第7話『笠間朋基』

 霊園の出口に向かって歩いているけれど、来園者が全然いない。今日は祝日だというのに。もう夕方だから来ないのかな。さっき、受付のおばさんもビックリしていたし。

 何度か後ろを振り返ってみたけれど、千夏さんの姿はなかった。俺が立ち去ろうとしたときに涙ぐんでいたから、もしかしたらあの場で泣き込んでしまっているかもしれない。もしくは俺と同じように唯のお墓参りをしているか。

 腕時計を見て時間を確認する。

「今は……5時半か」

 集合時間は午後6時だから、ここからゆっくり歩いても余裕で間に合う。

「……ん?」

 さっき花を買った受付まで戻ったところで、出口の所に俺の方を見て立っている1人の青年が見えた。明るい茶髪が印象的な青年は俺に向かって軽く手を振ってきた。


「久しぶりだな、藍沢。中学を卒業して以来か」

「そうだな。久しぶり、笠間」


 青年の名は笠間朋基かざまともき。中学時代からの俺の親友だ。笠間も剣道をやっていて、唯が亡くなった事件があっても彼は剣道を止めることはなかった。

 彼との出会いは中学校に入学した直後だった。剣道部に仮入部したときに彼と出会い、俺が剣道を辞めるまでは互いに切磋琢磨した。また、彼とは2年と3年のときに同じクラスになった。彼もこれから中学3年のクラス同窓会に参加する。


「月原に行って変わるかと思ったけど、案外変わらねぇもんだな」

「お前だって変わってないじゃないか。卒業したときのままだ」


 そう言いながらも、雰囲気は多少大人っぽくなったと思う。見た目は中学を卒業したときから全然変わっておらず、俺よりも背がちょっと低いのもそのままだ。


「高校生になっても背が伸びるかと思ったんだけどなぁ。全く変わらなかったよ。お前が小さくなることを期待していたんだけどな」

「俺、ジジイじゃねえよ」


 笠間の爽やかな笑顔もあの頃から変わっていない。そういえば、こいつ……中学のときには結構モテてたな。誰とも付き合っていなかったけれど。


「笠間は今も剣道を続けているのか」

「ああ、もちろんだ。高校でも剣道部に入って、大会に向けて頑張ってる。ただ、去年の新人戦はあまりいいところまで行かなくてさ。今度の大会でその悔しさをぶつけるつもりだ。藍沢はどうなんだ? 剣道をまたやり始めたのか?」

「……俺は何の部活にも入ってないよ。入学直後には色々薦められたし、剣道部があるから見学はしたんだけどね」

「そうか。やっぱり、柴崎のことがあったから……だよな」

「……そう、だな」


 中学3年に進級したタイミングで剣道を辞めた。

 けれど、実は高校入学直前に剣道を再開しようか迷っていた時期があった。剣道部の練習の様子を見に行ったけれど、唯が亡くなった事件を思い出してしまい入部する気がなくなってしまった。唯の好きな剣道をしてしまっていいのだろうか、と罪悪感が再び生まれたからだ。


「でも、都会の方なら部活に入ってなくても楽しいことはたくさんあるだろ? それに、勉強とかもそっちは大変そうだし」

「こっちよりかは色々遊ぶところがあるけれど、学校以外では勉強中心で、たまに遊ぶくらいだ」


 まあ、2年になってからは彩花という後輩が同居し始めたから、色々な意味で充実した日々を送っているけれど。もちろん、1年のときからのクラスメイトの渚のおかげでもある。


「そりゃそうだよな。あっちの高校でできた彼女を2人も連れてきているそうじゃないか。確か後輩の女の子の方とは同棲しているんだって?」

「色々と細かい部分で間違った認識をしてるな。その話は誰から聞いた?」

「えっ、椎名からだけど」


 また美緒かよ。あいつ、色々な人間に俺が彩花と渚を連れて帰ってきたことを言っているんだな。まあ、美緒にとっては、単に俺が帰ってきたのが嬉しくて言っているだけなんだろうけど。


「やっぱり、都会に行くと中身が変わるんだな。まさか、お前が高校で2人も彼女を作ってくるなんて」

「満面の笑みで言わないでくれ」

「俺はてっきり、藍沢は椎名と付き合うと思っていたんだけどな」

「美緒と?」

「ああ、中学のときからお前と椎名はお似合いな気がしたんだけど。まさか、こういう展開になるとはなぁ。こりゃ一杯食わされた」


 ははっ、と笠間は声に出して笑う。

 考えてみれば一番古い付き合いなのは美緒だし、唯よりも美緒の方が一緒にいた時間は多かった。そう考えれば、美緒と付き合うと思うのも仕方ないのかも。

 とりあえず、笠間にはちゃんと事実を説明しておかないと。こいつだけには事実を認識させないと同窓会で大変なことになりそうな気がしたから。


「俺が連れてきた2人は月原市の高校に通っている女の子で、後輩の方は俺と一緒に住んでいるのは事実だ。でも、一緒に住んでいるのは寮が2人部屋なのと、後輩の子を不良達から守るのが一番の理由だからな。ここ重要」

「なるほどなぁ」

「あと、連れてきた2人は俺に好意を持っているけれど、どっちとも恋人関係にはなっていないぞ。大切な存在だけれど」

「なるほどなぁ。お前も罪作りな人間だなぁ」


 そう言うけれど、笠間は大変そうだなという表情をした。


「高校に進学して、藍沢にもそういう人間ができたのか。あっちで上手くやってる証拠じゃないか」

「……どうだろうな」


 彩花と渚が好意を抱いていることを知っておきながら、俺は何も決断できていない。今は2人が互いにライバルとして、友人として仲がいいからまだしも……俺が決断しない限り必ずその関係も崩れるだろう。


「まあ、いずれ答えを出せばいいんじゃないか」

「……そうできればいいな」


 そのときが来るかは分からないけれど。

 笠間と色々なことを話してきたけど、俺は彼のことを見つけてからずっと疑問に抱いていたことがあった。


「あのさ、笠間」

「どうした?」

「どうしてお前がここで待っているんだ?」

「……ああ、椎名から藍沢が帰ってきた話を聞いたから、お前の家に行こうとしたんだけど家の前に柴崎の姉さんがいて。彼女がお前のことを尾行していたから、俺はそれを尾行してきた。まあ、ここまで来てお前が柴崎の墓参りをしに来たことが分かったから、それを邪魔しちゃいけないと思ってここで待ってたんだ」

「なるほどな」


 笠間がここで待っていたのは尾行の尾行をした結果だったのか。


「そういや、藍沢って柴崎の葬式とかには一切出てなかったよな」

「ああ。だから、唯に告白されて以来だよ、彼女に会うのは。2年以上経つんだよな」

「……ああ」


 笠間は寂しそうな表情をして俯いた。彼も俺と同じく剣道部で唯と一緒に汗を流して、中学2年の時は同じクラスだったからな。寂しい気持ちは一緒だ。


「そういえば、柴崎の姉さんが戻ってこないな」

「……唯の墓の近くでちょっと話してさ。俺への非難について謝られた」

「ああ、確か柴崎の姉さんがお前に色々と言っていたな。覚えてるよ。柴崎の姉さんのことがあって以降、お前は凄い非難が浴びせられたよな。すまなかった、当時は何もできなくて」

「……いいさ。あれで不登校になったのはお前のせいじゃないんだし」


 俺がそう言っても、笠間は納得していない様子だった。彼の言うように、彼は俺を助けるようなことは何もしなかったけれど、当時の俺に対する非難は凄惨なものだった。俺の味方をするような人間には容赦しないという空気もあった。


「でも、今となっては過ぎたことだ。もういいよ」

「……そうか。でも、柴崎の姉さんが今になって謝ってくるなんて意外だな。2年の間に何かあったのか?」

「さあ? 時間がそうさせたのかもしれない。千夏さんは唯が俺に振られたことで身を投げたとは限らないのに、そう決めつけたことを後悔しているみたいだった」

「警察も、最終的には事故って断定したからな」


 事件当時、灯岬の木の柵は一部腐っていた。唯は柵の腐った部分に体重をかけてしまい、柵が壊れたことによって岩場に転落し、死亡した。それが警察による公式見解となっている。


「岩場に落ちてゆく中、唯が何を想ったのか分からないけどな。2年前に千夏さんが言ったとおり、唯は俺に振られたことに苦しんでいたのかもしれないし」

「あんまり暗く考えるな。最後まで何を想っていたのかなんて、そんなの柴崎自身にしか分からないことだろ?」

「……そうだな」


 笠間の言うとおり、唯の心は本人にしか分からない。生きている周りの人間がそれを決めつけることは結局、彼等自身の心の負担を少しでも軽くしたいだけなのだ。

 唯の死が俺に振られたことによる自殺だったら。そんなことなく、単なる事故だったら。どちらであっても、それなりのショックを受けるだろう。

 でも、周りの人間にとって一番苦しいのは、死の間際の唯の心境が分からないことなんだ。答えが絶対に明らかになることはないから。だから、唯の死んでしまった理由を周りの人間が勝手に決めつけたがる。苦しみを少しでも無くすために。


「……千夏さんには悪いことをしたかもな」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもない。千夏さんもきっと唯に拝んでいるんじゃないかな。そろそろ、同窓会の会場に行こう。もう結構いい時間になってるだろ」

「ああ、そうだな。行くか」


 俺と笠間は同窓会会場に向かって歩き始める。

 卒業してから1年以上経って、みんなはどうなっているだろうか。それが楽しみでもあり不安でもあるのであった。

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