【幻痛部隊】
2043年8月16日、ブルージャ・ハリファと呼ばれる砂漠地帯への進駐作戦が決行された。亜音速輸送機MV-67の4本のローターから放たれる爆音は、サンチネル合金装甲で厚く守られた機内へまでも鈍く響いている。まだ新人だと自称するパイロットは不安そうな顔で30センチ四方のパネル式の端末の画面を眺めながら作戦指示書を何度も何度も読み返す。カーキの軍服に申し訳程度のヘルメット、その肩に乗せられた空軍操縦手用のパッチはまだ真新しい。そんな彼を尻目に、無線担当のクルーは電子煙草を嗜みながらパイロットの肩を2度ばかり叩く。その顔には一抹の不安も感じられず、むしろこれからの戦闘を楽しみにしているようにさえ見えた。
「なぁ、操縦手さんよ?初めてで緊張しているだろうがこの機体の頭は純国産AIだ、お前が何をしようと最善のルートでエスコートしてくれる名品。しかも今回の荷物は運が良い事にNBFの精鋭部隊、俺たちは上からショーを眺めていればいい。」
「NBF?」
「あぁ、そうだ。そのページには書いていなかったか?確か35番に詳しく載っていたはず、検索してみろ。」
言われるままに操縦手は端末を操作する、暫くすると指揮書E-35にその部隊の詳細が書かれているのを見つけた。2時間も座り続けていたシートを少し倒し、上へスワイプするとコックピットの正面ガラスはその内容を一面に映し出す。
最新の歩兵部隊であるNBFは先天性無痛症患者のみで構成された≪一切の痛みを感じない≫精鋭たちであった。小銃弾や爆風で四肢を弾き飛ばされようとも戦闘を継続でき、損傷を受けながらも怯む事の無いその姿から、≪現世の死神≫との通称が名付けられるほどだ。
「ふぅん…。」
「な?こいつらが俺たちの真後ろにいるんだ、少しは安心できたろ?」
「ああ、まぁな…。」
離陸から2時間と30分が経過した。操縦手は端末を見るのを止めると、再度操縦桿を握った。機内無線を取り、一息ついてから降下地点到着の連絡を行う。機体後部のハッチがゆっくりと開き、それと同時に6名のパラシュートを背負った隊員が飛び降りる。体を押し返すような風圧を受け流す為に体を大きく伸ばして腹を突き出すようにして高度を落としていく。14000…12000…9000…と高度計はその数字を克明に刻み続け、1400を指したと同時に6つの傘が大空に姿を現した。
眼下にはレンガ造りの集落が見える、ここが今回の制圧目標だ。中央の大きな屋敷を囲むようにいくつか小屋のような施設が周りを埋め尽くす。そこから200mばかり離れた地点に降りると、パラシュートを外し、アサルトライフルを取り出す。
「作戦は2時間以内だ、さっさとケリをつけるぞ、あの土人共に正義を打ち込んでやれ。あまり時間をかけ過ぎるな、砲兵の掃討砲撃に巻き込まれちまう。」
隊長格の肌の黒く灼けた男が声をかけると隊員は敬礼を返し、「了解」と答えた。
足並みを揃えた部隊はあっという間に家屋へ辿り着くと、土けた壁にぴたりを体をつけ、周囲を伺う。砂交じりの風がパチパチと時折肌に当たり、さっきまでの足跡もあらかた消し去ってしまった。誰も居ない事を確認すると、MOVEのジェスチャーをして少しづつ中心部へと進んでいく。足元が砂からあぜ道に変わり、中央の施設は上空から見た時よりもより一層大きくなった。目の前には巡回の歩哨が2名世界最小の大量虐殺兵器と謳われたAK-を携え、談笑しながら歩いていく。隊長は隊員に右の男を狙うように話すと、カウントを始める。3…2…1…サプレッサーに押し殺された銃声は微かで、放たれた弾丸は吸い寄せられるように両名の脳天を砕いた。卵の殻が割れるように飛び散った残骸から流れ出たどす黒い血液が一瞬で道を染め上げる。
「もう時間がない、突っ込むぞ。」
その声を待っていたかのように中央棟へ突撃をかます。木製のドアを足で蹴破ってみれば、中では黒い戦闘服の男たちが酒を飲んでいる真っ只中であった。よどんだ空気の中を弾丸が何十発と切り裂いていく、柱を盾にして隠れると銃撃戦が始まった。
耳を劈くような発砲音の中一人、また一人と打ち抜いていく。こちらも数名被弾したようだが、その射撃は全く衰えない。見れば打ち抜かれた右腕から左手へと銃を持ち替え応射している。「あぁ、やっぱり左じゃぁ難しいな」と笑いながらこちらへ目くばせしている様はまるでゲームの主人公のようだった。あらかた片づけてから先導しようと右足を踏み出そうとするが、まったく体が進まない。見れば膝から下が大きく抉れ、骨がへし折れているらしかった。隊長はめんどくさそうに止血帯で縛りあげると、なおも奥へと進んで行った。数歩進んだあたりで急に後ろから爆音が響いた。屋根には大穴が空き、そこから弾けた建材が四方へと飛び散った。するとまたすぐに同じ爆音が響く、今度は建物左手に命中したらしい。一人が射線に気づき、その方向を指さした。そこには対戦車ロケットを構えた兵士がこちらに向かって照準を定めている真っ最中だった。咄嗟に左手でハンドガンを引き出し、発射する。弾丸は敵兵の右足を直撃し、よろけたせいでロケット弾はあらぬ方向へと飛んで行った。味方が数発カウンター射撃をかけると、敵兵はその場に倒れた。それを最後にこの町はすっかり静まり返った。壁には無数の弾痕が残り、何十人という敵兵が無力化され、無残にも打ち捨てられていた。足を撃たれた隊長がほかの隊員に引かれて街から出ようとした時にがれきの向こうから微かな声が聞こえた。
「なんだ?今のは?」
「さぁ?分かりませんが向かってみましょう、隊長と負傷した3人は先に戻って下さい。我々で捜索してきます。」
「任せた、砲撃までもう時間がない、すぐに合流するんだぞ。」
隊長はそう言い残すと部下に連れられて街を後にした。残された2人が声の場所へ向かうと、少女が一人倒れていた。右腕は瓦礫に挟まり、身動きが取れなくなっているらしい。近寄ってみると見知らぬ言語で何か話していた。当然我々には理解できる訳けも無かったが、それでもその目は助けを乞う目その物だった。瓦礫は数トンはあろうかという物でとても退かせる物ではない。彼はこれが手っ取り早いと言うとポケットからナイフを取り出し、何の躊躇もなくその右腕へと突き立てた。
引き攣った顔をした少女は大声で叫び、左腕で彼の手を止めようとしたが、彼らはこの≪安全で確実な救助作業≫の何を拒む必要があるのかさっぱり理解できないでいた。一つ、また一つと鋭利な刃物はその肉を裂き、切断面には液状凝血剤が垂らされる、麻酔は無い。その間にも少女は泣き叫び、幼い体には重すぎる痛みから一刻も早く逃れようと力の限り暴れ続ける。2人は体を強く押さえつけ、ついに上腕骨を叩き切った。今まで聞いたことのないような叫び声と共に、少女は体から何かが抜けたようにぴたりと動かなくなった。切断された腕先を保護材で包むと、二人は少女を担いで離脱地点へと足早に去っていった。
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