114期 感謝を

初めてその行為に挑んだときのことは、今でも鮮明に覚えている。

振り下ろしたナイフ。それが肉に食い込む感触。骨を切る音。骨を切る感触。吹き出す血。その血の生臭く、生暖かく、ねっとりとした感じ。恐怖に驚いたかのように口と目を見開いた顔。


首と胴体が切り離されたあとに、口が動き、手足が動く。切り口から血がドクドクと流れ、まだ生きているかのような行動をとった。


一瞬ののち、恐怖が僕を襲った。命を奪ってしまったことが耐えられなかった。

叫び狂った。そのあと、出もしないのに嘔吐を繰り返し、喉が焼けた。

毎晩毎晩目を閉じればそれが鮮明に呼び出されては、叫び、嘔吐を繰り返した。


初めのうちは耐えられないものだ、と先輩は言っていたが、こんな恐ろしいことにいつか慣れてしまうかもしれない自分自身がもっと怖かった。

ただ、ひとつわかってきたことがある。自分が生きるためにはそうするしかないのだ。


目を瞑り、現実から逃れるようにナイフを振り下ろしていたこともあった。見なければ、それほど衝撃も大きくないだろうと。

しかし、中途半端なことをすれば、一瞬の痛みで済むところが、苦痛を与え続け余計にもがき苦しめることになるのだと、気がついた。

命を奪うものとして、自分の罪の重さから目を背けてはならないと思った。

だから、ナイフを振り下ろすときは、絶対に目は閉じない。消え行くその命、最後まで自分で見届けるのだと決めた。



「こーら、なにしよっとかね」

遠くの方で、先輩おばさんが僕に言う。

「はやくせんと、コッコのほうが可哀想だろがえ」

鶏の首を持ち、立ち尽くす僕におばさんが言った。確かにいつまでもこのままでは鶏が可哀想だ。首を落とす前に、鶏が窒息死してしまう。



僕は、鶏を固定して、その細い首にナイフを振り下ろした。

ナイフが肉に食い込む感触。骨を切る音。骨を切る感触。吹き出す生臭く、生暖かい血が、僕にかかる。


生きている命を奪って、僕らは生きている。

僕らがいま生きていることに

僕らのために失われた命に

感謝を……。

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