第10話『ベッドの上で』
4月26日、金曜日。
いつになくいい目覚めだった。自分から起きることはこんなにも気持ちのいいことなのか。普段は彩花に部屋をノックされて起きるから眠気が残る。
部屋の時計を見ると午前6時。普段よりも起きるのが1時間くらい早い。俺が自発的に早起きできたのは、
「んっ、なおとぉ……」
俺の隣で気持ちよく寝ている渚のおかげなのかな。渚は寝る前と同じように、俺のことを抱きしめて寝ている。渚の頭が俺の胸元にある。
「どうすりゃいいんだ……」
ここまで気持ち良さそうに寝ていると、むやみに動いてはいけない気がする。すっきりと目が覚めたのに二度寝をするのも癪だ。どうする。
「……あれ、電話が来ていたのか」
布団の上に置いてあった俺のスマートフォンのランプが緑色に点滅している。寝ている間に誰かから電話があったのか。全然気付かなかった。
スマホを手にし、画面を確認すると、寝ている間に不在着信が1件あったようだ。発信者の名前は、
「あ、彩花か……」
予想はしていたけど、実際に彩花の名前を見ると驚いてしまう。怖い気持ちもあるけれど、早くも気持ちが纏まったのかと期待する自分もいる。メッセージもあるので、とりあえず聞いてみることにしよう。
『先輩、電話に出ないということは、今頃、吉岡先輩とあんなことやこんなことをしてしまっているのですね。あうぅ、恨めしいというよりも羨ましいです。吉岡先輩のどこがいいんですか! 私は先輩よりも胸は大きいですし、直人先輩を気持ちよくさせる自信だってあります! ふん! 別にいいですよ。今夜は直人先輩の部屋のベッドで、先輩の匂いに包まれながら寝ますので。先輩にえっちなことをされる妄想をしながら寝ちゃいますので! 勝手に人のベッドで寝るなって怒らないでくださいね。それよりも忘れないでください。私は今でも直人先輩に物凄く怒っているんですからね!』
そこでメッセージが終わった。
ううん、怖い内容であることは間違いないんだけど、彩花の声が可愛いからかそんなに怖くない。
とにかく、分かったことは一晩で考えは纏まらないということ。むしろ、悪化してしまっているようにも思える。この様子だとしばらくの間は自分の家に戻れないかな。
俺がそんなことを考えていると、
「はぅん……」
渚は突然猫なで声で唸り始めた。渚がそんな声を出すとは思わなかったよ。例え寝言でも。どんな夢を見ればそんな声を出すことになるんだ?
唸っているだけの渚だったけれど、しばらくすると手を動き始めた。渚は俺の体をさするように右手を無造作に動かす。その絶妙な力加減のせいかやけにくすぐったい。
渚の右手を掴んで事態の収束へ向かおうとしたら、予想外にも手を力強く振り払われて逆に俺の左手が掴まれてしまうことに。渚の口元まで強引に持って行かれ、人差し指を咥えられてしまう。
――くちゅっ、くちゅっ。
渚は音を立てながら人差し指を舐め回す。口の中の生暖かさと絶妙な舌使いのせいで力が抜けてしまって、彼女の口から人差し指を抜くことができない。
本当に渚はどんな夢を見ているのか。棒状の飴を美味しそうに舐めているのだと思いたい。
まずいぞ、こんなところを美穂さんに見られたら――。
「渚、そろそろ起きなさい。今日も朝練じゃ……あら?」
タイミング悪すぎですよ。
美穂さんは俺達のことを上から覗き込むようにして見ている。
美穂さんの視線はもちろん、俺の指を美味しそうに加える渚の口元。美穂さんはそんな娘の姿を見て……わ、笑ってるぞ。
「……そういうことだったのね」
「どういうことですか?」
「……昨日は気持ち良かった?」
「何を想像しているんですか。俺達はあの後すぐに寝ましたよ」
自分の娘が俺といかがわしいことをしていたと思っていたのか。
「そうなの? 渚はいつも自分で起きるからね。起きるのが遅いのは夜遅くまで藍沢君と何かしていたんじゃないかって……」
「いえいえ、何もしてませんから」
強いて言えば、渚に抱きつかれながら寝たことかな。
「そう? まあいいわ。じゃあ、藍沢君が起こしてあげて」
「……この状況で起こしていいんですかね」
「いいわよ。それに、今ぐらいの時間に起きないと、朝練に間に合わなくなっちゃうかもしれないから」
「美穂さんがそう言うなら、すぐに起こします」
「じゃあ、よろしくね。もう朝ご飯はできてるから」
「はい、ありがとうございます」
俺がそう言うと、美穂さんはにっこりと笑って部屋を出て行った。あの笑顔を見ると、やっぱり高校生の娘がいるとは思えないなぁ。娘に劣らず可愛らしい笑顔だ。
さてと、美穂さんに頼まれたからにはさっさと起こさないと。俺の指を咥えながら気持ちよさそうに寝ている渚には悪いけれど。
「渚、起きろ。朝だぞ」
俺が優しく体を揺すると、
「う、うぅん……」
渚は可愛く唸るが起きる気配は一向にない。相変わらず俺の指を舐め回しているし。どれだけ長いんだよ、夢の中に出てくる棒状の飴は。
こうなったら、奥の手だ。
「渚、朝だぞ。起きなさい」
俺は彼女の耳元でそっと囁いた後に、優しく息を吹きかけた。
「ひゃあああっ!」
効果覿面だった。
渚は一瞬にして目を覚ました。今もなお俺の指を咥えている口を見て、その視線がゆっくりと俺の方へと移ってゆく。
「あっ、あっ……」
渚が俺の指を解放すると、指から生温かい彼女の唾液がシーツへと伸びる。
ようやく、自分のしたことを分かった渚は一瞬にして頬を赤らめて、絶叫しながら部屋を飛び出してしまった。
どうやら、俺はちゃんと任務を果たせたようですよ、美穂さん。渚の眠気は一気に吹き飛んだと思いますから。
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