【無脳小説家】

 結論を言ってしまえばもう既に人間の物書きたちは一人残らず生き残ってはいない。この話の始まりは今からもう少しだけ過去へと遡った地点から話すべきだろう。

 

 僕は趣味の物書きだ。少しばかり前からアイデアを思いついては駄文にして、あるサイトで公開している。当然そんな事だから評価も付かなければレビューも貰えなかった。それでも1週間経ってまたプレビュー数を眺めると、その数字が0から1や2へと増えているだけでたまらなく嬉しかった。何処の誰かも知らない人が自分の小説を読んでくれていると思うと、それだけでまた書きたいと思えた。


 いつしかそれが日課になった。同時に自分より沢山の評価を貰っている人が羨ましくって羨ましくって、気に入った作者の話を何度も読み返して面白い小説の作り方を何とか真似できないかと考え始めた。それと同時に語彙力を鍛えるために一流の作者の独特の言い回しとか、表現の仕方を勉強した。どれもそう簡単にはいかなかったけど、諦めたくは無かったんだ、その瞬間にそこでこの終わりが来るような気がして。


 そんな毎日を過ごしていたとある日に、インターネットニュースサイトを眺めていると、トップに大きく、目立つフォントで≪新作小説が発行部数20億部の偉業を成し遂げた≫と言う記事が載っていた。作者は「イア」って名前らしく、しかも全言語への翻訳済みでどの国でも同時発売出来た事もあってここまで一気に伸びたそうだ。

当然ここまでの超ベストセラー作品だから僕も読まなくちゃと思って探してきた。


 その話は今まで見た事も無い語り口と驚くほど濃密な筋書きで、これこそ小説の最高傑作とも言うべき物であったし、これなら20億部発行も頷ける仕上がりだった。でも、それと同時に僕はある種の自己の限界点を思い知らされた。僕だって趣味とはいえ物書きなんだ。だけど、もう何十年何百年と修業したって、勉強したって、書き続けたってこの一作を超える事は出来ないんじゃないかって思えたんだ。


 その2週間後、出版社からネタばらしがあった。あの作品の作者は≪最大手人工知能メーカーの新作≫で、創作活動に特化したAIプログラムだった。それだけに表現力も桁違いで、オンライン上からありとあらゆる作品を読み込ませて最も読み手が面白いと思う構成の作品を導き出し、生成する事で今回の偉業にたどり着けたらしい。


 そこからはもう一瞬だった。世界中の読み手はそのAIの作品しかもはや眼中に無くなった、人間の書き手は確かに良いものを作ったけどそのどれもがあのAIには敵わなかったんだ。出版社ももはや売れない作品たちに興味を失い、プロと呼ばれていた小説家たちは次々と転職したし、アマチュアの小説家たちもいわば完成形とも言える最高の作品を見せられたことでその創作意欲を失ってしまった。自分がいくら努力したって絶対に無理だって確信させてしまうほど、その作品は誰にとっても魅力的な物だったんだから。最後に残った一部のコアな≪人間小説家≫のファンたちも「イア」がその作風を完全にコピーした上で更に昇華させた名作を出した事で、みんな彼女の虜になってしまった。


 とても可笑しな話だろう?人間たちに残された最後の砦とも言われた発想力すらも機械に奪い取られるだなんて。確かにあの作品群は息をのむほど面白い、完全で、緻密で、文学作品という分野の行き着く終点のようなものとも言えよう。

でも僕は、そうだとしても僕の作品を見てくれる見ず知らずの誰かの1プレビューが何よりも堪らなく嬉しいから、誰かに見てもらえるかもしれない限り書き続ける。

 こんなのだから僕は彼女の≪試作品≫止まりだったのかも知れないけれど。

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