【判決は極刑、無罪】
「本日より、殺人及び傷害罪の最高刑を無罪とします」
政府から出されたその声明に、市民たちは耳を疑った。
「政府はいったい何のおふざけのつもりなんだ?」
「とうとうこの国も終わりか」「もはや、司法は死んだのだ」
彼らは口々に呟く、それと同時に人の波と防波堤のように整然と並んだビル群を抱える街のどこかから多数の悲鳴が上がる。うなるエンジン音、そしてその刹那響き渡る壮絶なまでの衝突音と地震にも似た振動。
アクセルを全力で踏んだと思われるトラックが幾多の人であったものを正面に押しつぶし、街路樹をなぎ倒しきれずに黒煙を上げて止まっていた。
ここだけではない、この声明が出されたその日、全国でありとあらゆる凄惨な事件の発生が報告された。
都心スクランブル交差点に3tトラックが突っ込み30名以上が死傷。帰宅中の児童が何者かに襲われたうえ、強姦殺人にまで発展。国内にて小規模なテロが発生、犯人グループは雀荘に立てこもり、火炎瓶を投擲、警察官6名が生きたまま焼かれ死亡する。など、これらはそのごく一部に過ぎない。
犯人らは警察の総力を上げた捜査により皆検挙されるも、改定の通りに裁判では
「犯行は非常に残忍であり、計画的であったため、極刑とする。よって無罪」
とめちゃくちゃな判決になった、犯人らはその日のうちに拘置所から笑顔で出て来るという前代未聞の状況となった。
これらの事件を受けて緊急の世論調査が行われるも、予想通り99%以上が今回の法改定に反対という結果に。マスコミやデモ団体が政府へ改定撤廃を求めての署名活動が行われ、一部が暴徒化する事態となった。
だが政府側は一向に撤廃しようとはしなかった、むしろこのまま続けるとまで会見したため市民らの間には政府への不信感と恐怖が蔓延し、治安は先進国最低、いや、発展途上国以下まで下がったのだ。誰もが全ては狂気のうちに終わると肩を落とした。
しかし、その翌日、何とも不可解な事が起こった。
先日の事件を起こした犯人らが一人残らず死亡したというのだ。あるものは生きたままプレス機に放り込まれ圧死し、またあるものは変電所の高圧電線の上で人の形をした炭として発見された。全てに共通するのは必ず通常では考えられないほどに惨たらしい死に方をした、という事のみ。この報道に世間は困惑した。
そしてその困惑を打ち消すように政府からまたも声明が出された
「彼らは彼らが殺めた人間の遺族や、自警組織らによって殺された、しかし現行法では彼らも皆須らく無罪である」と。
この報道の直後、「殺人、及び傷害」の件数はみるみる減少した。そして1週間も経つ頃にはほとんど見られなくなったのだ。それはまさに意外な結末であった。
この法改定の真の目的は合法的な報復を可能にすることであった。
怒りと復讐に燃える遺族と、正義を盾に快楽で人を殺めたい偽善者たちの自警団が下す【極刑】は今までの死刑の方法と比べ、殺人犯たちから見れば何倍も、何十倍も、何百倍も遥かに残忍で、恐ろしい物となった。
かくして改定法【極刑:無罪】はここに成立したのである。
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