第22話『本心』

 第1体育館に戻ると、女子バスケ部の活動が終わったのか更衣室の周辺に多くの女子がいた。


「あの……藍沢先輩」


 声の主の方に顔を向けると、さっき……紅白戦で一緒に完封負けした4人の部員がいた。この様子だと全員1年生かな。


「藍沢先輩、さっきはすみませんでした! 私達の我が儘で先輩を巻き込んでしまって」


 4人の中で一番背の高い女の子がそう言って頭を下げた。他の3人も続く。

 紅白戦が終わって俺もヘトヘトだったけど、この4人もかなり疲れていたからな。とても強く責任を感じたのだろう。


「俺はいいよ。それよりも分かっただろ? 渚が本気になると凄いことになるって。それを覚えておくことだな」


 それは俺にも言えることだけれど。渚を怒らせるととんでもない力を発揮する。あと、香奈さんとの連携が凄かったことも分かった。あの2人がいるなら、今年はインターハイを十分に狙えそうだ。

 そうだ、せっかくだから彼女達にちょっと協力してもらおう。


「今、渚を探しているんだ。さすがに、俺が更衣室や部室の中を探すことはできないから、みんなで見てきてくれないかな。俺はここで待ってるから」

『はい!』


 4人は元気に返事をすると、2人ずつに分かれてそれぞれの場所へ向かった。ちゃんと、さっきの教訓が生かされているみたいだ。

 俺も体育館の中や入口付近を探してみるけれど、渚の姿はどこにもない。近くにいる女子バスケ部の子に聞いても、渚を見た子は誰もいなかった。

「どこに行ったんだ……?」

 泣いて立ち去ったから、人気のあまりないところに行っちゃったのかな。

 適当にうろうろとしていると4人が帰ってきた。さすがに早い。


「更衣室にはいなかったです」

「部室にもいませんでした」

「そうか、分かった。ありがとう」


 更衣室か部室に渚がいると思ったんだけれどな。

 まあいい、それよりも彼女達にお礼をしておかないと。紅白戦ではほとんど一緒に戦った仲間なんだから。


「今日はお疲れ。これからもバスケ頑張りな」


 俺は4人それぞれの頭を優しく撫でた。

『きゃあああっ!』

 4人は大絶叫をして、中には泣いてしまう子もいた。そこまで俺に撫でられるのが嬉しいのか。

 何か声をかけても混乱させるだけかもしれないので、俺はすぐに立ち去った。

 とりあえず、第1体育館は出たけれど、どこを探そうか。渚は体操着姿だから、校門の外に出た可能性は低いだろう。


「まさかとは思うけど……」


 俺達のクラスである2年3組の教室に行ってみよう。今日は学校が休みで誰もいないから、教室なら1人になれるはずだ。

 教室棟ではさすがに誰ともすれ違わない。吹奏楽部など文化部の部活動も行われているけれど、それは音楽室がある特別棟だし。

 2年3組の教室の前に着き、ドアを開こうとしたけれど鍵が掛かっていて開かない。誰かが内側から鍵をかけている可能性も考えて、ドアについているガラスから中を見てみるが誰もいなかった。

「渚、どこに行ったんだ……」

 まさか、学校の外に出てしまったのか?

 いや、もしかしたら、行き違っただけで体育館に戻っているかもしれない。そう考えて教室から歩き出そうとしたときだった。


「うっ……」


 誰かの泣き声が微かに聞こえた。もしかしたら、渚かもしれない。

 俺はその泣き声を頼りに声の主の方に向かうと、教室と同じフロアにあるパブリックスペースのベンチに座って1人で泣いている渚を見つけた。


「渚」

「な、直人……

 渚は俺のことを見るや否や走って逃げようとする。そんな彼女のの手を掴む。


「どうしてここまで来たの? 私のことなんて放っておいていいのに」

「泣いて立ち去った奴を放っておけるわけないだろ。それに、渚のことを守るって約束したじゃないか」

「もういなくていいよ。1人で宮原さんのところに帰ってよ! 直人を束縛する理由が分かったんだから、私の側にいる必要なんてないでしょ……」

「彩花の過去は分かった。でも、状況は変わってない。それに、渚を守る必要があるかどうかは関係なく、俺は渚を放ったりしない」


 俺は渚を引き寄せ、強く抱きしめる。


「……直人のばか。どうして、私に優しい言葉をかけるの? 直人のこと、諦めようって思ったのに。こんなに気にかけられて、その上に抱きしめられたら、諦めるどころか今まで以上に直人のことが好きになっちゃうじゃない……」


 渚はそう言いながらも、俺の背中に両手を回して強く抱きしめてくる。それは今の言葉が本心であることを物語っている。


「一瞬でも思っちゃったんだ。宮原さんが浅沼達に復讐されて、直人の前からいなくなっちゃえばいいって。そうすれば、直人は私と付き合えるって。だから、宮原さんとも会えないし、直人を好きになる資格なんてないよ……」


 そう言って渚は俺の胸に顔を埋め、声を上げて泣いてしまう。

 渚はきっと、自分に対する恋心をなくしてほしいように仕向けているんだ。俺に対する好意に自制が効かなくなってきているから。

 俺にそんなことが……できるわけがない。


「……渚、俺は彩花を助けたい渚の気持ちが本物だってことを知ってる。だからこそ、俺は何度も元気をもらって頑張れているんだ。現に、渚は彩花がいなくなればいいって思った自分を悔いている。それは渚の心が優しい証拠だよ」

「でも、私は……」

「誰かを好きになることに必要なものってあるのか? そんなもの何にもないだろ。周りのことなんて気にしないで、まずは自分に正直になれよ。その上で渚が決めたことなら俺はその決断を尊重する」


 渚が自分で決断することに意味があるんだ。自分の意思で決めなければ、いつかは心の中に決定的な歪みが生じ、苦しい想いを強いられることになる。渚にそんな目に遭わせたくなかった。

 偉そうに俺は言ってしまったけれど、俺自身はどうなんだろうか。俺は自分の気持ちに正直になれているのだろうか。きっと、その問いに対して首を縦に振ることはできないだろう。

「……ねえ、直人。私の気持ち、聞いてくれる?」

「ああ」

 俺がそう言うと、渚は俺のことを見上げる。


「私は直人のことが好き」

「うん」

「私は直人の側にいたい」

「うん」

「私は……宮原さんを助けたい」


 俺を見つめる渚の目はとても力強かった。それは今、渚の言った言葉が本音であることを証明していた。

 今の渚に返す言葉は決まっている。


「じゃあ、今すぐに彩花に会おう。浅沼達から彩花を一緒に助けよう」

「……うん!」


 ここに、彩花には強力な味方がまた1人増えた。

 その後、第1体育館に戻って渚が制服に着替え終えると、すぐに俺の家に向かうのであった。そこに彩花が帰っていることを信じて。

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