【品名:『青春』※割れ物注意】(練習作)
ネロヴィア (Nero Bianco)
【更生物質】
数年前からの不景気続きでこの街も大分変った、多くの人間が職を失い、酒に溺れ、ボロボロの安い部屋に寝転がる。かく言う私も彼らと同じだ。
暑さに気が狂いそうになるほどの午後、広告塔はやかましいほどの高音で伝えた。
【新薬発売、これ1本で酒も煙草も止められます。】と
こういった胡散臭い話には興味が無かったが、でかでかと表示された値段はたったの120円、あほらしいと思いながらも、同時にこれくらいならとつい買ってしまった。
薬局の店員が取り出したなんとも冴えない色のビンに詰まった液体、だが幸運なことに直前までしっかりと冷やされていたらしく、暑さから逃げるように飲んだ。
酸っぱいような苦いような、とても旨いとは言えないが薬だからこんなもの、と午後の業務へ向かう。
しかし数分後にはなんとも不思議な感覚が襲う、仕事終わりの酒を飲みほしたような高揚感?パチンコで大当たりした時の爽快感?、いや、そんなものの比ではない。
とにかく気分がいい、こんな幸福感は今まで味わったことが無い。
そこからはまぁなんと順調だろうか、気分晴れ晴れで取引先に向かう。億劫だった商談も持続する興奮と満足感でつい熱く話し込んでしまった。取引先も君の熱意には完敗だよと笑いながら契約を結んでくれた。
それから暫くはまるで別人になったかのように業績を上げることが出来た。社内でも常にトップを取り、上司からも次の昇進は確実だとまで言われたのだ。
しかしある日を境に、それはひどい鬱のような感覚に変わった。体がだるい、頭が痛い、何もしたくない。気が付くと無意識にまたあのビンを買っていた。
またやる気に満ちた自分になりたい。一気に飲み干すとたちまちあの感覚が蘇る。
例の新薬は大ヒットしたらしく生産量が追い付かず次々と莫大な値上がりをし続けた
あれから3週間、ついに品薄により、全ての薬局での販売が停止。インターネットオークションでは1瓶60万もの値段にまでなった。
しかし私にはそんなことはどうでもいい話だ、既に私は昇進し、その給料も酒やパチンコに使わなくなった分浮いた上に、仕事人間だなんて皆に笑われるぐらいには働いたおかげで、金なら十分にあった。
深くも考えず入札する。70万、80万、値段は次々釣り上がる。あぁ、面倒だ、「150万」と入力して決定キーを押すと落札おめでとうございますの表記が画面に現れる。
一息ついてニュースサイトを覗きに行くと新薬を発売した会社に強制捜査が行われ、発売は停止したと速報が表示された。
一瞬はぁ、とため息が出掛かったが気にすることはない、金ならある、また落札すればいい話だ。
数日後、届いたビンを「買うことが叶わなかった貧乏人共」に半ば自慢するように左手に持って歩く、そろそろこのボロ屋から新しい良いアパートへ引っ越そうかと考えながら歩くと胸に鋭い痛みが走る。
発作か?そう思う間もなく私の手から誰かがビンをかっさらって行った。
体中が痛い、気が狂いそうだ、頭が割れるように痛い、飲まなきゃならん、あの薬を。
気を失う寸前に大声で叫んだ「私はあの【更生物質】が死ぬほど飲みたいのだ!」
その二日後、例の新薬を売り出した企業の幹部らが「業績アップのため、飲料に麻薬を混入させた」として逮捕されたというニュースを彼が知ることは無かった。
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