【生体声帯代替装置】
共産主義を掲げる極東の大国で国を揺るがすほどの大きな事件が起きた。
この国は完全な情報統制によって維持され、偉大なる指導者である「我らが兄」と呼ばれる1人の発言によって全てが決定されることが出来る体制であった。
しかし、このような国が富む訳もなく、国民は常に餓えており、極寒の気候の中行われる重労働、医者の不足。その反面、上層部は国民から取り上げた十分すぎるほどの物資を元手に潤沢な生活を行っていた。
だがその日だけは違った、側近たちは今までにない程の事態に直面していたからだ。
1963年11月22日金曜日、彼らの偉大な指導者が国家反逆者の襲撃により頸を鋭利な刃物によって斬りつけられる事件が発生した。犯人たちはその場で親衛隊により射殺されたが、その傷は深く、一切の予断を許さない状況であった。
この事件「処遇」はすぐさま当局によって物理的抹消作戦が取られ、目撃者は全て消去されることとなった。
その27時間後、国家最高衛生局医務特科の手術室に運び込まれた指導者(以下S氏と呼称する)はなんとか一命を取り留めることが出来た。
しかし、残念なことにひどく損傷した声帯だけはこの国最高の医学チームをもってしても元通りにすることは出来なかった。
類稀な才能であるプロパガンダと演説を得意としたS氏にとって、話せない事は何よりも避けなければならない事態であり、このまま彼が話すことが出来なくなろう物ならばこの国の衰退と滅亡は確実な物となる。
側近たちは考え抜いた挙句、科学チームを総動員し、彼の「声」を再現できる装置の開発を思いついた。国家最高極秘計画が組み立てられた。当時最高の実績を誇っていた人工知能分野の科学者たちには彼の脳波によって読み取られた単語を文章化する機能の作成が命じられた。
その時に「我らが指導者は絶対的な正義であることから。常に正しい文語を選択し、補正するAIの設定」が設計に於ける最重要事項とされた。
それから数か月、我が国の圧倒的な科学力と技術力によって「声帯代替装置」は完成した。
長らく行われ無かった演説が再開されると国家統率省から連絡が行われると、熱心な模範的国民たちが道を埋め尽くすほど押し掛けた。
開始の数分前に彼は十分に満足したと言う顔で装置を分捕り、民衆が集う演説台に上った。
「あー、諸君、私はさらなる加速的な理想国家実現のために資本主義へ移行する」
その口から出たのは思ってもいない言葉だった。いや、言い間違えた、正しくは全体主義社会と言おうとしたのだと頭の中に思い浮かべる。
しかし、幸か不幸かAIは本当の意味での正義を学習してしまっていた。
脇からは側近たちが中止させようと飛び出すも「S氏の熱狂的な信者で構成された親衛隊」の弾丸に体を貫かれ、次々に国家反逆罪で現行犯逮捕された。
「模範的」な観衆たちはその言葉を大統領の声だとして一気に賛同し、その国は1日にして資本主義自由社会へと転換した。
絶対的な正義の肩書を持った人工知能の考えを話すだけの「偉大なる指導者」は、 もはやその声帯の為の「生体代替装置」であった。
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