第17話『香奈の興味』

 午前9時。

 女バスの活動があるので、俺は渚と一緒に月原高校に向けて出発する。


「宮原さん、どこかで私達のことを見ているのかな」

「どうだろうな。俺が注意して周りを見ているから安心してくれ」


 渚の家は閑静な住宅街の中にある。なので、彩花がいればすぐに気付くことができると思う。ちなみに、今のところは彩花の姿は見当たらない。


「そういえば、ルピナスの花を贈られた理由は分かった?」

「いや、分からない。今朝、渚が言ったように、渚の家の場所は分かっていること知らせたかったんじゃないかな。自分から逃げられないんだって」

「やっぱり、それが1番あり得るのかな」


 でも、俺の居場所が分かっているだけなら、どうして花束だったんだろう。あんな呪文のようなメッセージを送ってくるような奴だから、自分の写真とかを置きそうなんだけれど。あとは、束縛したい意味を込めて手錠とか。


「渚は何か考えはある?」

「ううん、全然。宮原さんの立場になって考えてみたんだけどね。花なら何でも良かったのか。ルピナスの花じゃなきゃダメなのか。考えれば考えるほど分からなくなってきちゃった」


 そう言って渚は苦笑い。

 俺も渚と同じく、考えれば考えるほど分からなくなっている。彩花、お前は俺に何を伝えたいんだ?


「今はあまり深く考えないようにしよう。ふとしたことで分かるかもしれないから」

「そうだね」

「それに、昼には彩花のクラスメイトがあいつの過去を話してくれるんだ。その話の中にルピナスの花を贈った意味が隠されているのかもしれない」


 香奈さんに頼んで、彩花の中学時代からの友人に、彼女が俺を拘束する事実を伝えてもらった。それを知った上で彩花の過去を話してくれるということは、俺を束縛しようとする理由が彩花の体験したことにあるかもしれない。

「まずは渚を守ることに徹するよ」

「ありがとう。直人を信じて、私は練習に集中するわ」

「ああ、俺に任せてくれ」

 色々と考え込んでいても仕方ない。渚を守る、という今の俺でもできることに集中しよう。

 彩花の気配すら感じ取ることなく、俺と渚は月原高校に着いた。

 第1体育館に行くと、そこには体操着姿の香奈さんがいた。そういえば、俺達が来るときには香奈さんはいつも着替え終わっている。きちんとしているんだな。

「おはようございます、渚先輩、藍沢先輩」

 香奈さんは笑顔で挨拶をしてくる。


「おはよう、香奈ちゃん」

「おはよう、香奈さん。昨日はどうもありがとう」

「いえいえ、気にしないでください。その……彩花ちゃんが藍沢先輩を手錠で縛り付けていたというのはショックでしたけど……」


 香奈さんがそう思うのは仕方ない。何せ、彩花はクラスメイトの男子から天使と言われるほどの女の子だから。手錠を使って俺を拘束したなんて想像もしなかっただろう。それは天使というイメージとは真逆のことだから。


「でも、何か理由があるんですよね? 絶対にありますよね……?」


 香奈さんは上目遣いで俺のことを見ながらそう言う。


「きっと理由はあるさ。彩花は自分の欲望だけで俺を拘束するような子じゃない。きっと、彩花は過去に何かあったと思うんだ」

「……そういえば、昨日の夜もそう言っていましたね。だから、中学生までの彩花ちゃんを知る人と会いたいって言ったんですよね」

「ああ、そうだ」

「今の話を聞いて安心しました。そういえば、先輩が会う女の子の名前を言うのを忘れていました。一ノ瀬真由いちのせまゆちゃんです」

「一ノ瀬さんね」


 当たり前だけれど、聞いたことのない名前だ。

 一ノ瀬さんと無事に会えるといいんだけど。彩花には俺と一ノ瀬さんが会うことを知らせていないから大丈夫だと思うけど。心配しすぎなのかな。

 一ノ瀬さんとは正午過ぎに会う予定になっている。それまでは第1体育館で部活に参加している渚のことを見守っていよう。


「それにしても、藍沢先輩には見事に騙されちゃいました」

「すまなかったな。彩花のことはなるべく伏せておきたくて」

「事情を知ったので納得していますよ。それよりも、藍沢先輩が渚先輩の家で寝泊まりしているなんて。あの、色々とやっちゃっているんですか?」


 さっきまでとは打って変わって、香奈さんは興味津々に訊いてくる。純粋無垢な笑みで際どい質問をしないでくれないか。俺がどう答えても、香奈さんは俺の望まない受け取り方をするに決まっている。

 ここは渚に任せようと彼女のことを見ると、


「え、ええと……そ、そのっ……」


 渚は俺に熱気が伝わるくらいに顔を赤くして俯いていた。おいおい、そんな反応をしたら、ますます香奈さんに変な誤解をされることになるぞ。


「渚先輩がここまで悶えるということはズバリ! やっちゃったんですね!」

「やってねえから!」


 しょうがない。ここは俺が説明するしかないか。


「俺と渚は一緒に寝ただけだ。香奈さんが思っているようなことはしてないぞ」

「一緒に寝ちゃったんですか。へえ……」


 依然として、香奈さんはニヤニヤしている。この子、俺が正直に言っているのにまだ何か隠しているって疑っているな。

「期待通りではありませんでしたが、結構凄い話を聞けちゃいました。渚先輩って意外と積極的なんですね。藍沢先輩と一緒に寝るなんて」

「別に積極的なんかじゃ、ないよ……」

 と言いながらも、渚の悶え方が酷くなっていく。彼女の顔は真っ赤。かなり熟れているリンゴくらいに。完全に香奈さんのペースに乗せられてしまっているな。

 何だか、今は彩花ではなくて香奈さんから渚を守るべきかもしれない。この状況をどうにかしないと。


「渚、そろそろ着替えてこいよ。もうすぐ練習が始まるんじゃないか?」


 俺がそう言うと、渚は俺の言葉の意図を汲んだようで、

「そ、そうだね! すぐに着替えてくる!」

 と、微笑みを浮かべながら走って更衣室に行った。

「もっと話を聞きたかったのに……」

 香奈さんは露骨にがっかりとしている。女の子ってこの手の話が好きなのだろうか。


「あんまり渚を困らせるようなことは言うなよ」

「でも、気になってしまうんです。女子からモテる渚先輩が、自分の家で男子と寝泊まりしているんですから。しかも、そのお相手というのが女子からモテる藍沢先輩です。気にならないわけがないでしょう」

「まあ、そういった好奇心を持つことがダメだとは言わないけど……」


 さっきの香奈さんはどうも渚の反応を楽しんでいるように思えた。普段とのギャップがたまらなかったのかな。

「藍沢先輩は渚先輩が可愛いと思わないんですか?」

「そうだな……」

 あの告白があってから、俺は渚の新しい一面を見られた気がする。渚も俺に告白できたことで、心の中にあった柵みのようなものが取れたのだろうか。告白される前よりも断然に可愛くなった気がする。


「可愛いな、渚は」

「それだったらあたしの気持ちも分かってくれると思います。悶えている渚先輩なんてめったに見ることができないですし、可愛くて最高じゃないですか!」


 香奈さんはそう言って至福の笑みを浮かべる。実はドSなのかな、香奈さんって。

 ただ、香奈さんの言うとおり、渚が学校で悶える姿なんて全然見たことがないな。記憶にあるのは家で美穂さんにからかわれたときぐらいか。


「まあ、悶える姿が可愛くないと言ったら嘘になるな」

「もう、素直に可愛いって言えばいいのに。相変わらず藍沢先輩はツンデレさんですね」


 ツンデレって俺みたいな人間のことを言うのか? 違うんじゃない?


「何か盛り上がっていたみたいだけど。何を話していたの?」


 ちょうどいいタイミングで体操着姿の渚が更衣室から帰ってきた。もう少し早ければ再び悶えていたところだろう。


「藍沢先輩がツンデレさんであるということです」

「……直人って、私にはツンツンもしなければデレデレもしないけれど」


 今の言葉だけを聞くと、俺が物凄くつまらない人間みたいだ。まあ、渚に対してはツンツンもデレデレもしてないけど。それに比べて、彩花に対しては凄くツンツンしてるな。


「渚先輩は藍沢先輩がデレデレしているところを見たくありませんか? 藍沢先輩はクールな印象があるのでかなり興味があります」

「……そ、そうね。ちょっと見てみたいかも」


 俺がデレデレしていたら気持ち悪いと思うんだけど。俺がデレデレすることに需要なんてないだろう。

「ほら、もうすぐ練習が始まるんじゃないか。2人とも行ってきな」

「逃げようとしてますね、藍沢先輩」

「うるせえ。とっとと行ってこい」

「はぁい……」

 香奈さんは少しがっかりしながらも笑顔で他の部員のところへ行った。


「香奈さんは色々な意味で大物になりそうだな」

「そうね。もしかしたら、ああいうところが香奈ちゃんの強みなのかも。気づかないうちに相手を自分のペースに乗せていくところ。そうすれば、背の高さなんて全く関係なくなっちゃうのかも」

「そうかもしれないな」

「じゃあ、私もそろそろ行ってくるわ。今日も直人には何か協力して貰おうかな?」

「俺にできるることなら何でも言ってくれ」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」


 恒例のハイタッチをして渚は香奈さんたちの方へ行った。

 今日も特に何事もなく過ぎていけばいいけれど。でも、昨日とは違って彩花が動き出している。油断は禁物だ。

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