【脳死体と四肢体】

 永久に生き続ける事、これは専ら金持ちたちの夢だと語られてきた。

しかし科学の発展とは計り知れないもので、今となっては常識になりつつある。

 今から遡ること30年前の事だ、世界一の富豪とも言われたF氏が全研究機関に対して「永久の命の技術作成に成功した者には私の資産の8割を割譲する」と発表したのだ。

8割と言えどその資産は非常に膨大で、一般人では使い切る事すら難しいと考える者まで現れるほどであった。

これに刺激された科学者たちは文字通り世界一の金と名誉の為、研究を開始した。

もはやそこには今まで語られてきた倫理やら価値観などは無く。ここに書くことすら躊躇う程の狂気にも似た数々の「実験」が行われた。


 数年後、それは大まかに2つの技術として完成した。

1つは医者を多く雇い入れていたチームによる成果で、人に関わるありとあらゆる部位の臓器及び四肢移植を可能にした。

2つ目は生物学者で構成されたチームの物で、特殊な培養液に欠損した部分を漬けることにより、その傷や疾患を完治させる物であった。

 F氏は暫く悩んだ挙句に1番目の移植技術者たちに約束通り資産を割譲する事にした。彼は技術者たちに追加で資金を渡し、「もし私の身に何かあったときはこの金で何としてもドナーを探し出し、私を生かす事に全てを掛けなさい」と自らの今後を考えて密かに契約を交わした。

 しかし、生物学者のチームはこれに怒り狂った。その資産と名誉の為に彼らは全てを犠牲にしたにも関わらず、その全てがこの一瞬で水泡に帰した。リーダーはそれを苦に自殺。科学の発展の大義名分を失った残りの研究機関は全て人権無視の殺人者集団として世間からの強烈なバッシングを受け、何百人もの科学者達がその重圧に耐えきれず自ら命を絶った。


 それから数週間後、F氏があるオペラハウスに入ろうとしたとき、黒色の高級車が彼の元へ突っ込んだのだ。百数キロまで加速した鉄塊は周囲のSPや車両を巻き込み大事故を起こした。これによりF氏は四肢を吹き飛ばされ、内臓も使い物にならないほど損傷した状態となり死亡したかに思われた。その後すぐに唯一無事だった彼の脳だけはあの医師チームの待つ病院へ運び込まれた。

 直ちに手術が行われ、約束通り脳以外の全ての部分は新鮮なドナーに置き換えられた。F氏は傷口の安定と経過観察の為、暫く入院することとなった。

 だが、時を同じくして何者かが警官に賄賂を贈り、事故現場から千切れた彼の遺体を全て持ち去った。

それは紛れもないあの生物学者たちであった。学者たちはそれをすぐに培養液に漬けると大きな装置を動かした。低周波が響き渡り、その遺体はみるみる元通りになった。一人が冷凍庫へと歩みより、何かを取り出した。そこには自殺したリーダーのタグがつけられた脳が保管されていた。「これがせめてもの弔いだ」と残った学者たちは完全に修復されたF氏の脳以外の全ての部位をつなぎ合わせ、その脳を移植した。


それから丁度1か月が経った。両者は最高設備を持つ同じ病院から時を同じくして出て来た。最初にF氏が新しくなった体でSPへ「やぁごきげんよう」と声をかける。

 しかしこれにSPは見向きもせず、再生された元F氏の体を持った学者のリーダーに深々と頭を下げ、リムジンへと案内した。

たまらずF氏は「何をしている!ふざけるのも大概にしろ」とSPへ怒りに任せて殴りかかった。だが、SPはそれを華麗に避けると彼の頭へ弾丸を叩き込んだ。

そして「F様申し訳ございません、あなたを騙る無法者はしっかりと処分致しました。あなたはつい最近狙われたばかりです、同じことは二度と起こさせません。」

と言うと運転手に合図をして自分も乗り込み、リムジンを病院から発進させた。

  

 快適な車内で冷たいシャンパンを飲みながら「見た目だけが残された」新しいF氏は当初の約束通り、「永遠の命」を手に入れたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る