第7話名無き魔獣

 アミリアは興奮していた。怪物の登場。その秤を超えた未曽有の力量に。

 恐怖すら覚えた。しかしそんな物はすぐに吹っ飛ぶ。デッキパワーを物ともしない技術。それを完遂させる技量。そしてその技術技量のあくどさを全く躊躇なく進める良心の無さに悪鬼の様な非情さ。

 これだ。これなのだ。これこそが求めていた怪物だ。凡人には出来ない善人には行えない勝利への執着。感極まる瞬間だ。


「素晴らしい。あの場面。弱気に落ちていた相手なら再度安全策に走っても不思議ではなかった。それをあえて攻め込む様に仕向けた挑発と三味線。そして自分がそれを行わなければ負けると感じたその嗅覚と感覚。人を超えているわ」


 確かにアミリアの言った通りだ。だがナナキはマフィアの手先。

 彼を抱える事は反社会勢力との連携になる。それは即ち世界的犯罪行為に等しい。許される行為で有る筈が無い。


「もう残りの試合なんてどうでもいいわ。ブランク、彼をここに連れてきなさい」


 狂気に発せられた命令。既にアミリアはナナキの力と言う純粋な魅力に魅了されている。そしてこの狂気はその魅力の異常供給がアミリアの欲と言う需要を肥満化させている証。すでにプロは元より世界に目を向けていた。


「……お断り致します」


 しかしブランクは命令を受け入れない。立場で言えばそんな事はあってはならない。

 すでに位の高さでで良し悪しを決める話で無いからこその反逆。ここは引けない。


「何を言っているの。一介の執事が第一王女である私の命を背いて許されるとでも?」


「……不服なら何なりと処罰をお与えください。既に腹を切る覚悟は出来ております。この老いぼれの命一つでリエンツィを堕落から回避出来るなら安い物です」


「ブランク、何を血迷ったの? 堕落なんて、何を馬鹿な。他国を見なさい。近代化による莫大なる国力。その恩賞により裕福な生活を送る人々。その他国と肩を並べ、民に富と福を授けるチャンスが舞い降りたのですよ。今を良しとするその考えこそ堕落よ」


「しかしそのチャンスは言わば劇薬。一時の裕福のみを授け永遠の崩壊をもたらす破滅です」


 決して折れないブランク。覚悟が有るからこそ歯向かう。彼なりの真の貢献。

 だがアミリアも引けない。彼女もまた、自分の居場所、民の貧困と飢え、国の劣等に限界が達している。それを覆したい。それが悪と言えど。


「ブランク貴方は……もういい!!  貴方の処理は後にする。今はあの怪物を他国に流出させない為にも確保が何よりも優先、下がりない」


「いいえ、下がりません。そして行かせません」


 この部屋で唯一の出入り口である扉の前で仁王立つブランク。その姿勢は不動のそれ。決して揺らがぬ心情を体現していた。


「そう……そうまでして止めたいの……貴方の覚悟、拝見しました……」


 そう言って力なく肩を落とすアミリア。同時に顔を下げ脱力を述べた様な大きなため息を放つ。それは傍から見れば諦めのサインだ。


「お嬢様……御分かりになってくれたのですね……」


 止められた。破滅を回避した。危機が去ったと悟るブランク。場を支配していた険悪な気配が薄れていくのを確かに感じた。

 危なかったと心の中でつぶやくブランク。彼にとってリエンツィの未来を背負ったこの反逆。緊張がほぐれ、肩が落ちた。


「――滾りし業風よ、曝せ俗世を流す英雄の鎮魂歌の如きに――暴風処ス断切歌シュトゥルムヴィンド・スタッカート


 その発した言葉とほぼ同時にアミリアの前方に視覚で確認する事すら可能な空間の歪みとしか形容できない風の塊が現れる。周囲のベットや家具、テーブルに置かれていたモニターすらその塊が引き起こす風圧によりポルターガイストが起きた様に吹き飛び、宙に舞う。

 その圧倒的風圧は覚悟の根を張ったブランクすら吹き飛ばさん勢い。人の英知で起こす風とは一線を画す魔風。自然の理に反したそれは紛れもなく失われつつある力、魔法であった。


「お嬢様!? 何を!?」


 ブランクには想定外な事が起きた。本物であったのだ。アミリアの覚悟もまた。

 しかしブランクはその覚悟を一過性に過ぎない若気の至りと信じていた。だが違う。魔法を王族が人に向けて使う意味。そして今使う魔法の威力からして彼女は既に殺人の罪すら恐れていない。囚われていた。既に狂気がアミリアの全てを。


「お願い、ブランク、そこをどいて。今までの貢献、そして献上、貴方は正にこの国の英雄的存在よ……だからこそ、反逆者の汚名を背負ってここで果てる事は許されない。それを分かって」


 今の発言でブランクの根は折れた。手遅れだと理解した。例えここで自分が殺されても彼女は止まらない。アミリアの中で罪悪感や道徳が欲に殺されていたのを肌で感じた。


「……お通りください」


 ブランクは後ろを向き、扉を開けてそのまま部屋を後にした。あのまま立っていてもアミリアは止まらない。ならばせめて、アミリアの人生に自分の返り血で汚さぬようにするしか出来なかった。

 本当は殺してでもアミリアを止める覚悟もあった。しかし出来なかった。最後の最後にブランクは結局忠誠に屈した。


「……今までの忠義に答えて、貴方の無礼は目を瞑り無かった事にします」


 ブランクへの処理を口約束では有るが簡単に述べ、魔法を解除するアミリア。

解除して直に周囲を覆っていた溝は晴れ、消えてなくなる。

 暴風が無くなり家具が一斉に降り注ぐ奇怪な雨の中、行動に移すアミリア。

 自ら自身の纏うシルクのロングドレスのスカートに手を当て、ビリビリと破き、白く傷を知らない無垢な素足を即席のスリットから覗かせる。

 後はその足で欲へとめがけるだけ。王女に似つかわしくない大ぶりな足の動きで走り出した。





 アミリアは中庭にいた。この屋敷の丁度中央に位置する芝と数本の木、そして数多くのハーブやバラの菜園で構成されたおよそ120坪はあろう広々とした緑の空間だ。

 アミリアはあの後直にナナキを追って東側2階大広間に向かったが既に彼の姿はなく、彼を中庭で見たと言う話を聞き、今に至る。


 「どこに……」


 広い中庭には違いないが、一回りで全面を見れなくもない面積だ。人1人探すのにはそんなに時間も苦労もかかりはしない。辺りを良く見渡していく。


「見つけた……」


 そして見つける、数本生えてる木の一つ、15メートル程の大樹に背をかけ木陰に1人身をやる男。白い肌に白銀の髪。見間違えようのない。ナナキに間違いなかった。


「ふふ……」


 ゆっくりとナナキの元に近寄るアミリア。その一歩一歩ごとに期待と欲が入り乱れる。不思議と交渉の失敗や法外な見返りに対する要求に対しての不安はなかった。

 やがて距離はなくなり、ナナキを囲む木陰に同じく入り、彼の目の前に立つ。


「やっと……お会いできましたね」


 ナナキに対しての第一声。ナナキは特に反応せずそのままアミリアに顔を向けることもなくただボーっとしていた。


「先ほどの対戦、お見事でした。凡人には出来得ぬ様々な戦略、感服いたしました。それで是非貴方とお話をしたく参上いたしました」


「……あんた、誰?」


 顔を上げる事もなく一言だけ呟くナナキ。一国の王女に対しての態度とは到底思えない無礼。

 しかしアミリアは意に介しない。頬を釣り上げ、その無礼に答える。


「自己紹介が遅れましたね。私の名はアミリア・フォン・リエンツィ。こう見えてリエンツィの第一王女として貴方の前に立っております」


「ふーん、王女様か。んじゃ媚諂わないといけないのかい?」


 口調も変えず太々しい態度を取るナナキ。


「いいえ、構いません。寧ろその態度、なお気に入りました。決めました。やはり貴方はその資格十分。この際堅苦しいのも回りくどいのもナシにしましょう。ナナキ・ブレリアン。我がリエンツィの国家専属プロプレイヤーとして私の元に来なさい」

  

 単刀直入な要件。その言葉に曇りはなかった。


「……」


 ナナキは特に反応ない。普通国家専属プレイヤーへのスカウトなどはない。この要求は異例にして値千金。誰もが天にも舞い上がる話だ

 しかしナナキは微動だにしない。


「話が聞き取れませんでしたか? もう一度言いましょう。ナナキ・ブレリアン。我がリエンツィの国家専属プレイヤーとして私の為に働きなさい。無論報酬も弾みますよ」


「……なんで?」


 ナナキの返答はそれだけだった。

 想定外の返事にアミリアも驚きを隠せない。いくら弱小国家と言えどこんなチャンスに飛びつかない人間がいるとは思いもしてないからこそだ。


「な、何が不満だと言うのです。先ほど言いましたが報酬も弾みますし、この際ファミリーとの繋がり、並び要求も可能な範囲で叶えます。これでもご不満ですか?」


「別に不満とかそうじゃない……なんで俺をプロに引き入れようとするのかが分からないだけだよ」


「そ、それは貴方の先ほどの試合を観て、デッキパワーを物ともしない戦い方、そしてその異質な戦略に可能性を感じたからです」


「そこだよ。デッキパワーだよ。なんでデッキパワーで圧倒的に勝ってるからこそ容易く勝てた相手の試合なんか見てスカウトする気になったかが分からないんだよ」


 その台詞と共にアミリアに顔を合わせ、そのまま立ち上がるナナキ。

 アミリアは先の発言にも驚いたがそれ以上に眼前に立つナナキになお驚いた。写真で見るよりも尚美しいからだ。そして全身から感じる妖気の様な雰囲気に息が詰まりそうになる。 


「勝って当然と言うのはどういう事ですか?」


 息苦しさをわずかながらに感じながらも声を出すアミリア。デッキパワーに関してはアミリアの見立てでは『炎刃翼のサラマンダー』を介するマイゼルの方が遥かに高いと思っていたのでナナキの発言には疑問を感じ聞いてしまう。


「あんた、アイツとの試合見てたんだろ? あいつのデッキ見てどう思った?」


 質問に対して質問で返すナナキ。王族とか関係なく元来好まれない返し。

 アミリアはそれに対して腹を立てる事もなく率直な感想を述べる。

 

「……正直かなりアンバランスだと感じました。軽い防御手段やマナ加速手段がある訳でもないのに4、5マナ圏のカードが多く、逆に軽量型が少ない。それでいて二度も事故を起こしていた黒マナの配布バランス……中間域ミッドレンジとしてもいささか作りが雑だとは思います。しかしクリーチャーの質はリミテッド構築としては文句なく良い物が多かったし実績もありました。とても貴方のデッキに劣るとは思えません」

 

「そこだよ、アイツのデッキはバランスが悪いんだよ。あの対戦で出なかったカードの面子全部含めてな」


「含めて? 確かに使われていたカードはかなり固まっていましたがなんで貴方がそんな事を言うのですか?」


「簡単な話さ。俺があいつのデッキバランスをおかしくさせたからだよ」


「おかしくさせた?」


 ナナキの言い方に対して理解できないアミリア。それもそのはず、構築するのはナナキではなくマイゼル本人だ。本人がしっかりその辺を意識して行えばそうはなり得ない。普通は本人のミスだと思うものだ。


「よく意味が分かりませんね。別に貴方が彼のデッキをどうこうした訳ではないでしょうに」


「いや、したよ。今日の引きが良くてね。出来たんだよ」


「引きがよかった……あっ!?」


 あることを思い出しそして合点がいく。


「『炎刃翼のサラマンダー』ですね」


「そう。本来それ1枚で戦局を支配できるパワーを有せるカードを手に入れたからこそ、相手のデッキを弱体化出来た。確かにあのカードは強力だ。だが強力と同時に必ずデッキの方向性が決まることになる」


「赤が絶対に入ることですね」


「ああ、強力なカードだからこそタッチで済ませるにせよ、それ1枚で済ませるにせよ、エネルゲン赤かカラー変更カードを導入せざる得なくなる。ましてや飛行持ちの除去耐性持ちだ。普通なら引いた時、いつでも出せる様にしとくよな」


 ナナキの問いにコクリと頷くアミリア。この時ナナキに漂っていた息苦しさは払拭している。雰囲気が変わっていたのを肌と呼吸で感じ取れた。


「そして奴はその普通をとったんだ。とったのがあのデッキなのさ。だが俺が1番引きがいい部分はそのカードが赤だった点だ……いいかい?」


 そう言ってズボンのポケットから取り出したある物を見せる。それは茶色の小箱と煙草だった。


 アミリアはそれを見てムッとした表情を取ったが、直に首を頷く。

 それを見てナナキはいそいそと煙草を1つ口に加え、小箱からマッチを一本取り出し、更に小箱にこすり付け火を起こし、その火で口に加えた煙草に火を移す。

 火が点くと手を振りマッチの火を消す。辺りがマッチに含まれる燐特有の錆びの様な臭いと煙草の匂いが入り混じった煙がナナキの一面に漂う。


「ふぅー……俺がピックしてたテーブルは見てたかい?」


「ええ」


「なら話は早い。俺はあの時5番目、奴は6番目だ。つまり1週目は俺が上家かみちゃで2週目が下家しもちゃになる。上家はメリットとして先に目当ての色のカードが手に入りやすいく、尚且つ相手の色を絞れる。逆に下家は自分の回ってきたカードで上家の色が把握できる。今回使われたブースターパックはコモンの場合1色に対して最大2枚まで収録される方針、アンコモンはコモンで漏れた1色+各色のどれかが1枚ずつ、レアはアンコモンの2枚以外で選ばれなかった色の中から1枚入るというソートになってる。つまりブースター1つにつき1色に対して2分の1の確率で3枚、同じく2分の1の確率で2枚のみ収録される事になる」


「それは理解してます」


 これは今回使われたブースターが基本ブースターと言われるタイプで、またブースタードラフト戦においてピックの駆け引きを生み出す為の仕組み。

 これはアミリアも承知の上。だが彼女は驚いた。そんな当たり前の事をプロ管轄の人間に言う事といきなり饒舌になった事に。


「既に順番の時点で俺のほうが有利だったんだ。俺は奴より先に、より鮮明な色の把握が出来て、更に相手に色を絞るなり追加なり出来たからな。そしてあの卓は解りやすくてな、俺が上家の開封一週目はどいつもこいつもパワー性より色を重視してたんだよ。1番手はどうやらこのゲームのハズレ色扱いを受けている黄色を中心にピックしてたんだ」


「黄色ですって!! でもあのテーブルは余りカードは黄色が大半でしたよ」


「そこがミソなのさ、6人で囲って2枚ずつと開封者が+1枚のピックなら余りは必ず2枚だ、その2枚の中で1番手の余りは白1枚と黄1枚だったんだ。つまり必ず黄色は1枚ピックされていたのさ。そして2番手の奴は赤メイン、これは常に優先的にピックしてたので簡単だった。更に2週目に俺がカードが回ってきた時には既に黄色は1枚のみでこの時点で一番手の黄色中心がほぼ確定。恐らくレアが黄色で中々のカードで黄色のテンプレートが確立しているなら有効なカードも手に入るからと思い、そうしたんだろう」


「確かに、1番手が黄色を中心にピックしていたのは納得できます」


「3番手は白を中心にしていた。この時俺が回ってきたカードで赤がコモン2枚でレアの黄色が残っていた。抜けていたのはアンコモン2枚でコモンは黒だけ1枚でアンコモンは青、どういう事か分かるかい?」


「3、4番手が白と黒のアンコモンを持っていた事になりますね」


「そゆこと、この時青のアンコモンを頂いたんだが、2週目にはコモンのみで赤白緑は1枚、黒はゼロ。1番手の黄が予想できれば2番手の赤もこれで分かってくる。更に緑が1枚減っているので下家の緑メインの線も出てくる」


 アミリアはこの言葉に違和感を覚えた。何故なら2番手が緑を下家が白も中心にしているなら3番手が持っていった可能性があるからだ。


「2番手が緑を、下家が白をピックした可能性もありますが何故そう言い切れるのですか?」


「一番手の余りカードさ。ここまで分かっているなら白が1枚余っているのはそのパックでは白3枚収録されていたと推理できる。なにせ一番手の2週目で俺に回ってきたカードは青1枚白1枚黄1緑2枚だったからな。ちなみに俺は青を中心にしていてこの時は青を持っていった。そうなれば1番手と下家が緑を持っていた事は簡単にわかる」


「それは分かります。しかし途中で方向性を変えた可能性もあります」


「それはあるが次の4番手の上家で完全に払拭する。四番手は先のアンコモンもあり黒だ。今回はレアが無かった。そしてコモンは赤が1枚で黒は2枚残っていた。この時点で上家が黒抱え濃厚、そして俺は白のアンコモンを頂いた」


「『騎士の教え』ですね」


「そう、アンコモンの残りは緑の『ルーン肌のクロコダイル』と赤1枚。そして2週目にはアンコモンはなくなっていて、残りは青2枚、黄1枚、緑2枚、白1枚、黒1枚、赤1枚。これが値千金の情報」


「値千金?」


「1番手の黄中心と2番手の赤中心が割れている。白は既に俺がピックしている。その中で緑のアンコモンが無くなった事はこの場の全員がこの時点でメインにする色がほぼ固定しているのが明確化するからだ。『ルーン肌のクロコダイル』は4マナだがシングルシンボル。タッチもしやすくコスト軽減効果の起動も容易い。更に1週目で各色でこの『ルーン肌のクロコダイル』より性能の高いカードはなかった。このカードをピックしないでメイン色を取った事はピック出来なかったか優先度が低かったかの2パターン。その中で俺の当たりを付けていた色が綺麗に散っているなら答えは簡単に出るってことさ」


「あいつのデッキには『ルーン肌のクロコダイル』が入っていました。つまり前者だったのですね」


 納得するアミリア。同時にナナキに対する評価が天井知らずで上がっていく。

 ソートの関係である程度把握出来るのは分かる。しかしこれ程明確に推理する物はそうはいない。何より最後の残りカードは3週目に確認できる為、3週目前にそこに嗅ぎつける嗅覚には度肝を抜かれた。


「そして俺の番。この時3枚収録なのは青赤黒の3色。そして知っての通り奴は赤の『炎刃翼のサラマンダー』を持って行った。その中で2週目。カードは青2枚、黒2枚、赤1枚、白1枚、黄1枚、緑2枚と予想通りの残り方。俺はここで青1枚を持ってた。そして最後の3枚は黄色1枚、青1枚、緑1枚。赤白は恐らく2、3番で間違いない。その中で黒が全部捌けたという事は1番手か下家が持っていった事になる」


「それが何故下家と分かったのですか? 正直この話だけなら他の者が持って行った事も考えられます」


「次の奴の開封さ、俺が回ってきた時には既にコモンだけで黄色と黒が2枚残っていた。ご丁寧な事に2週目には黒が無くなっていて黄色が1枚だったんだ。更に言えば2番手から俺までの間、この区間には共同戦線とも言える奇妙な連携があった。可能な限り他色に手を出さずメインの赤白黒青を残す連携、利害関係の一致による物さ。最も俺は3番手に回らない2週目はちょくちょく白を拝借したし、4番手の時には裏切らせてもらったがね」


「今までのピックで下家に回る前に黄色が引かれて入るのなら確かに一番手が黄色を抱えの上家と下家で黒を抱えるのが分かってくる。そしてその連携が保たれていればおのずと答えが湧くと言う事ですね……」


 色の散り方に関してはある程度納得がいく。しかしアミリアにはまだ分からない部分があった。何故それでバランスが壊れたかだ。 

 それを口にしようとしたが直に理解した。


「だから貴方は2週目に黒を中心にピックしたのですね」


「ああ。この時点で奴は緑と黒をメインにしてるのは把握していた。そして4番手は黒、2番手が赤をメインにしてるなら、奴の色は極めて需要が高い色になる。おまけに奴が赤をピックするお蔭で俺は下家よりも質の良い黒のカードが手に入る。『惨殺』2枚なんて正にその典型。奴の『死なば諸共』より遥かに万能だろ。奴が『惨殺』を手に入れられなかった理由さ」


「なるほど、黒の需要が上がったからこそ奴のデッキに置ける黒のバランスが悪くなったという事ですね」


「更においしい事に1番手と3番手が2週目には緑メインで尚且つ赤の需要が上がった事により2番手も青や白をタッチする事になる。メインはしっかり固まった状態でリミテッド構築のセオリーで考えれば相手のビートダウンに対抗しやすいクリーチャーの色である緑に需要が集中するのは自然の理って奴さ。クリーチャーの殴り合い前提ならクリーチャーの質を求めるのは当たり前だからな」


 ここまでわかれば後は簡単だった。黒の有力なカードは下家2人に持っていかれる。つまり黒は手に入りづらい。緑と赤も需要が上がっているなら有効なカードが手に入りづらい。結果あのバランスの悪いデッキに繋がる。


「大した物ですね……後一1つ聞かせてください」


「ああ、なんだい?」


「確かに全体のバランスが悪かったですが特に事故要素が多かったのはエネルゲンを引けていない状態です。これは奴が意識して組み立てれば回避もできたはず」


「そう言う訳にも行かなかったのさ。奴は第二開封から赤をかき集めていた。しかしあいつが2番手より先に赤の有力カードを引ける機会は2回だけ、残りは2番手に持っていかれる。ここで色の偏りが響いてくる。黒は既に高需要で1週目に確保しないとマトモな物は手に入らない。かと言って白は1週目で3番手に確保されやすい。となれば残るは青と黄色。しかし1番手の黄色、俺の青は第1開封で露骨なまでにアピールされている。追加で4色デッキにするには回数が少ない。その中でその2色の需要が上がる可能性も高い。ならどうするか?」


「バランスを意識して赤と緑の余りのどちらかを組み込む。ですか?」


「そうだ。だが緑は2週目移行手に入りずらい。逆に赤は1週目で確実に手に入る。多少パワーが落ちてもコントロール力が上がれば1週目で確保したパワーカードで押せると思ったんだろ。だが問題は2番手の動き。2番手は既にメインでしっかりした赤を確保しているので後は多色を意識したピックで十分。つまり有力なシングルシンボルのカードさえ手に入れば後はタッチカラーで抑えても問題ないデッキになったんだ」


「つまりどういう事です」


「奴は赤以外の選択肢が無くなったんだ。だから奴のデッキは赤メインの動きになる。更に2番手は1番手の開封で早々に赤の需要が上がっているのを感じて自分の番まで赤を捨てたんだ。結果、奴はダブルシンボルでも構わずピックする。そうなればエネルゲンは赤を多めにせざる得ない。そして数が少ない黒が割を食い、エネルゲン(黒)が少なくなる。だから事故が頻発したのさ」


 納得と同時に背筋が凍るアミリア。ピック段階で既にナナキは頭角を現していたのを理解したからだ。

 相手の色と方向性を確実に読む嗅覚。その感覚に自分の運命を決めるデッキのパワーを落としてでも有利にする踏ん切りの良さ。そして順番を悪用したコントロール能力。そのどれもが今大会で群を抜いている。正に別次元。


「成程、奴になら容易く勝てるのは納得できます」


「勘違いするなよ。俺はこの場で出来うる最高のデッキを作った。あいつはたかが1枚のパワーカードで俺を初心者扱いしてたがな」


「貴方から勝負に申し出たのでないのですか?」


「ああ、アイツから餌になってくれたよ。多分負けるとは思っていなかったんだろ。最も誰であっても負ける気はしなかったがね」


「……一つ質問してよろしいですか?」


「ああ、話せる範囲ならな」


「貴方……何者ですか? マフィアにしてもこのリエンツィで煙草を吸う無知。更にその思考と発想。そしてその自信に度胸。並ではありません。見た目にしたって異質です……」


 アミリア最後の疑問を問う。リエンツィは魔法隆盛時代、召令術を専攻していた。その術のメカニズムは生命の樹と交信を行い、次元の括りなく霊魂を自然の源から受肉あるいは蘇生させる代物。それは自然との交信、神との交信により行われる。日本でいうイタコの口寄せに近い。そして自然から生まれた生物であるなら種類を問わない


 緑が自然の色でクリーチャーの色なのも、この辺の意味合いによる為だ。その召令術を行う儀式で使われていたのがナナキの吸う煙草の葉であった。

 元は乾燥させた煙草の葉は薬草として使われたり、自然との交信の為にその煙を炙り清める為に使われていた。吸うにしても自然や神と同じ位置に立つという精神の元、特別な儀式以外では許されない。


 が、近代化に伴い、煙草は嗜好品となる。やがて研究により発がん作用、肺気管の悪影響が発覚し、人によっては忌み嫌われる代物となる。

 だが先祖代々から煙草の葉を神聖な物にしているリエンツィからしてみれば悪く思われるのは勿論。神聖な物を嗜好品なんぞに使われるのに腹が立った。

 しかし需要があれば商売になる。悲しきかなその括りには抗えず今日のリエンツィを支える輸入品の代表格となっていた。

 そんな状況を打開できない事に、リエンツィの愛国者は許せない物がある。故にリエンツィでの煙草の喫煙は国辱に等しい。そしてこれはヴィルヘム・ザクセンに住まう者なら誰でも分かっている一般常識だ。


 そんな一般常識すら知らないのにカードに関しては凄まじい。見た目にしたって異国の人間にしても異質だった。


「あんたは何者だと思う?」


  又も質問で返すナナキ。その声には先ほどの説明の時と違い、勢いも覇気もない。やる気も答える気も無い雰囲気だけは犇々と伝わる声質だ。


「質問を質問で返さないでください!? あえて言うならカードに関しては熱くなりそれ以外は全然のカードバカですかね!?」


 度重なる無礼に対しての復讐を兼ねたアミリア流の罵倒。


「カードバカねぇ……まぁそんなところさ」


「はぁぁ!?」


 罵倒のつもりが真に受けられ思わず驚くアミリア。そしてこの時、本当にこの男はカード以外では特に話に乗ってこないタイプだと感じた。


「この世界じゃ切った張ったするのならこいつが一番だからな。だから馬鹿でいい。戦えるなら……それで」


 その声にはやる気のなさが潜んでいない。寧ろ凍てつくような冷たさと不気味さが入り混じっていた。

 その雰囲気に飲まれ、額から汗を流すアミリア。再び息が詰まりそうになる。


「……戦闘狂なんですね」


「いや……少し違う。戦ってる過程も好きだが、あくまでも勝利。勝つために戦いたいだけさ……」


「勝つため……」


  勝利ただそれのみ。純粋にして誠実な答え。当然のことだ。勝敗の結果あるのなら全ての者は勝利の為に戦う。至極真っ当。

 アミリアはこの勝利に対する飢えに共鳴する。そして自信を持つ。この者なら断るはずないと。


「よく分かりました。その上で再度、貴方に問います。より価値ある勝利の為、私の元で戦ってください。ナナキ・ブレリアン」


「……それは別に構わないけど条件がある」


「条件とは?」


「今在籍しているお宅の国のプロ達……全員クビにしてくれ」


「なっぁ!?」


  予想外の要求に一瞬たじろぐアミリア。金銭的な要求ならいざ知らず、アミリアには出来ないレベルの話。流石に反論する。


「それは出来ません。私の一存ではそこまでの事は出来ませんし、何よりそんな事をする必要がどこにあるのです」


「あるから頼んでんだよ……あいつらの試合を何度か見たがあれはダメだ。あれは"澱み"だ」


「澱みですって」


「ああ、救えないヘドロになった汚点。そんな奴と一緒に戦うのはまっぴらごめんだ」


「ですが……」


 アミリアの声に覇気が無くなる。大金なりならどんな事になっても支払う気はあったがこの要求には権力が絡む。権力こそあれどその実案山子のアミリアにはいささか難しい問題だ。


「やれやれ……口では何とでもだな……いいよ。俺ももっと上の奴とやりたかったし、住むあてもないし奴らが切れる様にしてやるよ」


「何を言っているんですか?」


「次の登竜門戦、何人かプロの奴も参加させてくれる? そこで教えてやるよ。澱みが如何に害であるかを分かりやすくな……それくらいは出来るだろ」


「……それ位ならなんとか」


「んじゃ、頼むわ」


 そう言って煙草を投げ捨てそのままアミリアに背を向け歩き出すナナキ。


「ああ後、ナナキでいい。首領オジキに縁切りされて、もうその名前使えないんだよ」


「ちょっと待ちなさい。話はまだ」


「それはまた今度な」


 そう言ってその場から離れるナナキ。そのまま振り返る事もなかった。

 アミリアはその背中をただ見つめ、そして考える。澱み……この言葉の意味を考え続けた。

 やがてアミリアの視界からナナキが消える。結局彼はアミリアの下に付く事はその時はなかった。


 しかしアミリアには予感がした。またいずれ会える。そう、今自分の中にある謎をきっと答えてくれる……そんな気がした。

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