第18話『紅白戦』
女子バスケ部の練習が始まると、俺は昨日と同じように体育館の端の方に立って練習の様子を見学する。
今日は正午過ぎまで練習するようだ。ちょうど一ノ瀬さんが来る時間か。これなら渚も一緒に聞けるかな。
さて、女子バスケ部の練習も見てみよう。
初めは準備運動とウォーミングアップ。そして、今日は練習時間が多いということで実戦形式での練習をするようだ。紅白戦ってやつかな。
チーム分けをした結果、渚と香奈さんが別々のチームとなった。2人が同じチームにいたら結構な実力差が生じるだろうし、敵同士になることで互いにいい刺激を受けられるんじゃないだろうか。
「直人!」
「ど、どうした?」
渚に不意に呼ばれたので驚いた。
「助っ人で私のチームに入りなさい」
「……俺が?」
練習に参加してしまっていいのかな。練習の妨げになってしまうかもしれないし。
「俺、バスケは素人なんだけど。授業以外にやったことが……」
「大丈夫よ。それに、直人が入った方がやる気になる子達が多そうだし」
渚がそう言うと、俺のことをちらちらと見る部員が続出。なるほど、俺が端にいて集中力を欠くよりかは、参加させてやる気にさせた方がいいってわけか。
「分かった。俺で良ければ助っ人になろう。渚のチームに入ればいいんだな」
俺が練習に参加することになったからか、部員から黄色い声が飛び交う。
俺はブレザーを脱ぎ、渚から受け取った赤いビブスを身につける。ちなみに、番号は7番だ。渚の番号は4番か。
「思わぬ形で藍沢先輩と対決ですね」
そう言う香奈さんは白いビブスを着ており、番号は4番だ。そういえば、バスケって背番号がどうして4番から始まるんだろうな。後で調べてみようかな。
「藍沢先輩がいるからって、あたしは油断しませんよ、渚先輩」
「油断なんてしたら許さないからね、香奈ちゃん」
2人の間に火花が散っているように見える。既に俺は蚊帳の外状態な気がする。
「直人、あなたにもボールは回すから」
「お、おう」
まあ、練習に参加させてもらうからには1度でいいからボールを回してほしいところ。
普段と違って物凄いオーラが漂っているな。目つきも鋭くなっている。これが、バスケ選手としての渚の姿なのだろう。
俺も全力で参加しないと女バスの皆さんに迷惑がかかってしまう。素人なりに全力でやってみよう。
そして、紅白戦が開始された。
最初は俺と渚のいる赤チームのボール。ボールは渚が持っている。
「直人、まずはあなたのお手並みを拝見させてもらうわよ」
「分かった」
「今回だけは直人1人で決めてみなさい!」
「そんな無茶――」
「直人!」
俺にお構いなしに渚はパスを送ってくる。その瞬間に敵の白チームの女子達が、一気に俺の方に走り出してくる。
こうなったらやるしかないか。
俺は今まで見てきたバスケのプレーを思い出しながら、ゴールへ向かって走り出す。
相手は俺よりも小柄な女の子達ばかりなので、難なく抜くことができた。
ただ、彼女を除いて。
「なかなかやりますね、藍沢先輩」
そう、ゴール前で待ち構えていた香奈さんだ。彼女だけが俺の方へ駆け寄ることなくずっとゴール前に立っていた。それはまさしく最後の砦のように。こうして相対すると、小さい体だけれど、かなりの存在感があるな。
「さて、どうしますか? あたしを抜くのは相当難しいと思いますよ?」
「分かりきったことを言わないでくれるか」
背の高さや足の速さは俺の方が勝っているだろうけど、香奈さんは俺とは違ってテクニックを無数に身に付けている。おそらく、その中には背の差が大きいほど有利なボールの奪い方だってあるはずだ。
ここは一か八かやってみるしかない。
「よし、いくぞ」
俺は香奈さんを抜こうとする体勢を作る。
「えっ」
香奈さんは驚いた表情をして思わず声を漏らしてしまう。
俺は香奈さんを抜くことをせず、その場からジャンプシュートをした。
俺から放たれたボールは見事にネットに吸い込まれた。
「……卑怯ですよ、先輩」
と言いながらも、香奈さんは爽やかな笑みを浮かべていた。
「俺は決して香奈さんを抜くとは言ってないからな。実際、香奈さんを抜くのは無理そうだと思ってここからシュートしてみたんだ。それがたまたま入っちゃっただけだよ」
「でも、1度は抜く体勢を見せたじゃないですか」
「普通にシュートしても香奈さんにブロックされちゃうと思って。だから、ちょっと抜く演技でもしてみようと思ったんだ」
「それであそこまで自然な動きができるんですから、さすがは藍沢先輩です」
「……本当にたまたまだよ。球技だけにね」
「全然面白くないですから」
そこまでウケを狙って言ったわけじゃないけれど、ここまではっきりと面白くないって言われるとさすがに萎えるな。
「次は絶対に藍沢先輩をブロックしてみせますから。覚悟してくださいね」
そう言う香奈さんの圧倒的な目力に、俺は何も言葉を出せなかった。
彼女は俺のことを1人の選手として見ている。しかも、渚と同じくらいに警戒すべき相手として。こういう態度を取られたら、俺も全力でプレーをしないと失礼だろう。
「直人、いいシュートだったよ」
渚は特に驚いているようではなかった。むしろ、予想通りだと思っているかのような落ち着きぶりだ。
「偶然だよ、あんなの」
「でも、香奈ちゃんの言う通り、彼女を抜こうとしたあの動きは凄かったわ。直人が女子だったらさっそく勧誘しているところよ」
「買いかぶりすぎさ。俺はただ、素人なりに考えた末のプレーをしただけだ」
おそらく、今後、同じ動きをしたら絶対に香奈さんにブロックされるだろう。
「何にせよ、今ので直人がいても試合が成立しそうなのは分かったよ。……じゃあ、まずはこのメンバーで試合を続行しましょう。あっ、点数はゼロゼロでいいからね」
どうやら、俺は赤チームの一員として参加し続けることが決まったようだ。足を引っ張らないように頑張らないと。
そして、紅白戦が再開。
最初は白チームのボールで香奈さんが持っていたけど、渚がすかさずボールを奪う。
俺は赤チームのメンバーのポジションなどを考えて動こうとするけれど、香奈さん以外の白チームのメンバー全員が俺にマークしてくる。四方で囲まれる状況となり、俺は身動きが取れなくなる。
「ここは私がマークするから、みんなは吉岡先輩の方に……」
「えええっ! ずるい! そう言って本当は藍沢先輩といたいだけなんでしょ! 藍沢先輩と一番背が近いのはあたしなんだから、他は香奈ちゃんのサポートをしてよ!」
「いやいや、ここは私が――」
何やら白チーム内で仲間割れしているみたいだ。誰が俺をマークするかについて言い争うのはいいとして、俺に体を密着しないでいただきたい。争いが激化していく度に、4人の女の子から柔らかな感触を受ける。
これじゃ、試合を進められるわけがない。
この状況をどうにかしてもらおうと、白チームの唯一の頼りである香奈さんの方を見ると、彼女は苦笑いをしながら俺のことを見ていた。
「香奈さん! ちょっと助けてくれないか?」
「……も、もう手遅れだと思います」
「何を言ってるんだよ、香奈さんだったらきっと――」
「藍沢先輩、そ、その……」
こっちを見ろと言わんばかりに、香奈さんはある方向に人差し指を向ける。香奈さんの指さす方向にいたのは、
「直人、あなたって人は……」
昨日の朝とは比べものにならないくらいの殺気に満ちた表情をした渚だった。
――バンッ!
と、渚は持っていたバスケットボールを激しく床へ叩きつける。
「そっか、宮原さんが直人に手錠をかけるときってこういう気分だったんだ。ふうん、こんな気持ちになるんだったら宮原さんに同情しちゃうなぁ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。別に俺はこの子達とは――」
「直人に発言権なんてない!」
手錠を掛けてきたときの彩花と同じくらいに恐いな。いや、それ以上かも。おそらく、理由なんて関係なしに俺が4人の女の子と体を密着していることに嫉妬しているんだと思うけど、ここは弁明させてくれないだろうか。
「あのな、渚――」
「直人。香奈ちゃんと入れ替えね」
「は、はい。了解です」
どうやら、何を言っても駄目そうだ。
俺は香奈さんとビブスを交換し、白い4番のビブスを身につける。
渚と香奈さんが同じチームになったら、それはもう最強なんじゃないかと。この後どうなるかが非常に恐い。
「直人にちゃんと女バスとしてのおもてなしをしないとね。あのプレーを見せられたら、今度は私が全力で相手してあげないと」
笑顔で言われると物凄く恐いんだけれど。怒りを顔に出してくれた方がまだいい。
「香奈ちゃん。白チームを完膚なきまでに叩きのめしてあげようね。直人は私がマークするから、緊急のとき以外は直人に絶対に近づいちゃダメなんだからね!」
『は、はいっ!』
さすがに恐れを抱いているのか、香奈さんを含めた赤チームのメンバーは震えた声で返事をしていた。一緒のチームなのに、まるで敵チームのメンバーのような反応だ。
「さあ、直人。私を敵に回すとどんな目に遭うのか覚悟しなさい……」
そんなことを言われなくても渚の顔を見ればどうなるか想像付くって。恐ろしすぎて脚がガクガクと震えてしまっている。体を密着させている白チームの女の子も、さすがに俺から離れた。すぐに離れれば渚はこうならなかったんだよ。
厳かな雰囲気の中で紅白戦が再開される。
圧倒的な気迫で挑む渚と、それに唯一対応できる香奈さんの2人のプレーで、赤チームが見事に完封勝利をしたのであった。
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