第9話リリアーナ・ノワール①

「では始めましょう。私のターン」


 ナナキ対リリアーナの試合が幕を開ける。

 先行はリリアーナ、左手に手札を構え、一枚引っ張り出す。


「エネルゲン(黒)セット。タップして『血の代価』をプレイ。SS:B」


『血の代価』 コスト 黒

『血の代価』をプレイする追加コストとしてあなたは3点のライフを支払う。

あなたのマナソースゾーンに(黒)を3つ加える。

SS:B コモン


 一時的なマナBoostブースト呪文。黒のお家芸の一つ。更に黒の特色であるライフの支払いがついてくる。

 マナ加速による速度強化は強烈だが、リリアーナのライフは始まってすぐに17点となる。


「更に、その3マナを支払い『アニステルトの暗殺者』をプレイ。SS:B」


『アニステルトの暗殺者』 コスト ①+黒黒

パワー4 タフネス4  タイプ:魔族 アサシン

狂襲(このクリーチャーはブロックに参加出来ない。このクリーチャーはブロックされない)

『アニステルトの暗殺者』がプレイヤーにダメージを与えた時、あなたは4点のライフを支払う。

SS:B レア


 狂襲という攻撃一辺倒の能力。だがブロックされない効果は強力。パワーが4もある為、対処に困るクリーチャーだ。

 しかも、それがわずか1ターンで召喚される。現在の高速環境の凄まじさたるやといったところだ。


「ターンエンド」


 リリアーナのターンが終了される。

 ナナキの前には初手からパワー4ものクリーチャーが立ち塞がる。ナナキ程の手練でも悩ましい物だ。


「俺のターン」


 右手でデッキからカードをドローするナナキ。既に仮面を剥がされている為前回マイゼルに行った手札とドローカードの取り換えは行っておらず、平のプレイだ。


「特殊エネルゲン『亡骸色の墓碑銘』をプレイする」


『亡骸色の墓碑銘』 特殊エネルゲン

『亡骸色の墓碑銘』をプレイする時にあなたは最大3枚までカードを公開し、墓地に置くってもよい。

『亡骸色の墓碑銘』をタップする:あなたのマナソースゾーンに①かあなたが捨てたカードの色のどれか一つを引き出す。

レア


 特殊マナエネルゲン。捨てたカードの種類によって引き出せるカラーが増える効果を有するエネルゲン。最大3色まで引き出すことが可能になる。


「俺は『種の救済天使アリア』と『武勇な老兵エルフ』と『手向けの書物』の3枚を捨てる」


『種の救済天使アリア』 コスト ⑦+白白

パワー4 タフネス4  タイプ 天使

飛行 先制(クリーチャーとの戦闘の際、先にダメージを与える)

『種の救済天使アリア』が場に出た時、あなたはタイプを1つ選ぶ。

すべての墓地にある、あなたが選んだタイプのクリーチャーを場に出す。

SS:B レア


『武勇な老兵エルフ』 コスト 緑

パワー1 タフネス1 タイプ エルフ

『武勇な老兵エルフ』を生贄に捧げる:あなたの手札から点数で見たマナコストが①以下のタイプエルフのクリーチャーを1体、場に出す。

異伝コスト0:墓地にある『武勇な老兵エルフ』をゲームから除外する。あなたの手札から点数で見たマナコストが①以下のタイプエルフのクリーチャーを1体、場に出す。

SS:B アンコモン


『手向けの書物』 コスト 青青

カードを2枚引く。

異伝 コスト青青:墓地にある『手向けの書物』をゲームから除外する。あなたはカードを1枚引く。この時あなたの手札が0のとき、更にもう1枚引く。

SS:D レア


 一気に3枚ものカードを捨てるナナキ。これで『亡骸色の墓碑銘』から3色引き出せるが、手札は2枚になる。


「更に『亡骸色の墓碑銘』から緑を引き出し、『エルフの女魔術師』をプレイ。SS:B」


『エルフの女魔術師』 コスト 緑

パワー0 タフネス1 タイプ エルフ

『エルフの女魔術師』はタップ状態で場に出る。

『エルフの女魔術師』をタップする:あなたのマナソースゾーンに好きな色1色を加える。

SS:B アンコモン


 タップ状態で場に出るが、それでも好きな色を引き出せる為、安定性とマナ加速を両立したクリーチャー。初手に出せれば、以降非常に柔軟な動きが取れる。


「更に手札から『宝珠の万華鏡』をプレイ。SS:B」


『宝珠の万華鏡』 コスト 0

宝具(宝具であるカードはあなたの場に1枚しか出せない。もし宝具が既に置かれている状態でこのカードをプレイした時、このカードをゲームから取り除く)

『宝珠の万華鏡』を生贄に捧げる:あなたの手札をすべて捨てる。その後、あなたのマナソースゾーンに好きな色を3つ加える。

SS:B レア


 宝具と呼ばれるマナコストに色を問わないカードタイプ。正し、場に張れるのは一人1枚までとなっている。

 『宝珠の万華鏡』はマナ加速効果を持つ。しかし起動コストとして手札を全て捨てる必要がある。極めて使いづらい効果だ。


「そのまま、すぐに起動だ」


 既に手札が枯れている為、このコストは無視して構わない問題になっている。とは言えこのままでは、ただマナを出しただけだが、ナナキの墓地には異伝能力持ちのカードが肥えている。

 異伝は【アトランティス・ロストブロック】のラストエキスパンション【ラストオーシャン】で登場したメカニズムだ。

 アトランティスの住人が敗戦を覚悟し、ある者は最後の抵抗。ある者は後世に対して遺産を与えるのがこのエキスパンションの話。その話で皆が行う、後世への異伝遺しがこの能力のモデルとなっている。

 死して尚、後の世の為、傷跡、又は遺産を与える効果が異伝だ。カードに切り替えれば死は墓地、後の世とは後続に当たる。


「青青緑を生成し、まず『手向けの書物』の異伝効果を発動。手札は0の為、カードを2枚ドローする」


 『宝珠の万華鏡』の手札を全て捨てるデメリットと『手向けの書物』による手札が枯れた時にほど、うま味が出る異伝効果の相乗効果シナジー。これだけの展開をして更に手札を2枚確保する。


「2枚ドロー。更に引いて来た『エルフの先兵』を(緑)でプレイする」


『エルフの先兵』 コスト 緑

パワー1 タフネス1 タイプ エルフ

『エルフの先兵』を生贄に捧げる:あなたのマナソースゾーンに(緑)を加える。

SS:B コモン


 生贄に捧げる事により一時的マナ加速を行えるクリーチャー。パワーも1あり、戦闘もこなせる。


「そのままバトルフェイズ移行、アタックだ」


 現状のリリアーナの手では対抗は出来ない為、1点が引かれる。

 1ターン目にしてライフは4点もの開きがつく。しかし手札は2枚の差がついた。


「ターンエンド」


 長かったナナキのターンがようやく終了される。


「私のターンね」


 エネルゲンをアンタップしドローを行うリリアーナ。現在の手では攻撃に出てもライフ差は16対12と開きが出る。当然戦力補強を行う。


「特殊エネルゲン『血贄の祭壇』をプレイ」


『血贄の祭壇』 特殊マナエネルゲン

『血贄の祭壇』をタップする:あなたのマナソースゾーンに②を加える。

あなたのアンタップフェイズに3点を支払う:『血贄の祭壇』をアンタップする。支払わない場合、このカードはアンタップしない。

レア


 それでも尚、自分からダメージを加速させるリリアーナ。次のターンアンタップコストを支払えば、一気に危険域に突入する。


「更に黒マナを支払い、『血の代価』をプレイ」


 恐れずマナ加速を行うリリアーナ。2ターン目にしてライフは13点と7点も失う。


「黒マナを使用して更に『アニステルトの信奉者』をプレイ。SS:B」


「通しだ」


『アニステルトの信奉者』 コスト黒黒

パワー3 タフネス2 タイプ 魔族

『アニステルトの信奉者』が場に出た時、全てのブレイヤーは1点のライフを支払う。

『アニステルトの信奉者』が戦闘でダメージを与えた時、あなたは1点のダメージを受ける。

SS:B コモン


 尚自分のダメージを加速させるリリアーナ。とはいえリスクに見合った火力が手に入る。2体合わせて7点の高火力に加え『アニステルトの信奉者』の効果を足せば一気に8点分の火力となる。


「まず全てのプレイヤーに1点のダメージが入るわ」


 この効果により体力差は19対12となる。


「更に『血贄の祭壇』の2マナと残った黒マナで『アニステルトの狂化術』をプレイ、SS:D」


『アニステルトの狂化術』 コスト②+黒

結界術

あなたがコントロールする全てのクリーチャーは+2 -1の修正を受けると共に能力「狂襲」を得る。

2点のライフを失うと共に『アニステルトの狂化術』を生贄に捧げる:あなたはカードを2枚引く。

SS:D レア


 強力な全体強化。更に場面によってはドローを行えるSS:Dの中でも極めて派手な効果。

 通れば火力は11点にまで跳ね上がり、更にブロックすら行えない為、2ターンで決着がつけられる。


「通しだ」


 しかしナナキはこれを通す。というより打ち消しに使う青マナが確保出来ていない為通すしかない。


「バトルフェイズ移行、2体でアタックよ」


「通しだ」


 このアタックで8対7となる。まだ2ターンしか立っていないが現状の高速環境ではこれ位は普通。珍しいことでない。


「ターンエンド」


 リリアーナの猛攻が終了する。彼女のデッキタイプは通称【自殺的黒スーサイドブラック】と呼ばれる、超高速型の黒ウィニーデッキだ。

 その名の通り、自殺の如きライフ消耗を行い、そのリスクに見合った速度とパワーを扱うデッキだ。

 自身のライフは7点と現在は不利だが、次のターンでナナキの引きが悪ければそのまま決着となる。わずか3ターンで決着がつけられる可能性がある為【青黒コントロール】のマナ基盤が仕上がる前に、仕留められる構成となっている。


「俺のターン」


 アンタップとドローを行うナナキ。派手に相手が動いた分。デッキタイプは既に理解できていた。

 ナナキの場にはクリーチャーが2体いるがブロックは不可。この場面は恐らくマナ加速に使用されるだろう。


「まず『エルフの女魔術師』をタップして青マナ生成。更にエネルゲンから青を引き出し『手向けの書物』をプレイ」


 素のプレイで手札を2枚引く。これで手札は3枚となる。


「更に『宝珠の万華鏡』をセット、墓地にある『武勇な老兵エルフ』をゲームから除外して『エルフの先兵』をプレイ。そして『エルフの先兵』2体を生贄に捧げて『エルフのスカウター』をプレイする。SS:C」


『エルフのスカウター』 コスト 緑緑

パワー2 タフネス1 タイプ:エルフ

『エルフのスカウター』をタップする:あなたのデッキから点数で見たマナコスト2以下のタイプエルフのクリーチャーを一体、場に出してもよい。その後あなたのデッキをシャッフルする。この能力はあなたのメインフェイズでしかプレイ出来ない。

SS:C レア


 種族エルフをリクルートすることが出来るスカウター。この効果で手札がなくとも攻撃の手を緩めず展開可能になる。


「更に『宝珠の万華鏡』を生贄に捧げる。青青白を引き出し、勿論『手向けの書物』の異伝効果を使い2枚ドローする」


 手札が枯れている状態の為、2枚ドローする。マナがあるので手を緩めない。


「そして『エルフのスカウター』をタップして効果発動。デッキから『翻弄するエルフ』をプレイする。SS:B」


『翻弄するエルフ』 コスト①+緑

パワー2 タフネス2 タイプ エルフ

『翻弄するエルフ』をタップする。あなたのマナソースゾーンに(緑)を加える。

『翻弄するエルフ』は3以上のダメージでは破壊されない。

SS:B アンコモン


 マナ加速と過剰ダメージでは破壊されない除去耐性を兼ね揃えたクリーチャー。 本来この手のマナ加速クリーチャーは除去されやすいが、過剰なバーンでは焼かれない特殊な耐性だ。


 処理を行い、その後デッキをシャッフルするナナキ。


「カットを頼む」


 リリアーナに自分のデッキを差し出すナナキ。


「ええ、入念にカットさせてもらうわ。ゴミ手を期待する為にね」


 軽い冗談を言いつつデッキを受け取るリリアーナ。


「そいつは脅しでつけたのかい?」


「……スケベねぇ……そう言う所も見るなんて」


 差し出されたリリアーナの手を見ながらそう呟くナナキ。

 視線の先にはリリアーナの右手首。そこには明らかに事故以外でつけられたキズがあった。ナイフで数回にわたり裂かれたのか? 切り傷がまるで網目の様に密集して積み重なった様につけられてあった。


「そんなんじゃないわ」


 カードを受け取り、そのまま傷がナナキに見えない角度でシャッフルを行うリリアーナ。表情には特に曇りはなく。傍からみればたいして気にしていない様にも見える。


「これはね、強いて言うなら……誓い……みたいな物よ」


 かすかに耳に入る程度の小声でリリアーナはそう呟いた。


「ふーん」


 ナナキはそれを聞いて、何も返そうともしなかった。既にその答えだけで傷に関しての興味が失せていたのだ。


「はい。カット終了よ」


「ああ、続けようか」


 カットを終え、ナナキにデッキを手渡すリリアーナ。それを受け取り指定位置に戻し、テーブルに伏せていた手札を回収してプレイを再開させる。


「そして残った白マナと『翻弄するエルフ』から生成した緑で『停滞の心得』をプレイする。SS:B」


『停滞の心得』 コスト ①+白

結界術(クリーチャー1体を対象とする)

対象になったクリーチャーはパワー0タフネス1となり、攻撃にもブロックにも参加されない。

SS:B コモン


 クリーチャー1体に対して装備された形になる結界術。

 この効果で相手のクリーチャーを1体無力化出来る。また除去以上にこの効果は強力に働く可能性が高い。

 理由はディフェンシブフェイズ。エグジスタンス状態であえて残す箏で、相手にディフェンシブフェイズの移行権を与えない事も出来る。これは現在環境に蔓延っている【青黒コントロール】に有効に働きやすい。コントロールタイプのデッキにはディフェンシブフェイズでの返しから戦局を支配するタイプが多い為だ。


「対象は『アニステルトの暗殺者』だ」


 この効果でリリアーナのパワー値は11点から5点にまで下がる。しかしナナキのライフは7点。現在の火力で押し切る事も可能だ。


「ターンエンド」


「私のターンね、『血贄の祭壇』は今回はアンタップしないわ」


 手札0のリリアーナはここでパワー2以上のクリーチャーを引ければ勝利となる。故にこのドローには嫌でも期待が籠る。


「残念、エネルゲン(黒)セット。バトルフェイズ移行。アタックよ」


 手札もなく、場のクリーチャーはフルタップなので、この一撃は防ぎようがない。体力差はこれで3対6とリリアーナが初めて優位に立つ。


「ターンエンド」


 わずか3ターンで既に終盤戦となる。次のターンでナナキのドローが悪かった場合、ナナキの敗北となる。


「俺のターン」


 アンタップを行いカードをドローするナナキ。この引き次第で勝敗が分かれる。


「『エルフのスカウター』をタップして効果発動。『翻弄するエルフ』をプレイする」


 カードをプレイし、デッキから『翻弄するエルフ』を場に展開させる。その後デッキをシャッフルするナナキ。


「カットを頼む」


 今度はリリアーナの左手前にデッキを置くナナキ。右利きのリリアーナには些か取りづらい位置だ。


「……嫌がらせかしら?」


「そんなんじゃないさ。見られて嫌なんだろ。俺なりの配慮って奴さ」


 先の傷跡を多少気にしていた素振りがあったのでナナキなりの気遣いとして、わざわざ取りづらい位置に置いたと述べるナナキ。

 あまり関係ないとは思うが、彼なりの不器用ながらの優しさなのだろう。


「そう。そういう事なら悪く言う気はないわ。ありがとう」


 淡泊ながらお礼を済ませ、デッキをカットしていくリリアーナ。やはり利き腕ではないからか? 多少ぎこちなく行い、山割けも3山と必要最低限度のカットだ。


「どうぞ。カットは終わったわ」


 そのまま左手でナナキにデッキを手渡すリリアーナ。


「ああ」


 ナナキはそう言って、デッキを受け取り、指定位置にセットし、プレイを続行する。


「そしてエネルゲンと『エルフの女魔術師』から白マナ生成。『翻弄するエルフ』2体から緑マナ生成。その4マナで『生命の奇跡』をプレイする。SS:C」


『生命の奇跡』 コスト ②+白白

魔術

この呪文はあなたのメインフェイズでしかプレイ出来ない。

あなたの墓地にあるクリーチャーを1体、場に出す。

SS:C アンコモン


 蘇生呪文の一種。色拘束がきつく、マナコストも重いがデメリットなしでの蘇生は強力な効果だ。しかもナナキの墓地はウィニーデッキよりでありながら、これ1枚で勝負を決せられるフィニッシャーが肥えている。


「対象は『種の救済天使アリア』だ」


「通しよ」


 『種の救済天使アリア』は召喚された時、自発的に能力が発動される。

 その効果は1つのクリーチャータイプを全て墓地から蘇生させる恐ろしい効果だ。ナナキのデッキはエルフで固められているので言うまでもなく選択するタイプは1つだ。


「当然蘇生させるタイプは「エルフ」だ。『エルフの先兵』2体を蘇生させる」


 この蘇生により一気にオーバーキル火力を手にするナナキ。

 リリアーナの手札はゼロ。おまけに壁もいないのでほぼ決着だ。あと一つの可能性を除いて。


「対応して『アニステルトの狂化術』を生贄に捧げ、カードを2枚引く」


 リリアーナもドロー手段を確保している。このドロー次第ではまだ分からない。


「引いて来たカードから『生体マナ転換法』をプレイ。SS:B」


『生体マナ転換法』 コスト 黒黒

あなたのコントロールするトークンでないクリーチャーを生贄に捧げる。

生贄に捧げたクリーチャー1体につき、あなたのマナソースゾーンに②を加える。

SS:B レア


 自身のクリーチャーをマナに変えるブースト呪文。現在2体のクリーチャーを生贄に捧げれば4マナを確保出来る。

 しかし色マナが手に入らない。黒単色デッキなので残りの1枚はどうやってもディフェンシブフェイズでプレイするしかないのだ。


「2体のクリーチャーを生贄に捧げるわ」


 この際、『アニステルトの暗殺者』に張られた『停滞の心得』も共に破壊され、ナナキの墓地に置かれる。

 その為、リリアーナはディフェンシブフェイズ移行の権利を得る。リリアーナの残り1枚次第で、この勝負の勝敗が決まる。

 

「バトルフェイズ移行」


 ナナキは臆さない。確かに6マナ確保ならば大抵の呪文はプレイ可能だが、ここでそれに臆しては次の勝負に差し支える。

 相手の手札に脅え、勝てる時に棒に振るような者に勝機はない。今ここで退いては2度3度と、同じ愚を犯すからだ。現にマイゼルがそうだった。

 ナナキはその時は仕掛ける側。つまり脅す側だった。故にその事は百も承知。だからこそ引く訳がない。


「対応してディフェンシブフェイズ移行」


 リリアーナも引かない。その表情には不安や脅えといった曇りが一切ない。残り1枚と心中する覚悟がある。瞳の奥にはただ勝つ事への執念の闘志がぎらついている。折れる気配はない。


「全クリーチャーでアタック」


 現火力による一斉射。本来なら『種の救済天使アリア』1体だけ攻撃参加させて残りを壁要因にしても問題ないがここは全戦力でかかる。

 『種の救済天使アリア』1体を除去すればリリアーナは延命できるが、残りの『エルフの先兵』の攻撃は通り、残りライフは4になりつまり『血贄の祭壇』や『血の代価』といったマナ加速が使いづらくなり、デメリット持ちのクリーチャーによっては引き分けにまでもっていける。

 だがリリアーナが次のドローで2マナ圏でパワー3以上のクリーチャーを引けばその時点でナナキの敗北になる。早い話がどちらも崖っぷちなのだ。

 だからこそ、後腐れなく一斉射。この一手で心中決する覚悟。防御を考えず攻める事により相手に自身の強気な姿勢を誇示し、負けても次戦に生かすようにする。

 ブラフにせよ、戦略にせよ、相手に自身の心情に弱気を暴かれては効果がない為だ。


「……フフフフフ、アハハハハハハ」


 突如気が狂ったかの様に高笑いを上げるリリアーナ。

 それに対してナナキは動じない。瞳は真っ直ぐと相手を捉え、顔には一切の変化が無い。


「……あなた、本当に強いわね……通しよ。私の負けね」


 ナナキの顔に変化なく、悟られていたと理解し、あっさりと降伏するリリアーナ。そう彼女もまた、騙す者に属する人間。故にナナキには通じないと分かったのだ。自身のブラフが。

 彼女の最後の1枚、それは3マナ圏の『アニステルトの暗殺者』だった。先のディフェンシブフェイズ移行の為の自軍クリーチャー一掃はかつてナナキがマイゼルに対して仕掛けたブラフと同じ代物であった。

 そして結果的にこの場面で決着にかかったのは正解であった。次のドローがエネルゲンの場合、勝てる試合が引き分けに値下がりしていた。しかもそれは相手の脅しに屈して価値を自ら落としたという最低な代物。ヘタをすれば負けた時よりタチが悪い結果だったのだ。


(簡単な大会だと思っていたけど……こんな厄介な奴がいたなんてね……ありがたいわ)


 心の中でナナキを称えるリリアーナ。彼女もより強き者との戦い望む変人の類。このブラフに一切臆さず、強気に進んだナナキの登場は厄介であっても楽しい物だった。


「とりあえず俺の1勝だな」


 第1戦はナナキに軍配が上がる。しかし真の戦いはここから始まる。

 タイプ・スタンダードにはリミテッドとの大きな違いが一つある。それが〈サイドボード〉の概念だ。


 サイドボードはデッキ以外で予め自身が用意した16枚のカードを指す。そしてサイドボードのカードとメインデッキのカードを2戦目移行から好きな枚数だけ交換できるのだ。

 このサイドボードにより、相手におおじてデッキをカスタム出来る。つまり相手の現情報から対抗策を模索してメタを張る事が出来るのだ。

 メタによっては致命になる。相手の急所やデッキの心臓を握りつぶせればデッキパワーすら問題なく勝てるからだ。


(相手はエルフを中心とした種族間のウィニーデッキ。更にマナ加速手段を揃え、速さに対抗する流れ。でも今の試合であなたのデッキのウィークポイントは理解できた。ふふ、勝たせてもうわよ)


 リリアーナはナナキのデッキの廻りからその傾向と方向性、そしてそこからどうしても生まれる弱点。その全てを既に把握していた。

 その弱点を突くため、リリアーナはなんと10枚ものカードを投入し、メインから10枚サイドに送る。60枚構成のデッキな為、この枚数は大幅なんて物ではない。デッキの方向性すら変わりかねない。

 しかしリリアーナには自信が満ちている。勝てる確信があったからだ。


 対してナナキは6枚チェンジ。リリアーナ程ではないにしろ、結構な変更だ。

 ナナキも対戦してより実感したのだ。今眼前に立ち塞がる者の力量に。


 互いに相手の力を認め、そしてその弱点を突く為に変更されたデッキ。既に1戦目とは違い、引きやデッキパワーではなく如何に相手の急所を刺せるかの戦いに変わった。

 その殺意込められたデッキを互いにシャッフルする。本当の闘いの狼煙が上がる……

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