、渚も顔を赤くしている。


「よし、もう1回やろう」

「じゃあ、大貧民のお兄ちゃんが配って」

「分かった」


 俺は各人にトランプを配る。

 自分の手札をめくると……見事に弱い数字のカードばかりだ。

 しかし、同じ数字のカードが4枚あるので『革命』ができる。ちなみに、革命というのは、カードの強さなどが全て逆転することだ。通常時なら弱いカードでも、革命が起きれば強いカードに変身する。革命の状態を元に戻す『革命返し』さえ発生しなければ、この手札は最強だ。どんなカードにも代用できるジョーカーもあるし。

 そうだ。カード交換のことについて訊いてみよう。


「なあ、カード交換ってあるのか?」

「えっと、大富豪が大貧民の手札で強いカードを2枚もらうっていうやつですよね?」

「それそれ。それで、大富豪は好きなカードを2枚、大貧民にあげるんだ」

「分かりました。そのルールを適用しましょう」


 良かった、彩花がこのルールを使っていて。きっと、彩花は弱いカードを2枚俺にくれるはずだから、さらに強い手札になるぞ。


「私は今までそういうルールで遊んだことはなかったけど、面白そう。じゃあ、富豪と貧民の間では1枚交換しようか。それでいいかな、美月ちゃん」

「分かりました。私は富豪ですから、渚さんにいらないカードを1枚あげればいいんですね」

「そうだね。それで、私が美月ちゃんに一番強いカードをあげればいいんだね」


 渚はこのルールが初めてだったのか。

 大富豪と大貧民、富豪と貧民との間でそれぞれカード交換が行われる。予想通り、彩花からは弱いカードが2枚渡される。よしよし、これなら勝てるぞ、絶対に。


「それじゃ、2回目を始めようか」


 最初は様子見でカードを出していくけれど、タイミングを見計らって、


「革命だ!」


 俺は同じカードを4枚出して革命を起こす。これで通常では弱いカードが強くなり、俺が優勢になる。

 このまま俺のターンかと思いきや、


「革命返しです!」


 彩花も同じカードを4枚出して革命返しをしてきた。

 彩花、強いな……と言いたいところだけど、お前がいらないカードを2枚くれたおかげで、一度の革命返しなら大丈夫なようになったんだよ。


「直人先輩のペースにはさせませんよ!」

「……どうだろうな」


 彩花の勇ましい表情を見る限り、彩花は通常時に強いカードが揃っているんだと思う。渚も美月も彩花が革命返ししたことでほっとしているようだから、革命されるとまずそうな手札なんだな。

 それならもう一度革命するだけだ!


「もう一回革命だ!」


 今度はジョーカーを織り交ぜての革命。これなら誰も革命できな――、


「革命返し!」


 今度は渚かよ!

 まさか、渚も革命返しができるとは思わなかった。

 これで通常に戻ってしまったので、俺の手札は一気に弱くなる。もう革命もできないし、複数枚揃っている数字もあまりないのであとは運だけだ。正直、1位になれるのは今の時点で絶望的。

 その予測は見事に当たってしまい、2度目の革命返しをした渚が大富豪、革命返しをしなかった美月が富豪、1度目の革命返しをした彩花が貧民となり、2度も革命返しをされた俺はまた大貧民という結果に。


「……やられた」


 まさか、2回連続大貧民になるとは思わなかった。弱いカードばかり来て革命できるから安心していたあのときの俺の頬を、思いっきり叩いてやりたい。


「お兄ちゃん、随分と弱くなったね」

「……ブランクだな」


 昔は結構強かったんだけどなぁ。美緒や唯と大富豪をやったときの勝率はなかなか高かったはず。


「1番は渚か。誰かに好きな命令を言ってくれ」


 きっと、俺に対する命令だろうけど。


「ちょっと休憩したいから、直人に3人分の飲み物を買ってきてもらおうかな。もちろん、直人の奢りね」


 俺が言おうと思っていた命令を言われ、何か悔しい気分だ。でも、このくらいの命令で良かったとほっとしている自分もいる。


「じゃあ、一度休憩して、後半戦は別のゲームにしましょうか。大富豪だとお兄ちゃんが負け続けてしまうかもしれませんから」

「……何のゲームでもいいよ。次は絶対に一番になってやる」


 勝負だけなら、大富豪で一度は勝つまで続けたい。けれど、1位の人が好きな人に好きな命令を下せることを考えると、別のゲームにすることでこちらに追い風を吹かせ、1位を狙いたい。


「私、スポーツドリンクね」

「私はストレートティーをお願いします」

「メロンソーダがいいな、お兄ちゃん」

「……分かりました」


 飲みたいものがなかったときには……まあ、一番近いものを適当に買えばいいか。

 せっかくだから俺も飲み物を買おうかな。良かった、金を多めに持ってきておいて。


「それじゃ、飲み物を買ってくるよ」


 外に出て気分転換するのもいいだろう。負けになった雰囲気を断ち切れるかもしれないし。

 俺は財布を持って部屋を出ていくのであった。

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