第8話三月十五日 登竜門戦
「優勝はコロンアドリア在住のコーマンさんです。皆さま盛大な拍手を」
長かったアマチュア大会が終了する。中庭で用意された壇上でスピーチを行うアナウンサー。その横には今大会の上位三名が横並びで並んでいる。
その中にナナキはいなかった。彼はベスト8という中途半端な結果で終わっていた。と言うより終わりざる得なかった。アミリアとの長話が原因で、彼はベスト4への対戦を出来なかったのだ。
その原因を作ってしまった事に多少の責任感を感じているアミリア。彼女はまた、寝室でモニター越しで中庭の様子を見ていたが、心は別の所にあった。
それはナナキの残した”澱み”という言葉。この意味に囚われ、何故そうなのかを常に考えていた。故に虚ろ。モニターを眺める眼差しには肝心の焦点が存在していない。
「澱み……何の事なの……」
考えても晴れない。それが頭の中で何度も疑問として残り、のた打ち回る。他の事に全く頭が動かなくなるほどに。
結局アミリアはその状態で何時間もいる事になる。答えが分かる登竜門戦までの間、アミリアはあまりよく眠れなかった……
◇
三月十五日 リエンツィ首都 ウィンブルクセン
リエンツィの中でも比較的近代化が進み3、4階建てのビルが並び、道路もしっかりと整理され、そこを蒸気で動く三輪車や馬車などが行きかう。日本の明治時代程度の技術的町並みだ。
そのビル群の一つ、コンクリートで作られた4階建ての比較的最近に建てられた物。今回の登竜門戦の会場である。
1階は受付とスタッフルームで使われ、2階、3階の各部屋で対戦が取り行われている。アミリアもこの大会を1階の特別室で観戦していた。
「その部屋はもういい。次を回して」
「了解しました」
今回はブランクは同行していないのでスタッフの者にモニターを回してもらっている。先の蟠りはまだ解消されていない為だ。
アミリアは探していた。ナナキを。彼はベスト8なので今大会の出場権を確保している。だからきっと来ている。そう思い先ほどから探していた。
「次の部屋を映します」
係の者が別の部屋に合わせる。その移る光景にアミリアが探していた者がいた。銀髪に男女の区別がつき辛いほどの美顔、白い肌。間違いなくナナキだった。
服装は白のYシャツに黒のグレーのロングコート。ズボンは黒で、ごく一般的な市民の服装だった。
「相変わらず、ヤクザ者には見えませんね……」
「何かいいましたか?」
「いえ、何も……ああ、すいませんが、あの銀髪の男を今後はマークしていてください」
「分かりました。ただ、どうやら試合は終わっているみたいですね」
係りの者の言う通り、既にこの部屋での試合は終了していた。
無理もない。今回は以前のブースター・ドラフトではない。タイプ・スタンダードなのだから。
タイプ・スタンダード【2ブロック+基本ブースター】今回のフォーマットだ。
ブロックは一つの物語に対して複数のエキスパンションが連なるエキスパンション群の事を指す。基本ブースターは以前のリミテッドで使用されたエキスパンション。つまり複数の使用可能なエキスパンションからデッキを構築して対戦できるフォーマットとなっている。
今回のスタンダードで使用されているブロックは【アトランティス・ロストブロック】と【コード・オブ・アポカリプスブロック】の二つ。
【アトランティス・ロストブロック】は青の大国、アイオンの話で、海底の大国アトランティスとの海洋の覇権を賭けた戦いを描いている。青の国の話だけあって全体的に青が強めになっているブロックだ。話は序破急の三部作故、三つのエキスパンションで構成されている。
【コード・オブ・アポカリプス】はヴィルヘム・ザクセンで最も凄惨で残酷な血の歴史である種族間による殲滅戦争の話だ。本来はカードに使うには躊躇うほど残酷な内容なのだが、ある決まり事によりこの話が使われることになった。
この話は起承転結の構成なので4つのエキスパンションで構成されるが【コード・オブ・アポカリプスブロック】は今年三月に販売がスタートされたのでまだ最初のエキスパンション【コード・オブ・アポカリプス】が販売されたばかり。その為環境的にはまだ青を介したデッキが強い傾向にある。特に【コード・オブ・アポカリプス】では黒の国キングストン縁の物が主人公なので黒が特に強力カードが多いので【青黒コントロール】が現在一番強いデッキとされている。
しかし各色にも有効なカードが多くあり、特に【青黒コントロール】に対抗して展開力とテンポスピードで勝るウィニーデッキ(低マナ圏の小型クリーチャーを多く展開して殴り勝つタイプ)が質の良いものが多くあるのもあって対抗枠として挙がっている。そのウィニーも【青黒コントロール】に勝ちやすくする為にテンポスピードを尖らせたタイプが大半なので極めて速い。
結果、現環境は高速環境となっており、試合が数分で決するのも別に珍しいことではなかった。
「どうやら彼はこの部屋の予選を通過したみたいですね。係りの者に4階に案内されています」
「上位入賞は出来たのか……当然よね。もういいわ。4階にモニターを変えて。勿論あの男をマークしといてね」
「了解しました」
既に試合は行われないので4階の上位グループによるトーナメント戦が行われる大広間にモニターを変える。
この時アミリアはトーナメントスタートまで時間があったのでナナキに声をかけに行こうとしたがやめた。また長話のせいで試合をフイにさせたくなかったからだ。
◇
今大会のベスト16によるトーナメント戦は4階大広間で行われる。
大広間には8つのテーブルが用意されており、そこにはそれぞれアルファベットと数字が記入されており、予選通過者は係りの者に案内され、各自のテーブルで待機した状態。
ナナキはBの2。そこで対戦相手を待つ状態だった。暇なのかテーブルに置かれたコインを使ってコイントスを繰り返している。
そんな感じで暇を潰すナナキの前に一人の女が現れる。髪は黒のロングでシルクの様に艶やかで服装は3月にしては露出部の多い薄い黒のこれまたシルクの様な艶やかなワンピース1枚だけだ。おまけに胸元が大きく割けており、たわわに実った乳房の割れ目である谷間がしっかりと見えている。男の性を持て余す美女だ。
「あら、貴方がお相手なの。綺麗な人ね」
その女が発した一言。それを発する唇は十分すぎるほどに艶やかで滑らか。肌も白く、顔も少女といえる若々しさと女らしさがあり、まるで神話で描かれる女神の如き美しさを備えていた。
「貴方も十分にお美しいですよ」
ナナキが返事を紳士的に返す。その言葉は本音であり、ここに演技はない。
「ふふ、ありがとう。ただそんな熱い視線を送らないでほしいわ」
女が谷間を左腕で隠す。そんな露出の多い服を着て何をいっているのやらだ。
そのまま胸元を隠したままナナキの対面に用意された椅子に座る女。つまりこのトーナメント最初の相手という事だ。
「それでは皆さん第1回戦を開始します。各自健闘を祈る」
試合開始のスピーチが流れる。その合図と同時に皆一斉にデッキをテーブルに置き、シャッフルを開始する。
ナナキと対戦者も同じくデッキをシャッフルし、そして相手の前に差し出す。カットの為だ。
互いに右利きなので右手で取りやすい位置にデッキを置き、互いにカットを開始。終わるとそのまま相手の手元に置く。
「コインは……なんだ貴方がもう持ってるじゃない。それじゃあ貴方がトスして」
先ほど暇つぶしに使っていたので、そのままトス側にさせられるナナキ。コクリと頷き、そのままコインを天高く上げ、そして右手甲に落とし、落ちたと同時に左手で隠す。
「……裏」
女の宣言。それを聞き左手を下げるナナキ。コインの結果は……裏だった。
「私の勝ちね。先攻で行かせてもらうわ」
先攻後攻が決定し、互いにカードを6枚ドローする。
「さて、私の先行……ちょっと、あんまりジロジロ見ないでくれない」
また胸元を左腕で隠す女。どうにも目線が気になるようだ。
「しょうがないですよ。僕も男なので……イカサマには気を付けないとね」
「……へぇー気づいてたんだ」
女が胸元を隠すのをやめる。その左手にはカードが忍び込まれていた。
そう、彼女はイカサマを仕掛けようとしていたのだ。カードのすり替えを。彼女は右側のブラジャーのラインにカードを忍び込ませ、胸元を隠すフリをしてそれを手札の不要なカードとすり替えを行おうとしていたのだ。最も不発に終わったが。
彼女が露出が多い服装を来ている理由はカードのすり替えをスムーズに行う為と目線に入らない様に隠す動作を自然に行う為の物。つまり男性を刺激する魅力的な服装そのものがイカサマを隠す迷彩になっている。
またあからさまに胸元を強調させる事により逆に意識からイカサマを仕掛ける場所として思わせ無いようにしている。人間の心理で考える、目立つ所に怪しい物を隠さないと思うその考えを逆手に取った発想なのだ。
本来なら並の男ならこれに気付かない。谷間という誘いは男の助平心を露わにさせ、ついつい目線が行ってしまう為何も言い返せなくなるからだ。
「大した物ね……他の男どもは皆引っかかったのに」
イカサマがばれたのに平然と笑ってナナキを称える女。悪びれる素振りが無い。
何故ならジャッジが存在しない為、告発さえされなければ問題ないのを知っているからだ。
仮にばれても色仕掛けでごまかせばいい。今までそうして来たので自信があった。
「ねぇ、この大会の後、私の事を好きにしていいから、黙っててくれないかな」
いけしゃあしゃあと取引を行う女。今までそれで引っかからなかった男がいないので、彼女には想定内の出来事に過ぎない。
「いえいえ、そんな事はいいですよ。それと告発もしないんで安心してください。早く試合の続きをしましょうよ」
しかしナナキは乗らない。告発もしないと言う。傍から見ればかなり甘い処理だ。
「なっ……」
だが寧ろその甘さに驚きを隠せない女。今までにない結果だからだ。体にも確実な勝利にも飛びつかない。こんな男は今までにあった事が無かったので、返って不気味だったのだ。
「まぁ……ありがとう。ただその丁寧語、止めたら? 演技でしょそれ」
だが気を取り直し、直に反撃に転じる女。そう彼女は理解していた。ナナキの紳士的な態度は偽りであることを。
「何の事ですか?」
「とぼけても無駄よ。貴方、はっきり言ってそんな丁寧な言葉が映える人間じゃ無いもの。本当はもっとこう、残忍な感じがするけど、どうかしら?」
「……へぇー」
ナナキもまた気づかれた事が無かったので多少驚く。自身の仮面とその仮面の奥を見据える者にはあった事が無かったのだ。
「大したもんだ。よく分かったな」
そして仮面を外し、本来の口調を露わにさせる。表情もまた先の温和さがはぎ取られ、残忍な狩る者の顔に豹変する。
目はナイフの様に鋭く、口角は不気味な吊り上がり。とても先ほどと同一人物とは思えない変わり映えだ。
「空気が違いすぎるのよ。まるで温暖地で育つ同じ色の花で出来た花畑に咲いてる同じ色の寒冷地で育つ花の様に。他の人からみれば同じでも知る者にしてみれば違和感極まりないのよ。貴方のその空気は」
「なるほどねぇ……今後の参考にしとくよ。あんた名前は?」
自分の正体に感づく者に出会い、興味が湧き質問するナナキ。
「私? 私はリリアーナ・ノワール。御覧の通りの女よ。そういう貴方は」
「……ナナキだ。今はナナキでいい」
「今は? 変わった人ね。まぁいいわ。貴方の様な異質な人と出会えるなんて今日はついてるわ。いい勝負をしましょう。お互いに……」
「ああ、そうだな。互いに……な」
場を張っていた緊張にも似た空気が張れ勝負が再開される。
リリアーナはプロではない。しかし既にナナキにとってこの女は容易い相手ではなく、寧ろ強敵。苦戦すると感じていた。
イカサマを仕掛ける為人間の思考の裏手を堂々行う大胆さ、それがばれても動じない強い精神。戦う前から既に強敵としての確証十分だからだ。
だがそれが逆にナナキにとってありがたかった。彼もまたより強い者を欲し、そして勝つ事に執着する変人。相手が強ければ強いほどその勝利から取れる蜜は高い糖度を持つ。それをナナキは理解していた。
だからこそ……ナナキは期待に胸膨らみ笑みが絶えずにいた。
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