第6話『Girls Side ③-宴-』

 午後6時。

 夕ご飯は海鮮中心のラインナップ。渚先輩と私に洲崎町の幸を食べてもらいたいということで、直人先輩のお父様が釣ってきてくださったのだ。


「あははっ、今日は大漁だった。俺の腕は鈍ってなかったなぁ」


 というお父様の言葉通り、食卓にはたくさんの魚料理が並んでいた。お刺身、焼き魚、煮付けなどなど。これ、5人で食べきれるかな。


「うわあっ、今日は凄いね。こんなのひさしぶりじゃない?」

「まあな。彩花ちゃんと渚ちゃんが来るから頑張って釣ったんだ」

「だから、お母さんも腕によりをかけちゃった。直人が可愛い女の子を2人も連れてきたのが嬉しくなっちゃって」


 うふふっ、とお母様は可愛らしく笑う。

 お父様、お母様、美月ちゃん、渚先輩、私で食卓を囲む。ちなみに私の正面がお父様。父親だけあって直人先輩と姿はよく似ている。直人先輩が大人になったら、きっとこういう感じになるんだろうなぁ。お父様の方がワイルドな雰囲気はあるけれど。


「彩花ちゃん、俺のことを見て直人の将来の姿を思い浮かべていたな?」

「……ばれちゃいましたか」

「いいんだよ、若い女の子に見つめられると気分が若返る。それに、2人とも覚えておくがいい。25年経ったら直人は俺みたいないい男になるってな!」


 あははっ! とお父様は高らかに笑った。直人先輩もいつかはお父様のように気さくな性格になるのかなぁ。でも、あの落ち着いたクールな先輩も好きだし。

 お父様とお母様はビールを私、渚先輩、美月ちゃんはオレンジジュースをコップに注ぐ。


「じゃあ、洲崎町に来た彩花ちゃんと渚ちゃんに乾杯!」


 お父様の一声で夕食がスタートした。


「彩花ちゃんも渚ちゃんもたくさん食べてね」


 藍沢家の皆様が、渚先輩と私のことを心から歓迎してくださっているのが分かる。直人先輩はこんなにも温かい家庭で育ったんだなぁ、としみじみ思う。

 どの料理も美味しそうなので、まずは一口ずつ食べていくことに。お刺身は脂が乗っていいて美味しい。新鮮なのが分かる。


「この煮付け、凄く美味しいですね!」


 隣に座る渚先輩は満面の笑みでそう言った。美味しいものを食べられて幸せなのがこっちにも伝わってくる。それを素直に表に出せるのが羨ましい。あと、結構モリモリ食べているところも。これは運動部に入っているからなのかな?


「良かったわ。彩花ちゃんはどう?」

「美味しいです、お母様」

「あらあら、お母様だなんて。名前でいいのにね、お父さん」

「そうだそうだ。そんな堅苦しくなくていいんだぞ。それに、名前で呼んでくれた方がこっちも気分が若返るというか」

「……お2人がそう言うであれば」


 浩一さんとひかりさんは笑顔を絶やさない。きっと、それは直人先輩に受け継がれているだろう。ただ、アルバムでは多かった笑顔も、今はとても少なくなっているように感じる。きっと、柴崎さんが亡くなったことが関係しているのだろう。


「彩花ちゃん、どうかした? もうお腹いっぱいになってきた?」


 渚先輩が私のことを覗き込むようにして訊いてきた。


「いえ、なんでもないです。それにしても渚先輩はたくさん食べていますね。先輩こそお腹いっぱいになってないんですか?」

「美味しいからたくさん食べられちゃうよ。きっと、月原市じゃ新鮮な魚をこんなに多くは食べられないと思うな」

「そりゃそうさ。俺が午後に釣ってきた魚なんだから。しかし、2人に喜んでもらうと嬉しくなってくるなぁ」


 既にビールで酔っ払っている浩一さんは嬉し涙を流している。そんな夫の頭をひかりさんは笑いながら優しく撫でる。


「ほ、本当に2人が来るのが嬉しかったんだね、お父さん」


 そう言う美月ちゃんは苦笑い。引いているように見える。


「直人先輩は今頃、同窓会でしょうか。楽しめていますかね……」

「さっき、美月ちゃんが言っていたじゃない。直人なら大丈夫だって。それに、椎葉さんとか直人を支えてくれる友達が何人もいるみたいだし」

「……ですよね」


 2年経って、直人先輩は柴崎さんと向き合おうと決めたんだ。その気持ちがあるのだから、きっと大丈夫だよね。お友達が側にいるそうだし。


「もしかして、2人は2年前のことを知っているの?」

「お兄ちゃんに頼まれて、あたしから話したんだよ、お母さん」

「そうなの。小学生くらいまでは、唯ちゃんがうちに夕飯を食べに来たことが何度もあったわ。そのときは、美緒ちゃんも一緒だったことも多かった。唯ちゃんが直人に好きな気持ちを伝えた直後に亡くなったから、直人は凄くショックを受けてた。涙を流すこともできないくらいに」


 直人先輩はもしかしたら、自分が彼女を追い詰めてしまったという罪悪感に苛まれ、泣くことすらできなかったのかもしれない。


「ごめんなさいね。楽しい食事中にこんな話をしちゃって」

「いえ、気にしないでください。私は直人先輩のことを知ることができて嬉しいですから」

「私も同じです。それに、直人は自分のこと……特に過去についてはあまり話さないタイプみたいで」

「……そう。月原高校で直人が2人と出会えて良かったわ。きっと、あなた達のおかげで直人も支えられていると思う。これからも直人のことをよろしくお願いします」


 そう言うひかりさんの笑みは、子供のことを想う母親独特の温かなものだった。お母さんが私に向ける笑顔に似ている。


「私でよければ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。直人先輩のことがす……好きですから」

「私だって、彩花ちゃんと同じくらい直人のことが好きですよ。彼が嫌だと言わない限り、私と彩花ちゃんで彼のことを支えていきたいと思います」

「うん、あの子のことをよろしくね。安心したわ、2人みたいな子が側にいて。しっかりしている直人でも、1人で上京するとなるとやっぱり不安になっちゃって」


 ひかりさんの気持ちも分かる。遠く離れた月原市で直人先輩が元気に暮らせるのか。2年前と同じような目に遭わないかどうか。不安になってしまうのは仕方ないと思う。

 私も先週のことで心配をかけちゃったし、近いうちに実家の方に顔を出そうかな。急にお母さんの顔が見たくなってきた。


「……あら、お父さん酔いつぶれちゃったのね」


 よいしょ、とひかりさんは肩を貸して、浩一さんを近くのソファーに寝かせる。


「さてと、直人は同窓会をしているんだから、こっちは女子会でもしましょうか」

「女子って年齢じゃないでしょ、お母さん」

「……はっきり言ってくれるわねぇ、美月」


 はあっ、とひかりさんは笑いながらため息をつく。


「そんなことないです! ひかりさん可愛いですよ! ね、渚先輩」

「そうですよ! 最初に見たとき、ちょっと年の離れたお姉さんかと思いましたし!」

「……本当にいい子達ね。さすがは都会の人達。美月、2人のことを見習いなさい」

「はいはい」


 やれやれ、と美月ちゃんはひかりさんのを見ている。

 女子だけの宴……女子会は大いに盛り上がった。途中、3人の前で、直人先輩のどんなところが好きだとか話すのがちょっと恥ずかしかったけれど。

 直人先輩も同窓会を楽しめているといいな。

 女子会が終わってからはお風呂に入ったり、3人でテレビを観たりするなどして直人先輩が帰ってくるのを待つのであった。

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