第15話『部屋割り』

 午後3時。

 家を出発してから数時間ほど。昼食などを挟んだりして、本日泊まる宿に到着した。見た感じとても高級そうな旅館なので宿泊代が大丈夫なのか心配になる。


「父さん、こんな高そうな旅館に泊まって大丈夫なのか?」

「何言ってるんだよ、大丈夫だって。ここは俺の知り合いが経営している旅館だ。そこら辺はさ、ちゃんと話付けてあるからよ」


 父さんは得意げな表情をしている。なるほど、知り合いってことで値段を少し安くしてもらっているってことか。

 今までの家族旅行を振り返っても、ここまで格式の高そうな旅館に泊まったことはなかった。父さんがここに泊まろうと考えたのは、やっぱり彩花と渚のためなのだろう。だからこそ不安なのだ。

 旅館の中に入り、父さんがチェックインの手続きをしている間、俺達はフロント近くにあるラウンジで一休みする。


「直人先輩、ここら辺名産のお茶だそうですよ。みなさんもどうぞ」

「ありがとう、彩花」


 彩花が冷たいお茶の入った紙コップを渡してくれる。俺にとって、旅館でそこの土地の飲み物を飲むのが旅行の楽しみの1つだ。

「うん、美味しい」

 香りもいいし、味もまろやか。甘みがちょっと強いのが特徴なのかな。

 テーブルを挟んだ向かい側に彩花と渚が並んで座っている。車に乗っているときのような2人の間にあった変な空気はなくなっていて良かった。


「どういう部屋なんだろうね、お兄ちゃん」

「それは行ってみてのお楽しみじゃないか?」


 今夜泊まる旅館の名前を一切教えてくれなかったからな。知っていればスマートフォンで調べていたんだけど。それが俺の抱く不安の原因の1つでもある。

「よーし、チェックイン済んだぞ」

 父さんがカードキーを2枚持って俺達のところにやってきた。さすがにこの6人で1つの部屋に泊まるのはまずいので2つの部屋になるのは当然か。

「はいよ、直人」

 父さんからカードキーを渡されてしまった。


「ちょっと待ってくれ、父さんと俺がカードを持ってたら、まるで男2人の俺と父さんが別々になるみたいじゃないか」

「なんだ? 俺と一緒に寝たかったのか」

「そうじゃないけど。……ちなみに、父さんはどういう部屋割りのつもりで予約したんだろう?」


 ものすごく嫌な予感がするんだけど。


「俺と母さんで1つの部屋、直人、美月、彩花ちゃん、渚ちゃんで1つの部屋に決まってるだろうが。何か問題でもあるか?」

「あるに決まってるだろ! 普通は男と女で分けるべきじゃ? せいぜい、藍沢家で一部屋、彩花と渚で一部屋っていう部屋割りにするだろ」


 俺の抱く不安は全てここに繋がっていたのか。

 何故なのか、父さんは今の俺の抗議に呆れている表情を見せる。呆れるのはこっちの方なんだけれど。


「お前なぁ、それじゃ彩花ちゃんと渚ちゃんが可哀想だろ。直人と同じ部屋にしないでどうするんだって。彩花ちゃんと渚ちゃんは直人と同じ部屋がいいよな?」

『もちろんです!』


 彩花と渚は声を合わせて即答した。顔は真っ赤だけれど。

 2人のそんな反応を見て、父さんはドヤ顔。父さんの方が女性の気持ちが分かっているんだぞって言われているような気がしてムカつくな。


「私も彩花さんと渚さんと一緒がいいな。もちろん、お兄ちゃんとも」

「美月まで……」

「俺は母さんと2人きりがいいんだがな」

「私も今日はお父さんと2人きりがいいわ」

「今夜はたっぷり楽しもうなぁ、母さん」

「そうね。久しぶりに新婚気分でも味わっちゃう?」


 あ、あれ? 俺以外、みんな父さんの部屋割り案に賛成なのかよ。何だ、俺なら彩花や渚と一緒の部屋でも間違いを起こさないって信頼してくれてるのか? 美月もいるし。俺は端から2人に変なことをする気はないけどさ。


「……分かった。父さんの案を受け入れるよ」


 彩花と渚、美月がいいって言っているんだからこれでもいいか。俺が気を付ければいいだけのことだから。

 その後、仲居さんがやってきて今夜泊まる部屋まで案内される。父さんが経営者の知り合いだけあって物凄い歓迎ムードだった。

 部屋に到着すると、父さんと母さんとは夕食の時間までお別れ。


「うわあっ、広いお部屋ですね」

「そうだね、彩花ちゃん」


 部屋は和室。畳の上にはテーブルと4つの座敷椅子がある。テーブルの上には、旅館にはこの地域の銘菓らしき和菓子とお茶セットが置かれている。広い部屋なのでこれだけではちょっと寂しい気もするけれど、落ち着けるのでいいかな。

 しかし、女性陣にとって一番気になるのは、


「露天風呂があるよ、直人!」

「……結構大きそうだな」


 部屋の外にあるプライベートの露天風呂のようだ。4人部屋にある露天風呂ということでなかなかの大きさ。

 部屋割りである程度消えた不安が一気に膨張する。まさかとは思うけど、あの露天風呂に4人で入ろうとか考えないでほしい。美月と2人きりならいいけれど。


「せっかく素敵な温泉があるんだから、あとで一緒に入ろうね、お兄ちゃん」

「そ、そうだな」


 美月が躊躇いもなくそう言ってしまうことに兄として複雑な気分になるけれど、嫌がれてしまうよりかはよっぽどマシか。昔はたまに一緒に入っていたもんな。

 それは置いておいて、これはまずい。今の美月の一言が起爆剤になりかねない。

 彩花と渚は美月に対していいなぁと言わんばかりの表情をしているけれど、俺とは決して目を合わせようとしない。恥ずかしいからかな。2人の中でそれぞれ本能と理性が戦っているのであろう。


「まあ、まずはゆっくりしよう。俺がお茶淹れるからみんなは座ってて」


 俺と一緒の部屋で泊まることになってドキドキしてしまうのは分かるけど、旅行に来たからにはゆっくりしないと意味がない。

 俺は4人分の緑茶を淹れて、一息つくことに。

 現在は午後3時過ぎで、夕食の時間である午後7時まであと4時間ほどある。本とかも持ってきたんだけど、読書をしてしまったら3人に悪いよなぁ。


「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「せっかくだからトランプでもして遊ぼうよ。4人いれば色々なゲームができるし」

「そうだな」


 トランプか。久しぶりだなぁ。トランプって、こういうときじゃないと意外と遊ぶことってない気がする。それに、大富豪とかババ抜きとか4人くらいでやると一番面白いゲームも色々ある。

 トランプをやるのはいいけれど、気になることが1つ。

 美月が美緒と渚に何やらコソコソと喋っているのだ。何を話しているんだろう?


「よぉし、トランプやるよ!」

「頑張りましょう!」


 彩花と渚はなぜかトランプをすることにかなりやる気を出している。しかも、彩花の方は頑張ろうって言っているし。まあ、美月が2人に何を言ったのかおおよその想像は付くけれど。

 まあいい。俺は本気でやる。絶対に勝つぞ。

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