【100m草】
「今年の100m草で1位を取りたい」
唐突に息子からそう言われた。
「あぁ運動会か、今年もそんな季節になったか」
しかし息子から渡されたのは鉢巻やバトン、ましてやシューズの購入手続き書でも無かった。
数枚の紙と握りこぶし程度の鉄塊のように固く、重い種、それは毎年の恒例行事とは似ても似つかず、なぜこんなものを渡されたのかと疑問に思った。
息子は「先生から親に渡せと言われたから読んでよ」と何も知らないらしい。
しばらく読んでわかったのはこの種は昨今の品種改良ブームで偶然に出来た産物であること、遺伝子操作によって最低でも100mまで成長すること、学校では緑化も含めたこの新種の植物の普及のために栽培コンテストを行うこと、であった。
「訳が分からない」無意識のうちにそう呟いた。当たり前だ、こんな辺鄙な植物なんて聞いたこともないし、ましてやこんなゴミのようなもの育ててどうするんだと否定的な考えが頭に浮かんだ。しかし最近かまってやれなかったことも事実だ。ここは理想的な父として手伝ってやらない訳にはいかないだろう。納屋から器具を取りだして裏庭へ向かう、田舎万歳。
手順書に従って50cmの穴を掘り、種を落として土を被せて水をやる。たったそれだけ。こんなに大層な植物なのにここまであっさり行くとは思わなかった。きっともとこう複雑で…費用が掛かって…。まぁ楽に越したことは無いんだが。
片づけをしていると息子がお手製の看板を持ってやってきた。[おおきくなれ100めーとるそう]雑な字ではあるが本人はいたって満足げ、一緒に看板を土に突き刺してやると、ものの十数分で小さな花壇が出来上がった。まぁ草だけど…。
あれからというものその草はとんでもない速度で育っていった、私もその力強さに魅了されるように、肥料を撒いてやる。息子も観察日記をつけ始めた、夏休みにアサガオで同じことをさせられていた事を最近のように思い出す。
3か月経った今ではもう背丈は70mを超えただろうか?巨大な茎が大樹の幹のように庭を圧迫する。妻の花壇までもがもうすぐその日陰に隠れそうなほど、その大きな葉を広げている。最近、地割れのような跡が見える、しかしこれも息子のためだ。
季節は変わり、肌寒くなる頃にその日は訪れた。
数人の白衣を着た人を連れて教師がやってくる。140m…いや150m?この世の物とは思えないほど育ったソレを見て彼らは素晴らしいと口々に語った。
何やら写真を取り、メモを取ると白衣の一人が息子へ金色のカップを渡したのだ。
「あなたがたが1位で優勝です。おめでとうございます。」
教師からそう告げられる。
息子は嬉しそうに私に対して笑みを向ける。あぁ、やっと息子の為に父親らしいことが出来た。
教師たちが帰った後、ソレの傍で落ち葉掃除をしているとゴゥと風が吹いた。
そこで私はこいつをここまで育てたことを心の底から後悔した。
私には150mの大木の天辺から無数に降り注ぐ鉄塊より、身を守る方法など到底存在しえなかったからである。
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