第11話『夢のお話』

「行ってきます、お母さん」

「行ってきます」

「2人ともいってらっしゃい。藍沢君、渚のことよろしくね」

「分かりました」


 午前7時。

 朝練のため、俺は渚と一緒に彼女の自宅をを出発する。朝練は7時半開始なので、もう少し遅くても大丈夫とのことだけど、今日は俺がいるので早めに出たそうだ。

 外に出ている間は、周りに気をつけなければならない。彩花がどんな行動をしてくるか分からないけれど、登下校中に襲ってくる可能性は十分に考えられる。四六時中、俺は歩きながら周りの様子を伺っていた。


「そんなに注意しなくても大丈夫だと思うけど……」

「油断は禁物だ。俺が周りを見ているから、渚は安心してくれ」

「……直人がそんなことしてたら、逆に安心できないよ」


 渚は露骨にため息をついた。


「そんな過剰にならなくても、直人が側にいてくれたらそれで十分なの。いざというときに守ろうとしてくれればそれでいいんだから。場合によっては、私が直人のことを守るから」


 そう言って、渚は手を繋いできた。渚に守られてしまったら情けないな。


「手を繋ぐくらいなら、別に宮原さんに悪いとは思わないよね」

「……そうだな」


 渚が強い女の子だと思ったのはこれで何度目だろうか。

 俺は彩花のことを過剰に恐れていたんだ。だから、必要以上に周りを警戒してしまったのか。彩花のことを信じていかないとダメだな。もちろん、渚のことも。誰も傷つけることなく、自分の答えを見つけることができると。


「渚は凄いよ。俺もしっかりしないとな」

「……そんなことないよ。だって、その……」


 渚は視線をちらつかせているので、俺となかなか視線が合わない。


「……直人の指、咥えちゃったから」

「あ、ああ……そのことか」


 朝食のとき、美穂さんに指咥えの件で弄られて渚は物凄く不機嫌だった。それなのに、どうして自らその話題をわざわざ振るんだか。


「俺は別に気にしてないけど。寝ぼけて咥えたんだろう?」

「……そう思ってくれているなら有り難いよ。怒っていると思っていたから。だって、私のせいで早く起きちゃったんでしょ?」

「いいや、その直前に目が覚めたよ。普段よりも気持ちのいい目覚めだったぞ」

「そっか。でも、直人には迷惑かけちゃったね。ごめんなさい」

「気にしないでいい。それに、指を咥えていたときの渚はとても気持ち良さそうに寝ていたからな。きっと、いい夢でも見ていたんじゃないか」


 正直、どんな夢を見ていたのか気になっている。指を咥えてしまうような夢って一体何だったんだろう。俺の予想ではとても長い飴を舐めている夢だけれど。

「うっすらとしか覚えてないんだよね。直人がいたんだけど……」

「俺がいたのか」

 まあ、夢なんて起きた途端に忘れるもんだからなぁ。

「でも、ちょっとずつ思い出してきた。それで、私が直人に……あっ」

 渚の言葉がピタリと止まる。同時に顔全体を赤くする。そんな渚の様子で、俺は彼女が夢の中で何をしていたのかが想像できてしまった。

「無理して言わなくていいんだぞ」

「……ううっ、ごめん」

 俺の指を咥えていたのはそういうことだったのか。まったく、感情というものは思わぬことに繋がってしまうんだな。

 恥ずかしいのか、罪悪感を抱いているのか、渚は俯いてしまう。仕方ないか、夢の中で舐め回しちゃったんだから。


「渚の見た夢の話はこれで終わりにしよう。な?」

「……そうだね」

「それにしても朝練か。俺は初めてだな」

「何も部活には入ってないもんね。でも、中学の時は剣道部に入っていたんでしょ? そこでは朝練はなかったの?」

「そういえばなかったな。家の庭でたまに自主的に素振りはしていたけど」


 俺の通っていた中学には剣道室もあったから、朝練をやろうと思えばできたはずだ。部員が10人もいなかったからやらなかったのかな。放課後の部活も緩かったし、よく団体戦で県大会のベスト4まで進めたと思う。個人戦では優勝したけど。

 何はともあれ、当時は朝練というものに憧れを抱いていたこともあった。今はゆっくり寝たいので特に魅力も感じないけど。


「朝練に行くってことはあれか、俺も女バスの生徒に会うわけか」

「そうだね。後輩の中に宮原さんのクラスメイトでお友達の子がいるよ」

「ということは、その後輩から俺と彩花の話は聞いたのか」

「ああ、2人が付き合っているんじゃないかっていう話ね。直人の言う通り、後輩の子から聞いて、直人と宮原さんが付き合っているって思ったの。妹か親戚の子じゃないのに一緒に住んでいることを知ったら、そう思う生徒は多いんじゃないかな」

「それが彩花の作戦だったんだよな……」


 ただ、どうして彩花はそこまでするのか。の理由を話してくれるのを今は待っている。昨晩、俺が寝ている間に届いた着信メッセージの様子だと、理由を聞けるのはまだまだ先になりそうだけれど。


「直人は自分への好意以外に何か理由があると思っているんだよね」

「ああ、そうだ。出会ったきっかけが彩花を不良から助けたことだから、同じような目に遭わないためっていうのも一つの理由かも。できれば、彩花から話してほしいけれど、俺も彩花のことを色々と調べていった方がいいかもしれないな。だから、渚に協力してもらうことがあるかもしれない。俺には縦の繋がりがほとんどないからな」

「部活の後輩からってことね」


 1年生である彩花の情報を集めるなら、彼女の同級生から話を聞くのが1番かな。そうなれば、バスケ部の後輩がいる渚の方がいい。しかも、彩花の友人もいる。それに、渚は後輩からも信頼されているし、彼女の頼みであればきっと彩花のことについて教えてくれるだろうから。


「そのときは遠慮なく言って。協力するから」

「ありがとう、渚」


 渚には頭が上がらないな。

 色々と話しているうちに月原高校の校舎が見えてきた。他の生徒の話し声が全然聞こえない中で登校するのは新鮮だ。


「あっという間に着いちゃったな」

「そうだね。直人と登校するのは初めてだったし、楽しかった」


 そういえば、渚と登校するのはこれが初めてだったのか。

「……あっ」

 渚は声を漏らすと、俺から手を離した。


「私達は恋人同士じゃないもんね。学校で手を繋いでいるところを見られたら、変に誤解されちゃって直人に迷惑かけちゃう」


 彩花と付き合っていると思われているからな。渚と手を繋いでいる場面を誰かに見られたら確実に騒ぎになると思っているのか。俺は別に迷惑をかけられてもいいけれど、ここは渚の意思を尊重しよう。

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